あんた、ほんとに巫女さん……?


「やだー、もう萌子ーっ。

 あんた、一躍いちやく、時の人なんだけどーっ」

と社食で、めぐが言って笑い出す。


「あの田中侯爵が女の子をデートに誘ったってー」


「……誘われてない。

 誘うわけないじゃない、あの課長が」

と言う萌子の手にあるナイフを見て、めぐが訊いてきた。


「なに、そのナイフ。

 今日、サバの煮込み定食だよ?」


 ナイフとフォークで食べる気? と言う。


「いや……、いつられるかわからないから」

と周りのテーブルの女性陣に身構えながら、萌子は言ったが。


「いやいや、その体勢だと、あんたがる側だから……」

とめぐは言う。


「此処、空いてる?」

と後ろから声がして、はい、と反射的に言って振り向いたが、ちょっと嫌な予感はしていた。


 ほんのりと嗅いだことのある香水の匂いがしていたからだ。


 本人とギャップのある爽やかな香りだったから覚えてる、と思いながら、萌子はナイフを手にしたまま振り向いた。


 案の定、後ろに、あの営業の派手な美女が立っていた。


 いや、服装などが派手なわけではないのだが、ともかく顔立ちが大造りで目立つ。


 昔、歌劇団で男役をやっていたとか言われても違和感のない感じだ。


「……なによ、そのナイフ。


 此処、空いてるの?

 空いてないの?」

とキツイ口調で問われ、


「……あ、空いてます」

と萌子は言った。


 明らかに空いているので、そう言わないわけにもいかなかったからだ。


「なによ。

 私が横に座るの、嫌なの?」


「ちょっと、嫌かもしれないですね~……」

と身を守るように両手でナイフをつかんだまま、萌子が言うと、めぐが苦笑いして言ってきた。


「萌子……。

 口に出して、そこまで言える人間は、ナイフで身構える必要ないと思うよ」


 あんた、ほんとに巫女さん? とめぐが言う。


「あら、あんた、巫女さんやってるの?

 家が神社とか?」

とその女性、賀川多英かがわ たえに訊かれる。


「いえ、おじいちゃんちが。

 休みの日、たまに手伝ってるんです、昔から」


「へえ、そうなの。

 私、実は御朱印ごしゅいん集めてるのよ」

と多英は言い出す。


「えっ? そうなんですか?」


「御朱印帳がいっぱいになったら、なんかいいことありそうじゃない」


 なんだろう。

 普通にいい話をしているのだが。


 頭の中では、御朱印帳が完成したとき、呪いの扉が開いていた。


 多英に対する恐怖のせいだろう。


 睨まれた以外、特になにもされてはいないのだが。


 なにかこう、押しの強さが怖いというか、と思っていると、

「あんたんとこの御朱印って、まさか、あんたが書いてるわけじゃないわよね」

と多英は訊いてくる。


「まさかってなんですか。

 私の描くウリ坊、可愛いって評判ですよ。


 しかも、私がいるときしか描かないので、かなりのレアものですよ」


「ウリ坊?

 あんたんとこの神社、何処?」


「街の外れにある猪目いのめ神社です」


「うそっ。

 ハートの御朱印のとこ!?


 やだ、今度行こうと思ってたのよーっ」


「そうなんですか?

 ぜひ、いらしてください。


 私がいたら、ウリ坊もお描きしますよ」


「……恋愛運アップの神社のレアな御朱印。

 欲しいけど、あんたが書いてると思うと、ありがたみ半減ね。


 ご利益あるの、それ。


 ああ、あるのか。

 田中課長に誘われるくらいだもんね、あんた。


 ……神社の魔力ね」

と呟く彼女に、


 いや、私の魔力というか、魅力はそこには介在してないわけなのですかね……と萌子が思ったとき、


「ところで、私はいつ座っていいの」

と多英が訊いてきた。


 彼女は律儀にトレーを持って後ろに立ったままだった。


「す、すみませんっ」

と慌てて、萌子は隣の席を勧める。




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