この一言を言ったら終わりな気がする


「おふたりの馴れ初めは、素早いあやかしに山の中で導かれ、穴の中に落ちていた新婦を助けたことで」

という祝辞を受ける夢を見て、総司は目を覚ました。


 ……花宮のことを意識すまいと思いすぎて、結婚式の夢を見てしまった、

と思いながらテントの外に出ると、萌子はもう起きて外にいた。


「あ、おはようございますー」

と言って萌子が振り向く。


「どうだ?

 寝れたか?」

と訊くと、


「はい、爆睡です!」

と萌子は笑った。


 はじめてのキャンプ、はじめてのテントでか。

 豪快な奴だな。


 俺なんて、初めて山の中で寝たときは、クマがテントの外から覗いてるんじゃないかとか。


 白いお面に斧持ったやつが覗いてるんじゃないかとか不安になって、眠れなかったんだが……。


 クマとジェイソンとレザーフェイスにテントを囲まれている気がして、斧を抱いて寝たものだが。


 笑ってこちらを見ている萌子に先ほどまで見ていた夢を思い出す。


 まあ、他の女子社員よりは好ましいが、俺は結婚とかしないし。


 まあ、キャンプ仲間かな。


 一緒にいても、大丈夫だろう、と総司は判断する。


「来週、また来ようかと思うんだが――」


 萌子はニコニコしてこちらを見ている。


 なんだろう。

 この一言を言ったら終わりな気がする。


 なにかが、終わる予感がする……と思いながらも、総司は言っていた。


「来週も一緒に来るか?」


「はいっ。

 お供してもいいですかっ」

と言う萌子に、


 お前は犬猿キジのどれだ、と思いながら、


「よし、七輪を出せ」

と総司は言った。


 萌子は、はい! と言ったあとで、

「え? 七輪?」

という顔をする。


「持ってきたんだ。

 トーストを焼こう」


「七輪でですか?」


「かの文豪夏目漱石は、火鉢で焼いてたらしいんで。

 火鉢で焼いてみたかったんだが。


 うちになかったし、重かったんでな」

と言うと、萌子は、


「……始まりましたね」

と苦笑いする。


 いや、なにがだ、と思っていた。




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