好きになるとかないな。ひとりが楽だから



 夜も更け、キャンプに来てテンションが高くなっている子どもたちも静かになったころ。


 自分のテントの寝袋に横になり、総司は考えごとをしていた。


 ちょっと早まっただろうか。


 部下を連れてキャンプに来るなんて。


 あの日、山に来ていたので、機嫌よく、


 いや、そうは見えなかったかもしれないが、機嫌よく、


 ロープを手にウロウロしていたら、穴の中に部下が落ちていて、その周りを素早いなにかがぐるぐる回っていた。


 いや、素早いなにかを見つけた方が先だったので、あやかしに導かれて、あいつを見つけたのかもしれないなと総司は思う。


 二度も山で出会ったし。


 自分と同じように、あやかしを憑けてるし。


 ランタンを暗い場所で眺めるのが好きみたいだし。


 ちょっとは気も合いそうだし……。


 まあ、少なくとも他の女子社員よりは。


 なんとなく誘って連れてきてしまったが、軽率だったかな、と総司は、ちょっぴり後悔していた。


 部下は全員公平に扱わなければな。


 一人だけに情をかけるなんて、上司としてあるまじきことだ。


 ましてや、相手は一応、女子。


 ちょっと、あやかしより得体の知れないところもあるが、女子。


 ……だが、まあ、心配しなくとも。


 俺が誰かを好きになって、特別に思い入れすることなんてないと思うが。


 ひとりが楽だからな。


 結婚なんてするつもりもないし、と思いながら、総司は寝返りを打った。


 緑色の自分のテントの向こうに、萌子のピンクの小さなテントがあるはずだった。


 俺のテントが横にあるから、おかしな男が覗きに来たりとかはないだろうが、ちょっと心配だな、と総司は思う。


 あんな如何いかにも女子が好むような色のテントじゃなくて、もっとどす黒い色のテントを選んでやればよかった。


 これ、何色ですか……?

と萌子が怯えたように見ていたやつとか。


 あれは、何色と言ったらいいのか。


 そうだ。

 小学校の図工の時間の筆洗いバケツの中の水の色だ。


 うん。

 あれにしてやればよかった。


 女子、選びそうにないからな。


 受付であのテントを受け取った萌子が、えーっ!? と叫ぶ顔が頭に浮かんで、ちょっと笑ってしまう。


 それにしても、あいつ、キャンプつづけるとか言ってたが。


 ひとりでテントを張らせるのは心配だな。


 一応、女子だからな。


 まあ、隣に張ってもあんまり関わらないのなら、ソロと変わらないし。


 次もついててやるか。


 しかし、夏の初めとはいえ、山の上なので、ちょっと寒いが。


 あいつ、ちゃんと寝袋に入って寝てるだろうか。


 いや、意外にブランケットとか毛布とか、かけすぎて蒸されているかもしれない、

と思う総司の頭の中では、


 昼間の熱を宿したままの小さなテントの中で、キャンプセットに入っていたマット、寝袋、ブランケット、毛布のすべてを律儀に使って寝て。


 蒸された萌子がウリ坊と一緒に、きゅう、と目を回していた。


 夜中だというのに、覗きにいって、確認したくなる。


 ああ嫌だ。


 だから、他人とは関わりたくないんだ、と思いながら、総司は強く目を閉じる。


 実は、総司は心配性だった。


 仕事の癖で、シミュレーションしすぎてしまうのも問題で。


 いろいろ想定しすぎて、心配が止まらなくなってしまうのだ。


 人とあまり関わらないようにしている理由のひとつがそれだった。


 蘊蓄野郎になった原因も同じで。


 いろいろと心配になってしまうので、なにがあっても常に万全な体勢を整えておこうと、知識を詰め込む癖がついたのだ。


 また、突然、ピンチに陥っても大丈夫なように、日々、身体も鍛えている。


 考えすぎな総司は、まるで天が落ちてくるのを憂えた昔の中国の人のようだったが。


 総司の場合は、その心配癖はそう悪い方に向いてはいなかった。


 その知識と体力をキャンプで、まざまざと見せつけられた萌子が、


 この人、頼りになるっ。


 神!

と内心崇め奉っていたからだ。


 まあ、心の中で思っていただけなので、総司はそのことに気づいてはいなかったが。


 そして、そんな総司は、まだ萌子の心配をしていた。


 今すぐあいつのテントを覗きに行きたい。


 蒸されていたら、毛布をはがしてやらねば。


 いやいや。

 逆に寝相が悪くて、寝袋から飛び出して、凍えているかもしれないぞ。


 いや、どうやって寝袋から飛び出すのかは知らないが。


 でも、あいつなら、なんだか飛び出してそうだ、と総司は思う。


 そんな総司の頭の中で、萌子は泳ぐような寝相で、寝袋から飛び出していっていた。


 ああ、心配だ。


 だが、女性のテントを夜中に勝手に覗きに行ったら、100%誤解されるっ。


 俺は親兄弟のように、そっと毛布をかけてやりたいだけなのにっ、と思う心を必死に抑え、なんとか総司は眠りに落ちた。







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