お前もか、兄よ
「別にそう悪い霊じゃないが、気になるのなら、置いていけ。
氏子さんに消防士の人たちもいるから、相性のいい人がいたら、憑けてやろう」
仕事がはかどるだろう、と司は言う。
「成仏とかさせなくていいの?」
いや、神社で成仏というのも変だが、と思いながら萌子は訊いたが、
「大丈夫だ。
気が済んだら上がるだろう。
そうお若い方ではないが、お元気そうだから、仕事がしたりなかったんじゃないかな」
と司は言った。
霊にお元気そうと言うのも妙だが、まだまだパワーがあまっているということなのだろう。
「感心な人だな。
亡くなっても、まだ働きたいだなんて……」
と呟く総司の視線がなんとなく、こちらを向いたので。
全然感心な人ではない萌子は、目が合わないよう、視線をよそに向け、子孫繁栄に熱心なブドウを一粒、口に放り込んだ。
「なんかすっきりした気がする……」
拝殿から出たとき、藤崎が胸に手をやり、呟いた。
「ほんと?
じゃあ、火をつけてみようか」
とすぐさま萌子が言うと、
「放火魔か」
と横に立つ司が言う。
「だがまあ、程よく、そこに落ち葉が集めてある」
そう言い、司が指差した先には、夏なので、そんなに多くはないが、ユズリハなどの葉が境内の隅に寄せてあった。
もっともらしく頷いて見せたあとで、司が、
「ちょうどいいから、火をつけてみよう」
と言い出す。
お前もか、兄よ……。
総司が着火道具を車にとりに行き、結局、みんなで火をつけた。
「暑いのに、なにやってんのー」
と神社に来た近所のおばちゃんたちに笑われながら、萌子たちは四人で火を囲んでいた。
「やったっ。
逃げたくならないですよっ」
と藤崎は喜んだが、司が少し離れた場所を見ながら言ってくる。
「それはよかった。
だが、あそこに火を消したくて、うずうずしてる人がいるんで、早めにやめてあげた方がいいけどな」
さっきの消防士の人のようだった。
今、ウリが手水舎の辺りで、吹き飛ばされていたから。
あの辺にいるのだろうな、と萌子は当たりをつける。
姿は見えないが、あの飛ばされ方からいって、屈強な消防士の人に違いない。
そう思いながら、萌子は訊いた。
「藤崎、消防士の人にとり憑かれてる間、筋肉鍛えたくならなかった?」
「……なった。
えっ?
あれ、霊現象だったのかっ?
俺にしては珍しく、楽しく筋トレやれてるなと思ったんだよっ。
じゃあ、今日からまた地獄の筋トレに逆戻りっ?」
筋トレをやらないという選択肢はないらしい。
さすが元自衛隊員、と萌子は思う。
前で火に当たっている総司が、
「しかし、俺が山に行きたくなることといい、こうして考えてみると、人間の思考とか行動って、結構、自分に憑いてるあやかしや霊の影響があるのかもしれませんね」
と言ってきた。
司は少し考えたあとで、
「でも、逆もあるかもしれないな」
と言う。
「お前が山に登りたかったから、ちょうど山に行きたがってたあやかしが憑いて、その気持ちが増幅されたとか。
藤崎で言えば、毎日、筋トレめんどくさいな、と思っていたら、筋トレ頑張る霊がついたとか」
「なるほど。
ということは、花宮……、
萌子の中にわずかにある仕事を頑張る気持ちを増幅させるには、仕事を頑張りたいあやかしを憑ければいいということですね」
と総司が言ってきた。
からかっているとかではなく、上司として本気のようだ。
いや、仕事を頑張りたいあやかしってなんですか、とか。
普段なら、なにか言い返すところなのだが。
いきなり、萌子とか言われたので、どきりとして黙ってしまった。
だが、動揺した自分を悟られないよう、萌子は慌てて口を開く。
「ウ、ウリだけで、充分ですよ、あやかしっ」
ふと気づくと、総司は、じっと萌子を見つめていた。
な、なんなんですかっ、と少し後ずさったが。
「司さんの今のお話で。
お前の落ち着きのなさは、最初からあったものがウリにより増幅されたということが判明したが。
ウリの愛らしさの方はお前に影響はないのか」
と総司は真顔でハートをえぐるようなことを言ってくる。
ほんとうに疑問に思っているらしい。
相変わらずつれない総司に、萌子は、
萌子って呼んだのは、やっぱり、花宮だと兄と区別がつかないと気づいたからだけなのですね……。
「……火が消える前に、なにか焼いて食べましょうか」
えぐられたまま、話を変えるべく、萌子はそう言った。
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