お前のテントを建ててやろう
「いいご家族といい野菜だな」
と車に乗って母屋の庭を出た総司は言う。
「よくお礼を言っておいてくれ」
なんか今、野菜とうちのおじいちゃんおぱあちゃんが同列な感じがしましたが……。
「ありがとうございます」
と萌子が頭を下げると、総司が言ってきた。
「ところで、今、野菜を渡されるとき、会社のみなさんで、バーベキューなどしてお召し上がりくださいって言われたんだが。
会社のみなさんとは誰のことだ」
「え、えーと、私と課長と……
あやかしですかね……?」
「あやかし、会社の人じゃないからな」
と冷ややかに言いながら、総司はキャンプ場への道に向かい、ハンドルを切った。
「広々してて気持ちいいですね~」
土日なせいもあり、結構混んでいる。
「こんななにもないところなのに」
と萌子があちこちに張られているカラフルなテントを見ながら言うと、
「なにもないところだからいいんだろ。
……だが、なにもないが、人多すぎだな。
もっと閑散としたところがいいんだが。
まあ、一度はこういう場所を経験しておくのもいいかと思ってな」
と総司は受付で買ってきた薪を運びながら言ってきた。
「薪って売ってるんですね~。
言ってくだされば、おばあちゃんちの裏に積んであったのに」
「……積んであるのか、そんなもの」
「課長、都会っ子ですね。
ちょっと前まで五右衛門風呂だった名残りで、まだ裏に薪いっぱい積んでありますよ」
「五右衛門風呂だったのかっ」
と総司はまず、そこに衝撃を受けたようだった。
「あれっ?
課長、興味がおありですか? 五右衛門風呂。
さっき通った庭の下の畑にありますよ。
もう使わないけど、畑の隅に置きっぱなしになってるんで」
総司が無言になる。
ど、どうしました……?
と萌子が思っていると、
「なんか悔しいな。
なんかお前に負けた感じだ……」
と呟きながら、総司は焚き火台を出してきた。
ステンレスのピカピカした四角いのだ。
「まだ新しいですね~」
「この間買ったやつだ。
昼間は暑いから、炭でお湯沸かして珈琲淹れて。
そこのハンモックで本読んでただけだから」
と総司は言う。
総司のテントは、ひさしを出すと前面に広いリビングスペースができるツールームドームテントだった。
昼は、ひさしの下の日陰に設営したハンモックでゆっくり読書をしていたらしい。
優雅だな、と思っていると、
「お前のテント建ててやろう」
と総司が言ってきた。
「小さいから寝るとき以外はこっち来てていいぞ」
と言いながら、総司はキャンプ場で借りたレンタルのテントを建ててくれる。
ピンクで可愛かったが、萌子の視線は向かいの家族が建てているテントを見ていた。
「ああいうのもあるんですね」
円錐型の可愛いテントだ。
ティピーというテントらしい。
別名、インディアンテント。
カラフルなフラッグガーランドまでついていて、インディアンの住居のようなお洒落さだ。
「あれ、欲しいですっ」
「そうか。
今度探してみるか」
と総司は言う。
うん? なんかキャンプつづけることになってしまったぞ、
と思いながらも、萌子は興味津々、あちこちのテントを眺めていた。
今見たようなカラフルな三角の旗がつらなった飾りをつけているテントもあれば。
デコレーションライトで飾っているテントもある。
ワイヤーに小さな電球がたくさんついているクリスマスシーズンにもよく見かけるあれだ。
夜、あちこちで光ってたら、綺麗だろうなーと思って眺めていると、萌子の視線を追ったらしい総司が、
「デコレーションライトなら、俺もひとつ持ってきたぞ。
お前のテントにつけてやろうか」
と荷物から出してくる。
だが、そのデコレーションライトは萌子の小さなテントにつけるには長すぎる気がしたし。
どう見ても、総司のテントにつけた方が映えそうだった。
「いえ、課長のテントにつけてください。
見たいですっ、このテントで可愛いライトが点灯するところっ」
と灯り好きの萌子は拳を作り、力説する。
「そ、そうか……わかった。
まあ、お前も寝るとき以外はこっちにいるだろうからな」
萌子の勢いにちょっと引きながらも、総司は自分のテントにそのライトをとりつけはじめた。
萌子も手伝う。
「早く暗くならないですかね~」
「少し暮れてきたら点灯してみよう。
夕暮れどきも綺麗なんじゃないか?」
群青と紫の混ざったような山の空に光る、つらなった小さな灯りを萌子を想像してみた。
「なんかドキドキしてきましたよっ。
私、結婚したくなりましたっ」
と感情のままにしゃべって、総司をフリーズさせてしまう。
総司は、とりつけかけたライトをつかんだまま、
……誰と?
なにと?
何故、今?
という顔をしていた。
「なにと結婚したくなったんだ。
ライトか?
フラッグガーランドか?」
いや何故、物と……。
「違いますよ。
あんな風に家族づれでキャンプに来て、みんなでテントをデコレーションしたりとかいいなあと思って」
と向かいのテントを見ながら萌子は言ったが、
「……どんな理由で結婚したいんだ」
と言われてしまう。
「ひとりでも飾り付けられるぞ。
今日はお前と来てるが。
俺は基本、ソロキャンプだが、楽しいぞ」
楽しそうですよね、ひとりでも……。
でもまあ、ひとり静かな空間でゆったり読書したり、珈琲飲んだりするのは確かに悪くないな、と萌子も思っていた。
普段、夜でも騒がしい街にいるせいで、つい、心静かになれる場所を求めてしまうのだ。
自分が週末、神社を手伝いに来て、山の中をウロウロしてしまったりするのも同じ理由だろう。
親に、
「あんた、おばあちゃんとこばっかり行って。
こっち、あんまり帰ってこないじゃないの」
と文句を言われながらも。
「……そういえば、私、なんで此処にいるんでしたっけ?」
はたと気づいて萌子は問うた。
「……俺が何故、山に行くのか理由が知りたかったんだろうが」
忘れるな、と総司に言われる。
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