道の上

雨世界

1 道の上。道の先。……道の途中。

 道の上


 登場人物


 古枝梅 背の高いポニーテールの先輩の少女。走ることが大好き。


 遠藤花 ショートカットの可愛い後輩の少女。吹雪に憧れている。


 プロローグ


 ……いい匂い。この匂いは、君の匂い、なのかな?


 本編


 道の上。道の先。……道の途中。


 本当はわかってるんだ。実は私は、あの日から一歩も前に進めていないんだって。本当は自分でもわかってるんだよ。


 古枝梅が泣いた日。その日、その場所には、梅の後輩の遠藤花が一緒にいた。

 それは梅にとって絶望の、そして、花にとって成長の始まりを告げる日でもあった。

 二人は同じ高校の陸上部に所属している先輩と後輩という関係だった。(それ以上でも、それ以下でもない関係だった)


 梅が足を怪我して走れなくなった日。


 花は梅の代わりに、やっぱりずっと憧れていた陸上部のレギュラーの選手の一人になった。走れなくなった、ずっと憧れていた古枝先輩の代わりに……。


「おめでとう。この言葉は嫌味じゃないよ。本当にそう思ってる。陸上部のレギュラーになるために、どれだけ花が頑張ってきたのか、私はよく知っているつもりだから」

 にっこりと笑って梅は花にそういった。

「……ありがとうございます」

 とりあえず、なんて言っていいかわからないから、花は大好きな古枝梅先輩にそう言った。

「私は試合には出られないけれど、その分全力でみんなのことを応援する。もちろん、花。あなたのこともね」にっこりと笑って、梅は言う。それから梅はコーラをひと口だけ飲んだ。


 二人は今、夕焼けのオレンジ色に染まった眩しい世界の中を、二人だけで歩いている。

「はい。試合、頑張ります」

 なんとなく、梅の顔を見られないままで、正面を向いたまま花は言った。それから花は、今日は先輩とお揃いの大好きなコーラじゃなくて、同じ炭酸飲料だけど、透明なサイダーをひと口口にした。


「じゃあ、またね、花」

「……はい。じゃあ、また明日。……古枝先輩」

 そう言って、二人は学校帰りの大きな川の横にある土手の上で、いつもの二人の分かれ道の上で、……いつものようにお別れをした。


 花は夕焼けの中に消えていくようにして歩いていく、古枝梅先輩の後ろ姿を、……ずっと追いかけてきたその背中を、しばらくの間、その場所にぼんやりとしながら立って、……じっと、ただ眺め続けていた。


 その日の夜。花は夢を見た。……それは大好きな梅先輩が、予定の通りに陸上の試合を走っている夢だった。


 走る。限界まで。全力で。加速する。


 夢の中で、梅先輩はそのことだけを考えていた。(余計な思考は一切なかった。梅先輩に褒めてもらいたいとか、そんな風な花のような雑念など、走ってるときの梅先輩の頭の中には一切どこにも存在していなかった)


 光の速度。(生きることは加速すること。それは先輩の言葉だった)


 人は光の速度じゃ走れない。そんなことは、もちろん、高校生の私にだってわかっている。

 ……でも。それでも。

 私は光になりたい。

 光の速度で走ってみたい。


 光が見える。あの光の中に……。私はたどり着いてみたいんだ。いつか。……絶対に。

 梅先輩の目指している、ずっと遠い場所にあるゴールがまばゆい光に満たされる。

 いつの間にか、試合会場ではなくて、暗い真っ暗な闇の中を走り続けている先輩の姿は、やがて、その明るい光の中に消えていった。


 ……花の見ている前で。

 ……なぜか泣いている花を一人、真っ暗な闇の中に置いてけぼりにして。


 朝、目をさますと花は(やっぱり)泣いていた。


 遠藤花が大好きな古枝梅先輩との間に、『二人の間にある確かな距離』を感じたのは、今日が、初めてのことだった。


 道の上 終わり

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