第70話 墓参り

~ ロイド子爵領 ロイド邸宅 ~


 エ・ダジーマに入学してから1年。ぼくたちは実家に帰省していた。

 

 屋敷に到着したときは、出迎えてくれた母上にギューッと抱きしめられ、父上には頭をくしゃくしゃにされた。


「キース、こんなに大きくなって……」

「いや、身長はあんまり伸びてないけどね」


 ミーナとハンスはぼくの両腕にしがみついていたが、ミーナはすぐに離れてローラに抱き着いていた。やっぱり寂しかったんだろうな。


 シーアもぼくと同じようなハグ攻勢を両親や妹弟から受けて、さらにメイド仲間たちからも抱きしめられ、嬉しさのあまり尻尾がブンブンと振れていた。


 色々と懐かしい想いに浸ることになったが、滞在二日目を過ぎる頃には、以前とまったく同じ生活感が戻っていた。さすが実家だな。


――――――

―――


 ロイド家の庭の片隅には墓石がひとつ置かれている。これはぼくが7歳になって前世の記憶を完全に取り戻した頃、父上にお願いして立てて貰ったものだ。


 今朝、ぼくとシーアは一緒に墓の前に花を捧げ、膝をついて静かに死者の冥福を祈る。


 墓には4行の文字が刻まれていた。


 もっとも上の行にはシーアの生まれ故郷である村の名前。


 残りの三行がシーアの両親と弟の名前だ。


「キース様、ありがとうございます」


 シーアがぼくに礼を述べる。キース様と呼ぶのはシーアなりに改まった言い方だ。


「うん」


 ぼくはそう応える。それしか言えなかった。


 シーアの村は海賊に焼き討ちされた。ほとんどの住民が虐殺され、シーアの家も両親と弟が閉じ込められたまま火を放たれた。


 焼き討ちを免れた住民は捉えられて奴隷商に売り払われた。シーアのような幼い子どもは、高値で買い取ってくれるゴンドワルナ大陸の商人に引き渡された。


 墓前に来る度、シーアの辛い記憶が呼び起こされるのだろう。ここに来る度、シーアは涙を流し、その度に、ぼくはシーアの涙を拭って、彼女の頭をなで続けることしかできない自分に歯痒さを感じた。


 屋敷に戻ると執事長のランドルフがお茶を用意してくれていた。


「ありがとうランドルフ。ずっと墓の手入れを続けてくれているんだね」

「ランドルフ様、本当にありがとうございます」


 シーアが深々と執事長に頭を下げる。


「いえ礼は必要ございません。ヴィルの家族はわたしたちにとっても家族なのですから」


 執事長の言葉を聞いたシーアの顔がくしゃくしゃになり、声を挙げて泣き出した。


 何事かとメイドやミーナ、ハンスが集まってきてシーアの頭や肩を撫でる。


 父上と母上もやってきてシーアの様子を見てオロオロする。


 なんだろう……なんというか……


 みんな大好きだわ。


――――――

―――


 王都に戻るといきなりレイチェル嬢に呼び出された。

 

 いつもは年齢の割には大人びていて落ち着いた感じのレイチェル嬢が、何故だかとても浮ついていた。


「キース! キース! どうしてもっと早く戻ってこないの? わたくしずっと首を長くして待っていたのよ!」

「はぁ、それは何というか……その……すみませんでした」


 理不尽な怒りをぶつけらえているとは思うが、レイチェル嬢がプンプン怒る顔もレア可愛いので問題ない。


 それに社交界デビューされてから、より一層大人びたというか、洗練されたというか、ひとつひとつの動きが優雅に、より女性的になったような気がする。


 キュッ。


 ぼくの二の腕を掴むシーアの手に力が入る。


「そ、それでレイチェル様、何か急ぎの用件ですか?」

「そう! 用件ですわ! キースに至急の用件がありますの!」


 レイチェル嬢はイチイチ声に力を込めて言う。


「ピュリフィンシートの開発者に会ってみたいとおっしゃいましたの!」

「はぁ、つまりぼくに会いたいってことでいいですかね?」

「そうですわ。キースに会って詳しい話を聞いてみたいとおっしゃってますの!」

「なるほど。で、どなたがぼくに会いたいとおっしゃっているのでしょうか」

「わたくしの敬愛してやまない、ずっとずっと大好きだった、綺麗で素敵で……」


 まだまだ続きそうだったので、ぼくは割り込みを入れる。


「つまりどなたでしょうか?」


「アルテシア殿下ですわ!」


「……」


 レイチェル嬢が何を言っているのかよく聞こえなかったので、とりあえずぼくは黙ったままでいた。


「アルテシア殿下ですわ!」


「なっ、なんだってぇぇぇぇ!」


 レイチェル嬢はもちろんぼくが王族に会えるということに驚いたと思ったことだろう。

 

 まぁ、確かに驚きはした。10%くらい?


 残りの90%は前世でウルス王だった頃の記憶から来るものだった。


 アルテシア姫とは婚約まで交わす仲だったのだ。


 おじいちゃんと孫娘ってことだけど。


 それでも、今や昔以上に美しく育っているだろう孫娘(前世)に再会できることに、ぼくは魂からの喜びを感じていた。


「殿下からお呼びが掛かるとは光栄至極。こうなってはたくさんのピュリフィンシートを持って殿下の前に参上いたしたく候でございます」


 やっぱりぼくも緊張しているのか妙な言葉遣いになっていた。



☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆*:.。. o(≧▽≦)o

~ 女神の報告書 (登場人物等)~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054934785426/episodes/16816927860972180875

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