どっちも怖いんですけど~



 月曜日。

 萌子は総司のデスクの前に立っていた。


 営業部に持っていって欲しいものがあると、総司に言われたからだ。


 おとなしく待ちながら萌子は思う。


 今此処にいるこの人は金曜日のこの人とは、実は別人なのだろうかと。


 相変わらず、なにも山の中での出来事には触れてこないんだが……。


 あそこにいたこの人か、今此処にいるこの人は、実は課長のドッペルゲンガーで、


 まで頭の中が行ったとき、総司が、


「よし、これを森本部長に」

と言って、茶封筒を渡してきた。


 ようやく、此処を離れられると、ホッとしながら、

「はい」

と言って行こうとした萌子の背に向かい、総司が言ってくる。


「花宮、今日は暇か」


 ……は? と萌子は茶封筒を手に振り返った。


「暇なら例の店に行かないか?」

と総司が訊いてくる。


 例の店……。


 めちゃくちゃ思わせぶりなセリフに聞こえますが。


 たぶん、目の前のショッピングモールのキャンプグッズの店ですよね?


 そう思った瞬間、部署の入り口付近に立っていた営業の派手な美女がこちらを睨んでいるのに気がついた。


 ひっ。


 しかも、周囲の女性陣からも、此処にいるのがいたたまれないくらいの鋭い視線を向けられている。


 いやいやいやっ。

 いつもみんな、課長のことを、いくらイケメンで出世頭でもあんなに講釈が長くて、愛想が悪くちゃねーって言ってるじゃないですかっ、

と萌子は焦っていたが。


 普段から周囲の人間の言動には興味のない総司の目には、女性陣からの萌子への突き刺さるような視線など、もちろん入ってはいないようで、


「俺も今日は定時に終わりそうだ。

 どうだ。

 行けるのか、行けないのか」

と相変わらずのマイペースさで訊いてきた。


 ひーっ。

 女性陣も怖いけど。


 この人の誘いを断るのも怖いっ、と萌子は固まる。


「何故だ。

 どうしてだ。


 俺を案内できないというのか。

 一体、なんの用事があるんだ。


 その用事は何時からだ」

と補導しようとする先生のごとく、厳しく詰問されそうな気がしたからなのだが。


 まあ、実際のところ、このあまり他人と行動を共にしない人間の誘いを断ったところで、


「そうか」

で済んでいたのかもしれないが。


 上司からの、しかもヘビやミミズから助けてもらった気がする相手からの誘いを断るのは勇気がいった。


「な、なにもございません。

 お供いたします……」

と萌子は折れる。


 だが、あくまでも、へりくだった感じに言ってみた。


 みんなに聞こえるように。


 例の店とか、まるで、行きつけの呑み屋でもあるかのように、この人言ってますけど。


 もっとお堅い場所ですよ。


 ちょっぴり仕事がらみかもしれませんよ~、という雰囲気を醸し出すように。


 いや、ほんとうに醸し出せていたかは知らないのだが……。





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