お前風に言うと、ヒュッゲかな
人よりあやかしの方に敏感か。
週末のキャンプ場。
テントのひさしの下に出した椅子に座り、熱心になにかを彫っている総司を見ながら、萌子は、
たまには人にも興味を持ってください、
と隣の区画から窺いながら思っていた。
この間、総司に見立ててもらって念願のティピーテントを買った。
インディアンの
総司と一緒にテントを立てて。
「うん。
いいじゃないか」
「可愛いですね~」
と話したのが最後な気がする……。
総司はあれから、ただ黙々と四角い木の塊に穴を空けていた。
まあ……人にも女子にも興味ない人だからこそ、私なんぞといてくれるのかもしれないですけどね。
たまには、ちょっとこっちも見て欲しいな~なんて、
と思いながら、萌子は、せっせとテントにランタンやデコレーションライトなどを飾りつけていた。
顔を上げもしない総司を見ながら、
まあ、ぼうっと、それぞれの趣味に没頭できるこの時間と空間が、心地よくもあるんですけどね、
と思う。
上司である総司とふたりでいるのに、緊張感もなく、自由な感じだ。
飾りつけ終わった萌子が椅子に座り、紫がかった夕闇色の空をぼんやり眺めていると、総司がようやく顔を上げ、こちらを振り向いた。
「おお、綺麗じゃないか」
とランタンとデコレーションライトの灯りに照らし出されたテントを見て言う。
このまま永遠に課長に振り返っていただけないのかと思ってましたが。
ちょっとでも見ていただけて嬉しいです、
とちょっぴり、いじけて思ったとき、総司が言ってきた。
「そっち行ってもいいか。
珈琲でも飲もう」
総司が木を置き立ち上がったので、は、はいっ、と萌子も慌てて立ち上がる。
「なんで、夏なのに、雪の結晶のデコレーションライトなんだ?」
萌子のテントの前でコーヒーを沸かしながら、総司が訊いてきた。
「いや~、暑い中、ちょっと涼しげかなあとか思いまして。
ところで、課長はなにをされてるんですか?」
「ククサを作ってるんだ。
初めてなので、本格的なのじゃないがな」
と言いながら、彫っている途中の長方形の木を見せてくれた。
ククサというのは北欧の木のカップだ。
贈られると幸せになるらしい。
ほんとうは死ぬほど硬いバハカという白樺の
バハカはなかなか手に入らないので、とりあえず、ヒノキで彫ってみているようだった。
「自分で木のカップを彫って飲む。
お前風に言うと、ヒュッゲかな」
「そうですね。
いいですね。
ところで、それ、どのくらいかかるんですか? 彫り出すまで」
「そうだな。
四時間くらいかな」
……それ完成するまで、また無言の時が流れるのでしょうか。
私は次にいつ、口をきいてもらえるんですかね、
と萌子が思ったとき、総司がコーヒーを抽出するパーコレーターを見ながら、
「暑いし、アイスにしてみるか」
と言ってきた。
「はいっ」
と言うと、総司はクーラーボックスから出した綺麗なかち割り氷をふたつのグラスに入れる。
珈琲がそそがれる前のグラスの中、透明で大きな氷が、ランタンの灯りに照らし出されていた。
「綺麗ですね~。
普段、こういう氷使わないので、贅沢な気持ちになりますよ~」
としみじみ眺めながら、萌子が言うと、
「氷一個で贅沢な気持ちになれるのか。
安上がりなやつだな」
と笑いながら、総司が珈琲を注いでくれた。
からん……といい音がした。
ちょっと振ってみると更に高く澄んだ音がして、まるで風鈴のようだった。
「夏ですね~」
「そうか」
と言いながら、総司もその音を聞いているようだった。
「そういえば、ククサを作る白樺の樹液は飲んだり、料理に使ったりできるんだぞ。
珈琲を白樺の樹液で作ってもおいしいそうだぞ。
買ってくればよかったな。
そもそも白樺は……」
すみませんでした。
課長が黙って作業されてるのが寂しいとか思ってて。
黙っててくれた方がよかったかもです、
と炸裂する田中侯爵砲を浴びせかけられながら、萌子は遠い目をしていた。
でもまあ、とりあえず、アイス珈琲はおいしかった。
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