じゃあ、付き合えばいいじゃないか


 さて、ほんとうに課長の仕事は定時に終わるのでしょうかね。


 終業間近、萌子は総司のデスクの方を横目に窺いながら、仕事をしていた。


 多英さんは課長のことを、若手の出世頭とか言ってたけど。


 この人、上司におべんちゃらとか言わなさそうだから、意外と出世しないのではないですかね?


 でも、怖いし、厄介な人ではあるけれど。


 そういうところはちょっと好感持てるな~、と思い眺めていると、終業時刻が来て、ぱたん、と総司がノートパソコンを閉めた。


「花宮」

とこちらを見る。


 はっ、はいっ、と萌子は寝ていたところを教師に名指しされたような勢いで立ち上がる。


「すまないが、店まで案内してくれ。

 大丈夫か」


「あっ、はいっ」


 うわーっ。

 ほんとにかーっ。


 行く道中、なにしゃべればいいんだーっ。


 って、この人しゃべらないから、私もしゃべらなくていいのかなーっ?


 などと思いながら、萌子は不安な気持ちで帰り支度を急いだ。





 総司についてエレベーターに乗ると、総司はいきなり地下一階のボタンを押した。


「あれ? 車ですか?」

と萌子は訊く。


「そうだ。

 お前は確か車じゃないよな」


 すぐそこに住んでますからね。


 街中に住んでいるので、週末、神社の手伝いをしたり、お気に入りのランタン持って、ヒュッゲな気持ちで山中をうろついたりしたくなるのだ。


「車、会社に置いたままでいいんじゃないですか? 目の前だし」


「いっぱい買ったらどうする。

 それに、そんな遊び道具持って、会社にのこのこ帰ってくるのもどうなんだ」


 いや、まあ、それはそうなんですけど。


 私はどうしたらいいんでしょう……。


 課長の車に乗るのはちょっとあれだしな~、と思ったと萌子は、

「あ、じゃあ、私、先に歩いて行ってますね」

と一階のボタンを押そうとして、その手をはたき落とされる。


 ……あの、手刀でやられたかと思うくらい痛かったんですけど。


 っていうか、動きが素早すぎて怖いんですけど、と思っていると、

「なんでだ。

 一緒に俺の車に乗っていけ。


 案内してもらうのに、お前を歩かせるとかおかしいだろう」

と総司は言ってくる。


 いやあのー、気を使っていただいて嬉しいのですが。


 一緒に車に乗りたくないから言ったんですけど。


 緊張してしまうではないですか。


 今、エレベーターで二人きりなのも緊張してるのに。


 なんでみんなこっちのエレベーターには乗ってこないんだ、と落ち着かない気持ちで萌子は思っていた。


 そうこうしているうちに地下に着く。


「乗れ」

と言われたのは、ピカピカに手入れされた紺の小型のSUVだった。


「小回りが効いていいんだが、狭い道でも入っていけるしな。

 でも、キャプ道具が増えたら、もうちょっと大きい車の方がいい気がするし。


 キャンピングカーにも憧れがあるんだが、職場にあれで来るのもな。


 お前、どう思う?」

と言いながら、総司はさっさと運転席に乗る。


 いや、どう思うと言われましても。


 私の意見など聞く価値があるのでしょうかね。


 ただカンテラ持って山をウロついているだけの、キャンプの達人でもなければ、これからずっとあなたの車に乗る恋人や家族でもない人間の意見など。


 そう思いながらも、なにも答えなくても怒られそうだったので、


「……そ、そうですね。

 さすがにこの駐車場にキャンピングカーで乗って入るのは、あれですかね」

という無難な答え方をした。


 いや、それでほんとうに無難だったかはわからないのだが。


「ま、そうだよな。

 って、お前、なんで外で答えてる。


 さっさと乗れっ」

と怒られる。


 いや、ちょっと、ほんとうに乗っていいものだろうかという遠慮がありまして……。


 と思った瞬間、エレベーターの方から女性たちの話し声が聞こえてきた。


 先程までの遠慮をかなぐり捨て、萌子は急いで車に乗り込む。


「しっ、失礼いたしますっ」

と言いながら乗り、何度も声のする方を振り返っていると、そんな挙動不審な萌子を見て、総司が、


「なんだ、どうかしたのか。

 俺の車に乗りたくないのか」

と訊いてきた。


「い、いえ、そうではなくでですねっ」

といよいよ近づいてきた声に、更に挙動不審になりながら萌子は言った。


「課長に店についていってくれと言われてから、女子社員のみなさんに睨まれてるんですよっ」


「なんでだ」


 いや、なんでだって……。


 自分の人気具合を知らない人も困るな~っ、と思ったとき、ようやく車が走り出した。


 地下から外の道に出たらしく、明るくなったとき、総司が言ってきた。


「……外に出たぞ。

 いつまでカメになってる気だ」


 萌子は首をすぼめたカメみたいになって、下に隠れていたのだ。


「す、すみません。

 でも、ほんと大変だったんですよ~」

と起き上がってきながら、萌子は昼間の話を総司にした。


「それは悪かったな。

 だが、この話の解決方法は何処にある?」

と総司が訊いてくる。


 何処にあるって、課長が個人的に私に関わってこなければ、嵐は去るんじゃないですかね、と萌子は思っていたが、


「付き合ってもないのに、他の女に睨まれるのが問題なんだろう?

 じゃあ、俺とお前が付き合えばいいのか」

と総司は言い出した。


 ……は?


「つまり、付き合ってるんなら、睨まれてもいいわけだよな?」


 ちーがいますーっ!


 田中侯爵、発想も変わってるっ!


 仕事の上ではその発想の斬新さがいいのかもしれないが。


 今、此処での斬新さはなにもよくないですっ、と萌子は思っていた。


「っていうか、そこでナイフで自衛しようとする奴、かばわなくてよくないか……?」


 と疑問を呈しながらも、総司は目の前のショッピングモールを見ながら言ってくる。


「まあ、騒がせたことには間違いないようだから、いいランタンでもあったら買ってやるよ」


「えっ? いいですよっ」


「遠慮するな。

 それより、時間も時間だから、買い物したら、なにか食べるか。


 付き合わせた詫びにおごってやろう」


 そう総司は言ってきた。


 ふたりでショッピングしてお食事。


 完全にデートコースな感じなんですが。


 この人、まったくそんな気ないんだろうな~、と思いながら、萌子は、みんなが、黙っていれば美しい、と評する総司の横顔を見つめていた。




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