課長の蘊蓄は危険ですっ


 それから昼まで、それぞれが思い思いのことをして過ごした。


 総司はククサを彫り、藤崎もククサを彫り、萌子もククサを彫っていた。


 いや、結局、全員同じなのだが、総司が木と道具を余分に持ってきていたからだ。


 鳥が空を飛び、ダイダラボッチは遠くを見つめ、ウリは足許を駆け回る。


「なんかまったり……ヒュッゲですね~」

とそれらを見ながら、萌子は呟いた。


 総司が熱心にククサを彫りながら、

「全員が刃物を手にヒュッゲだとかいうのもどうかと思うが……」

と呟いていたが。


 そのとき、何処からかいい匂いが漂ってきた。


「あ、すき焼きっぽい匂いが。

 そろそろお昼ですね」

と萌子が何処のテントだろ、と見回し笑うと、藤崎が、


「すき焼きとか、ラーメンとかはテレビで見ただけで食べたくなるが、匂い嗅ぐと、より一層食べたくなるな」

と真剣な顔で言ってきた。


「チャーハンもだよ。

 ……駄目だ、すき焼きが食べたい。


 材料もないのに。

 受付前の売店で買ってきましょうか」

と総司に言うと、総司は顔も上げずに言ってくる。


「すき焼きって、もともとは捕まえた小鳥をすきにのせて食べたことがはじまりらしいぞ」


 萌子の足許近くに、餌を求めてか、くるくるした黒い小さな目の可愛い小鳥がやってきていた。


「逃げてっ」

と萌子はつい、小鳥に向かって叫んでしまう。


 小鳥はビクッとして飛んでいってしまった。


「……いや、食べるとか言ってないだろ」

と総司は言うが。


「だって、課長の蘊蓄はなんだか危険なんですよ~。

 そのうち、あれもこれも昔は食べてたとか言い出しそうで。


 ウリ、ウリも課長に食べられないようにしてっ」

とちょうど目の前を走り抜けたウリに萌子は言ったが。


「……そいつ、あやかしだから。

 っていうか、本体があったら、リアル食料だからな、ウリ坊」

と総司はウリを目で追い、言っていた。





 別に総司が小鳥をすき焼きにしそうだったからというわけではないが。


 結局、昼食にすき焼きは諦め、持って来ていたパンやチーズなどで、お昼にすることになった。


「よし、食べたら片付けて、ちょうどチェックアウトの時間だな」

と総司が電磁調理器を出しかけると、藤崎が、


「課長、火を起こしたいんじゃないんですか?


 チーズ、ラクレットチーズじゃないですか。

 ハイジみたいに火であぶりたかったんですよね?

 

 俺はちょっとその辺散策しているので、その間、花宮と火を楽しんでください」

と言ってきた。


 いや、火を楽しんでくださいって、なんだか我々がヤバイ人っぽいんだが……。


「いや、大丈夫だぞ。

 山で煮炊きするだけで俺は満足だから」

と総司は言ったが、


「いえいえ、心置きなく山を堪能してくださった方が俺も気が楽です。

 ちょっとその辺ウロウロしてきます」

と藤崎は言う。


「わかった。

 お前が戻るまでにチーズ炙っておいてやる。


 しかし、散策もひとりじゃ寂しいだろう。

 花宮、ついてってやるか?」

と総司はこちらに向かい、訊いてきたのだが、藤崎は、


「いえ、大丈夫です」

と断ったあとで、


「……ひとりでいても、ひとりじゃないみたいなんで」

と自虐的なことを言ってきた。


 背後を振り返り見ている。


「あ、課長。

 昨日、火がつきにくいという話をされてましたが、布のガムテープやリップクリームでも着火剤代わりになりますよ。


 まあ、課長のことだから、ご存知でしょうけどね」

と言って、寂しく藤崎は去っていった。


「藤崎、ほんとうは火をつけるの好きなのかもしれないですね……」


 そのしょんぼりした背中を見ながら、萌子は呟く。


「そうだな。

 火をつけるのが嫌いな男などいないだろう」


 どんな偏見ですか。

 でも、そんな気もしますが。


 あの兄でも、子どもの頃はよく落ち葉掃除のあと、焚き火、とか言って勝手に火をつけて怒られていた。


「早くどうにかしてやらねばな。

 ところで、お前、リップクリーム持ってるか」


「持ってません」


「女子だろう」


「乾燥しないタチなので」


「リップクリームは万能なんだぞ。

 ロウソクと成分が共通しているから、着火剤に使えるし、ナイフの手入れにも革製品の保護にも使える。


 メントールが入ってるやつなら、虫刺されのときに塗ってもいいしな。


 キャンプに来るなら、一本持っといて損はないぞ」


「課長は持ってないんですか」

と萌子が訊くと、


「……乾燥しないタチなんだ」

と萌子の言葉を復唱するように、総司は言ってくる。


「また蘊蓄だけですか」


「お前、言うようになったな……」


 爽やかな山の空気と開放感により、口がつるっと滑ってしまったようだった。







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