そう考えると、ちょっとむなしい


 金曜ではなく、土曜日。


 萌子は結局、総司と山の上にできたオートキャンプ場に行くことになっていた。


 総司はもう行っているのだが。


 萌子はランタンの灯りをキャンプ場で眺めたいのと、総司に憑いているナニカを確認したいだけなので。


 総司のソロキャンプの邪魔はすまいと思い、昼間は祖父母の神社の手伝いをすることにしたのだ。


「あっ、萌子じゃん。

 今日も来てたの。


 御朱印描いてよ」


 などと犬の散歩ついでにお参りに来た、年上の幼なじみ、真凛まりんに言われて、ウリ坊を描く。


 彼女の場合、犬より先に名前がついていたので、近所の犬の名前をつけられたわけではない。


 真凜はキョロキョロと社務所の中を見、

「ねえ、つかさは?」

と訊いてきた。


 司は萌子の兄で、萌子と同じように仕事の合間に神社を手伝っている。


 だが、萌子とは違い、ちゃんと神職の資格もとっているので、いずれ、本格的にやるつもりなのかもしれない思っていた。


「まだ来てないですよ」

と兄の同級生である真凜に言うと、真凜は、


「なんだあ、つまらない。

 せっかく散歩に来たのに。


 ねえ、司は御朱印書かないの?

 きっと女子が殺到するわよ」

と言ってくる。


「え~、いや、ちょっとそれは……」

と萌子は苦笑いして言った。


 萌子も上手い方ではないが。


 司はあんな綺麗な顔の人が、こんな字を……? と二度見されるくらい字が下手だ。


「なんかサインみたいにぐちゃぐちゃっとありがたそうに書いたら大丈夫じゃない?


 きっと、社務所に長蛇の列で、神様に祈るより商売繁盛よ」

と真凜が言う。


 いや……商売なのかな、これ、と思っている間に、真凜は、

「ありがとう」

とお金を置いて、御朱印の紙を受け取っていた。


 あとで御朱印帳に貼るのだそうだ。


「あんたのウリ坊、日々違うから、なんかコレクションしちゃうのよね」


 ……日々変えようと思ってるわけじゃなくて、同じのが描けないだけなんですけどね。


「行くよ、吉之輔きちのすけ~」


 真凜は境内の入り口に繋いでいたちっちゃな柴犬のところに行くと、じゃあね~と手を振り去っていった。


「帰ったか」

と後ろから無文の浅葱の袴をつけた司が現れる。


「なんだ、いたの、おにいちゃん」


「真凜に会うといろいろとうるさいからな」


 へー、と言いながら、萌子がチャカチャカと社務所の中の用事をこなしていると、司が胡散臭げにこちらを見た。


「……今日、なにかあるのか? 萌子」

と訊いてくる。


「え、な、なにかって?」

と萌子はちょっと動揺する。


「いや、珍しく急いで仕事を終えようとしてるから」


 そう司は言った。


 確かに、此処は職場とは違って、まったりと時が流れているので。


 普段は、ゆるく用事をしたり、顔なじみの参拝客の人たちとまったり話したり。


 それこそ、ヒュッゲな感じに過ごしているのだが。


 夕方からキャンプに行くせいか、まだまだ時間はあるのに、つい、早回しで動いてしまっていたようだ。


 楽しみにしてるのだろうかな、私、と萌子は思う。


「今日、会社の人たちと上の方にできたキャンプ場に行くんだ」


 つい、会社の人たち、と複数にしてしまっていた。


 ふうん、と言った司は、

「お前、キャンプ道具なんて持ってたか?」

と訊いてくる。


「それがキャンプ場で一揃ひとそろい借りられるみたいなの。

 あ、ランタンは持っていくけどね」

と萌子は笑った。


「まあ、気をつけていけよ。

 キャンプ場いい感じだったら教えてくれ」

と言う司に、


 うん、わかったー、と言いながら、総司に、

「もう着かれてますか?

 四時ごろ行きます」

とメッセージを入れたのだが、総司からは、


「じゃあ、四時前ごろ迎えに行く」

と返ってきた。


「えっ?」

と萌子は声に出していってしまう。


 司がスマホを上から見ていた。


「誰だ、田中総司って。

 男じゃないか」


 うう、課長。

 なんで、ニックネームとかで登録しといてくれなかったんですか。


 ああでも、この人のあだ名、田中侯爵か。


 大差ないな……っていうか、余計怪しい人みたいになるな、

と思いながら、萌子は言った。


「うちの課長なの。

 キャンプ仕切ってくれてるんだけど。


 借りている敷地内に二台はとめられないから、四時ごろ、車で迎えに来てくれるって」


 司にそう説明しながら、


 ……家族にこんな嘘つくの初めてだな、と萌子は思っていた。


 今まで、浮いた噂のひとつもない人生を送ってきたからな、とドキドキしながらも、ちょっとむなしくなる。


「ふうん、そうか。

 まあ、とりあえず、その話、信じといてやるか」

と腕組みしてスマホを見下ろしながら、司が言ってくる。


「普通、みんなで行くのなら、グループLINEで話さないか? とか。


 たいした用事もないのに、みんな集まってる中、お前だけが途中から行くのおかしくないか? とかいろいろ思うところのことはあるが。


 まあ、そこは突っ込まずに、黙っといてやろう。


 今まで彼氏のひとりもいなかった妹だからな」


 いや、お兄様、なにも黙ってないですよね。


 まるっと全部しゃべってますよね、と思う萌子の横で司が、


「お前の初めての彼氏の名前が、総司か。


 司と総司。

 なにか運命的なものを感じるな」

としみじみと呟いている。


 いや、名前の漢字がかぶってるだけですよね。


 そして、その運命。


 おにいちゃんと課長の運命で、私、関係ないですよね……。


 そう思いながら、萌子はそそくさとスマホを片付け、もうキャンプの話題には触れなかった。






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