いやまあ、ないと思うが……


「いや、週末のキャンプ。

 お前用に隣の区画とったから」


 電話に出た途端、いきなり総司にそう言われた萌子は、ええっ? と声を上げてしまう。


 散りかけたみんなの視線がまた集中してしまったので、萌子は誤魔化すように笑いながら、個室の外に出た。


 後ろで、みんながはやし立てているようだが。


 ……いや、別に隠れてラブラブな会話をしようというわけではないんですよ、

と思う萌子の耳に、ラブラブとは程遠い総司の声が聞こえてきた。


「大丈夫だ。

 金は俺が払うから」


「い、いえっ。

 それは結構ですけどっ。


 あのっ。

 もし、お邪魔なようでしたら、私はキャンプ遠慮しますが」

と萌子は言ったが、総司は、


「いや、そうじゃない……。

 そうじゃないんだ」

とまだ迷っているような口調で言ってくる。


「ほんとに、別にいいですよ」

と萌子は言ったが、


「なんだ、それは。

 俺と行きたくないという話か」

と何故か総司にキレられた。


「いっ、いえいえ。

 行きたいです。


 でも、課長がひとりで静かにソロキャンしたいのにお邪魔かなって」


「大丈夫だ。

 お前は手がかからな……


 かかるな。


 他の女子社員みたいになうるさくな……


 ある意味、うるさいな」


 総司は言いかけては、すべて、おのれで否定している。


 ……じゃあ、やっぱ、行かない方がいいですかね、

と萌子が思ったとき、総司が言ってきた。


「それでも、なんでだかお前と出かけるのは嫌じゃないんだ。


 側にいて気にならないというか。

 いてもいない感じというか」


 いや、それもどうなんだ。

 行くのやめちゃおっかなーと思ったとき、真横で誰かが話を聞いているのに気がついた。


 げ。

 藤崎、と見ると、藤崎は、


「ああ、すまん。

 お前と課長の愛の語らいを邪魔するつもりはなかったんだが。


 キャンプと聞こえてきたから」

と言う。


「キャンプ好きなの? 藤崎」


「……ああ。

 だが、駄目なんだ。


 駄目なんだ。


 俺は駄目だ……」


 何故か、繰り返しそう呟きながら、藤崎はトボトボとトイレの方に歩いていこうとする。


 だが、その藤崎の足に後ろやってきたウリ坊が大激突してしまった。


 えっ?

 すり抜けないっ?

と思う萌子の前で、ウリ坊が目を回している。


「ウリ!」

と萌子は廊下に転がるウリに駆け寄った。


「え? ウリ?」

と藤崎が振り返ったので、しゃがんでいた萌子は靴紐を結ぶフリをしながら、藤崎に言った。


「ごめん。

 私、もうちょっと課長と話すから。


 デザートにマクワウリあったら頼んでおいて」


「……ないと思うが。

 わかった」

と言って、酔っている藤崎は萌子の言動を然程、疑問にも思っていないようで、そのままトイレに行ってしまった。







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