なんかまた増えたな……


「さあ、来たときよりも美しくだ」

と総司が言い、みんなでせっせと撤収した。


 藤崎は電車とバスで来ていたので、総司の車に乗り。


 萌子の車と二台で出発した。


 おのれ、藤崎。

 楽しげに課長の車の助手席に~っ、と後ろを振り返りながら、萌子は思ってしまう。


「迎えに行ってやろうか」

と総司に言われたのだが、


「テントもあるし、荷物が多いのでいいです」

と断ってしまったことを萌子は今、とても後悔していた。


 猪目神社に向かって、ひとり寂しく走る。


 と言っても、十分くらいなのだが。


 神社に着くと、ちょうど散歩のおじいさんたちと話している兄、司が境内にいた。


 我が兄ながら、ちょっとこの世のモノならぬ雰囲気があるな、と萌子は思う。


 この人があやかしの親玉だと言われても驚かない、と思ったとき、車から降りて、司を見た藤崎が言ってきた。


「やあ、あの人がお前の兄さんか。

 男の人だけど、綺麗って感じの人だな。


 顔はお前によく似ているが。

 気品があるな、お兄さんの方が」


 今すぐ、帰れ、藤崎……と思ったとき、司がこちらに気づいて手を振った。




「なんかまた増えたな……」

と藤崎を見た瞬間、司は言った。


 藤崎のことではないらしい。


 藤崎の後ろを見ている。


「お兄ちゃん、見えるの?」

と萌子は訊いて、


「お前たち見えていないのか。

 ふたりともそんな立派なあやかしを憑けて」

と司に言われた。


 いや、そう言われましても……と萌子は総司とふたり、目を合わせる。


「まあ、逆に見えないのかもな。

 霊力が強くても、守護する力が強かったら、低級霊なんぞの影響は受けないから」

と言ったあとで、司は藤崎の後ろの人に向かい、。


「いや、失礼。

 あなたが低級霊だと言っているわけではありません。


 一般論です」

とフォローを入れていた。


 霊にも気配りを忘れない男、司。


 だが、妹を含む人間の扱いは霊に比べて雑だった。


「低級霊……」

と呟いたあとで、萌子は言う。


「前から思ってたんだけど。

 低級霊がいるってことは、高級霊もいるんだよね?」


 藤崎が、

「高級霊……、どんな感じなんだろうな」

と言ったので、


「藤崎、今、どんなの想像した?」

と萌子は訊いてみた。


「なんかバブルの人みたいなの。

 ブランド物着て、貴金属いっぱいつけて、ワイン飲みながら、高層マンションから夜景見てる」


「私も」

と思わず、ふたりで笑ってしまう。


「……たいして困ってないようだな。

 それじゃあ」

と言って、司が去ろうとしたので、


「ああっ、待って、お兄様っ」

「お助けください、司様っ」

と慌てて、ふたりで司にすがりついた。





 結局、みんなで拝殿横の和室に上がった。


 萌子たちの祖母がブドウと麦茶を持ってきてくれ、


「まあまあ、ごゆっくり。

 暑い中大変でしたね~」

と暑い中、火をつけてチーズをあぶってきた総司たちをねぎらう。


 とりわけ、祖母は総司に愛想がいいようだった。


 まさか、まだ、課長を私の彼氏だと思っているとか?

と萌子は総司を窺ったが、総司の方は気づいているのか、いないのか、気にしている風にはなかった。


 祖母が去ったあと、司が、

「子孫を残すのに一生懸命すぎるブドウだが、まあ、食べろ」

と言う。


 どういう意味かと思ったら、小さな粒の中にぎっしりタネが入っていた。


「これで終わりかと思いきや、もう一個、とどんどんタネが現れるんだ……。


 子孫繁栄の願いが強すぎるブドウのようなので。


 なにかご利益がありそうだから、いっそ、お供えして祀りしようかと思ったくらいだ」

と司は言う。


 うーむ。

 確かに食べづらい……。


 美味しいんだが、と思っている間、司は、じっと藤崎の後ろを見ていた。


「あの、それでおにいちゃん。

 藤崎の後ろに憑いているのは、どんな人の霊なの?」


「消防士の霊だな」


 火事で死んだ霊とかじゃないのか。


「火の用心、と言っている」


 今にも拍子木ひょうしぎを打ち鳴らしそうだ。


「自衛隊の演習中に藤崎と遭遇したようだ。

 人がいいので、憑いたんだな。


 別に火をつけるのを邪魔しようとしたわけじゃなくて。


 火を見ると消したくなるんで、申し訳ないから、火から離れようとしたんだが。


 藤崎もひっついてるから、火を見た藤崎も変に後退してしまい。


 藤崎は自分が火を見たら、怖気付おじけづくようになったと思ってしまっただそうだ」


「……俺、自衛隊にいたって話、司さんにしましたっけ?」

と驚いたように藤崎が訊いている。


「お前は言ってないが、後ろの人がそう言っている」


 藤崎の後ろを見て、司は言った。


 ひっ、と息を呑んだ藤崎が小声で叫ぶ。


「ホンモノだっ。

 ホンモノの人だっ」


 恐ろしさからか、藤崎は側にいる総司の腕をつかもうとしたようだが。

 総司と目を合わせた瞬間、藤崎は照れたように俯いた。


 おもむろに向きを変え、

「花宮っ。

 すごいな、お前の兄さんっ」

と言いながら、藤崎は遠慮なく萌子の腕を握ってくる。


「……なんだろう、藤崎。

 私、今、ものすごく不愉快」


 藤崎につかまれている腕を見下ろし、萌子はそう呟いた。




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