これもダイダラボッチの能力だろうか


 次の日、職場の廊下の角を曲がると、ずいぶんと先の方に総司が立って待っていた。


「どうしたんですか? 課長」

と萌子が訊くと、


「いや、此処は人気がないから、ちょっとお前と話そうと思って待っていたんだ」

と総司は言ってくる。


「え?

 なんで私が来るのがわかったんですか?」


「お前を先導してる奴がいるから。

 先導っていうか。


 ……今は戻ってってるが」

とすごい勢いで行ったり来たりしているらしいウリ坊を総司は目で追っていた。


 課長、動体視力がいいな。


 私は昨日みたいに止まってないと見えないんだが……、

と思いながら、萌子は言う。


「私も、あ、此処にダイダラボッチの足が。

 きっと、この山の向こうに課長が……とかわかるようになりたいんですけどね」


 だが、総司は、

「……それ、わかって、なんの意味があるんだ。

 お前が俺の許に到達する頃、俺はきっともう、そこにはいないぞ」

と言ってくる。


 いや、そうなんですけどね……と思いながら、萌子は言った。


「それにしても、ウリは昨日、なんで藤崎をすり抜けられなかったんですかね?」


 総司は少し考えるような顔をしたあとで、


「俺も昨日からずっと考えていたんだが。

 あれはもしや、こういうことなんじゃないか?」


 そう言いながら、おもむろに萌子の腕をつかんできた。


 上に向けさせ、ハイタッチするように手を合わせてくる。


「な?」


 いや、なにが、な? なんですかっ。


 我々はなにをやっているんですか、こんなところでっ。


 いや、手を合わせてるだけなんですけどっ。


 っていうか、私だけが動揺して、あなたが動揺していないのが非常に悔しいんですけどっ。


 そのとき、誰かが歩いてくる気配がして、総司はあっさり手を離した。


「じゃ」

と行ってしまう。


 わからない~っ。


 この人、わからない~っ、と思いながら、昼、社食に行くと、何故かみんな浮かない顔をしていた。


「どうしたの?」

と萌子が訊くと、めぐたちは、


「田中侯爵が夢に出てきた」

と口をそろえて言ってくる。


 えっ?

 全員の夢に?

と思ったとき、同期の一人が言ってきた。


「いやあ、昨日、酔ってはなし立てたじゃん。

 お前と課長のこと。


 あの居酒屋の個室の入り口に課長が立って、じっと冷ややかな目で俺を見ている夢を見たんだ……」


「まだいいよ。

 俺なんか、飲んでる横にいつの間にか課長が座ってて。

 囃し立てる俺を酒も呑まずに、真横からじっと見つめてたんだ」


 怖かった。

 もうしません……とみんなは青ざめて語っている。


 全員の夢に現れて制裁するとは、これもダイダラボッチの能力だろうか。


 いや、あのダイダラボッチ、ただそこに立ってるだけ、みたいな感じだったからな。


 正気に戻ったとき、自分がなにをしたか思い出して、恐怖に震え、同じ夢を見てしまっただけなのだろう。


 なんという田中課長の破壊力、と思ったとき、トレーを手に同期と話しながらやってくる総司が見えた。


 みんな、ビクッとしたが、側を通ったので、

「お疲れ様です」

と萌子が言うと、総司は普通に、


「お疲れ様」

とだけ言って去って行った。


「別に気にしてないみたいよ」


「そうか。

 そうだよな。


 田中侯爵、他人にはあまり興味ない人だもんな」

とみんなは納得している。


 そうだね。

 人の気配より、あやかしの気配に敏感だしね……。


 よかった、よかった、とみんな言っていたが。


 なにも言ってもないのに、そこまで他人に圧を与える人間が同じ社内にいることが、まず恐怖で、なにもよくない気がするのだが……。


 萌子は、ちょっとしたミスにより、総司に見つめられ、切腹しそうになっていた新人男性社員の姿を思い出していた。







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