……私にもなにか憑いていますか?


 なんとなく落ち着かない気持ちで迎えた四時前。


 総司の車が神社の母屋の方に入ってきた。


 最初、司は、

「ようやくお前に彼氏ができたと思って喜んで、駄目になったら、ジイさんたちがかわいそうだから。

 ジイさんたちには、総司の存在は伏せておこう」

と言っていたのだが。


 近所の集まりに出かけていた祖父母が三時半に、お土産のお菓子を手に戻ってきてしまった。


「……仕方がない。

 ただの課長が迎えに来るということでごまかそう」


 いや、ただの課長ってなんですか、兄よ。


 っていうか、そもそも、最初から課長とはなにも関係ないですからね、と萌子は思っていたが。


 司から、なにかしらの気配が伝わったのか。


 祖母は化粧を直し、祖父は着替え、万全の準備を整え、みなで総司を待っていたのだ。


 だが、車から降りてきた総司を見て、開口一番、司は謝ってきた。


「うん。

 勘違いして悪かった、萌子」


「え?」


 これはお前の彼氏ではない、と司は言い切る。


 いや、確かにそうなのだが、思わず、萌子は、

「なんで?」

と訊いていた。


「だって、いい男すぎだろ」


 いや、そうなんですけどね~。


 いい男 イコール 私の彼氏ではない、という方程式はおかしくないですか? 兄よ、

と萌子が思っている間、総司は、


 何故、総出で出迎え!?

という視線をこちらに何度も向けていたが。


 不審がりながらも、総司は祖父母に丁寧に挨拶してくれていた。


 萌子がそちらを眺めていると、

「まあ、不釣り合いな組み合わせではあるが。

 似合わなくもないかな」

と言う司の声が聞こえてきた。


 振り向くと、司は何故か空を見上げていた。


 空になにが……。


 入道雲しかないよ、おにいちゃん、

と子どもの頃、神社の周りでセミをとったりしていた夏休みをふと思い出しながら、萌子も眩しい夏空を見上げていたが。


 待てよ。

 そういえば、と思い出す。


 あまり口に出して言ってくることはないが、この兄は見える人だった。


 そういえば、ショッピングモールで、課長も同じように上を見ていたな、と気がついた萌子は、


「もしかして、課長に、なにか憑いてる?」

と訊いてみた。


 課長が言っていた課長に憑いているなにかは、空の上にいるのだろうかと思ったのだ。


 天狗とか? と思いながら、訊いたのだが。


「確かにあの男には憑いているものがある。

 だが、まあ……詳しくは本人に訊け」


 そう司は言ってくる。


 ……あのさ、と迷いながらも、萌子は勇気を出して訊いてみた。


「今まで、おにいちゃんに言われたことなかったんだけど。

 もしかして、私にもなにか憑いてる?」


 すると、司はこちらを見て沈黙する。


 なにか言いにくいものが憑いていてるのだろうか、と不安になりながら、総司に言われたことを確認するように訊いてみた。


「なにか……すばしこいモノが憑いてる?」


 憑いてる、と司は頷いた。


「えーっ?

 なんで今まで言ってくれなかったのーっ?」

と萌子が叫ぶと、総司たちが振り返った。


「だって、見えてないやつに言ってもしょうがないだろ。


 だがまあ、常々思ってはいたんだ。


 お前の動きに落ち着きがないのは、そいつが憑いてるからなのか。


 それとも、落ち着きがないから、そいつは俺じゃなくてお前に憑いたのか」


 ん?

 俺じゃなくて?


 あなたにも憑く可能性があったわけですか、兄よ、

と思いながら、萌子は、そのなんだかわからないものに憑かれ、落ち着きがなくなった兄を想像してみようとした。


 ……できない。


 このなにがあっても動かざること山のごとしみたいな兄が落ち着きなくなるところが想像できない。


 そんなことを考えている間、

「では、お孫さんはお預かりします」

と総司はあまり会社では見せない笑顔で祖父母と話していた。


 いや、見ることはあるか、会社でも。


 ご年配の人々には総司はやさしい。


 例え、それが長年会社に居座っている、如何にも腹黒そうな役員の方々でも、年寄りというだけで、やさしい。


 意外とおばあちゃんっ子とかなのかな、課長、と思う萌子の前で、祖母は、

「萌子をよろしくお願いしますね」

と言いながら、野菜のたくさん入ったビニール袋を総司に渡していた。





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