第69話 レイチェル・リンドと明星の姫2
アルテシア姫の到着が告げられるとパーティー会場にいる全員の注目が集中し、あちらこちらから感嘆の声が上がった。
レイチェルも彼女の姿を認めた途端、その美しさに思わず息を呑む。
「ひぃあぁぁ」
変な声が出てしまい。レイチェルは慌てて自分の口を塞ぐ。
アルテシア姫が王族たちの居並ぶ席に向かって歩みを進めるたび、艶やかで豊かな黄金の髪が煌めき、姫の優雅な動きにドレスが美しく映える。
彼女の青い瞳に目が合った者はすべからく「おうふ」とため息が漏れる。
(あれが最近の社交界の流行なのかしら?)
レイチェルが奇妙な反応を訝しく思っていたところに、アルテシア姫と目線が合った。
「おうふ」
思わず声が出てしまった。
「なるほど……こういうことですのね」
それにしても……とレイチェルは思う。
「アルテシア様はわたくしのことを覚えていらっしゃるかしら……」
といっても、レイチェルは五年前にアルテシア姫に名前を聞かれて以降は、一度も会ったことはない。
ずっと王都に居ることが多かったリンド伯爵は、アルテシア姫と会う機会があったようだから、父から自分の話を少しは聞いているかもしれない。
とはいえ……
「あまり期待はしない方がいいですわね」
いずれにせよ、レイチェルとしてはこうしてアルテシア姫を見ることができただけでも十分満足していた。
それに、とりあえず両親の近くに居れば、必ず王族への挨拶に向かうタイミングが来る。そうしたらアルテシア姫を間近で見て、もしかするとお声を掛けていただけるかもしれない。
レイチェルは父が早くアルテシア姫のところに挨拶に向かってくれないものかと焦っていた。
やきもきする心を焚きつけるように、社交デビューを果たしたばかりの初々しいレイチェルに対してダンスを申し込む男性が後を絶たない。
美しさの次元がひとつ抜きんでているアルテシア姫を考慮に入れなければ、レイチェル・リンド伯爵令嬢も会場の男性たちの心を強く惹きつける美貌の持ち主であった。
「リンド令嬢、どうぞわたくしと踊ってください」
差し伸べられた手を、相手を持ち上げつつ上手にお断りするレディの芸当はレイチェルは未だできない。
そのせいで、次こそはレイチェル嬢と踊ろうと意気込む男性陣の行列が出来始めていた。
「これでは、お父様がアルテシア姫にご挨拶するときにお傍にいることができないかもしれませんわ」
最悪、父が広間で踊っているレイチェルを指して『あれがうちの娘です』で済まされてしまうかもしれない。
王族の周りには常に人々が集まっているため、もし父と一緒に挨拶する機会を逃してしまえば、それで御終いということも十分あり得るのだ。
レイチェルは焦り始めていた。
そのせいかダンスのステップのタイミングを幾度かずれてしまい。その度にリードする男性に余計な負担をかけてしまう。
このままではアルテシア姫にご挨拶することができない。そう思ってアルテシア姫の方を見るとちょうど両親が挨拶に近づいこうとしている様子が目に入った。
ダンスを終えたときは既に両親は挨拶を終えたらしく、他の王族と会話を続けていた。
(残念ですわ……)
次の男性が差し出す手を見ながら、レイチェルが内心でため息をついたその時――
「失礼!」
男性の手を受けようとしたレイチェルの手を強引に、だけど優しく掴み――
「可愛いお姫様! 次はわたしと踊ってくださいませんこと?」
人々の間をすり抜けるようにして駆け寄ってきたアルテシア姫がレイチェルの手を取った。
――――――
―――
―
それから踊ったダンスのことはほとんど記憶に残っていない。
全身の血が頭に昇って顔が真っ赤に染まっていただろうことと、アルテシア姫がレイチェルの腰に回された手が、ともすればふらつくレイチェルの身体を何度もささえてくれたこと、
そして、レイチェルに向けられた優しい青い瞳のことだけはなんとなく覚えている。
ダンスが終わり、アルテシア姫はレイチェルの手を引き、彼女を王族に次々と紹介した後、最後に自分の席に椅子を用意させてレイチェルを座らせた。
そしてレイチェルの両手にアルテシア姫は自分の両手を重ねて言う。
「信じられない! あのときのちっちゃいお姫様が、こんなに美しいレディになってるなんて! ねぇ、わたしのこと覚えてる?」
「ももも、もちろんですアルテシア殿下。ずっとお慕い申しておりました」
突然、レイチェルの視界が真っ暗になる。息が苦しいけれど、いい匂いに包まれて頭がくらくらした。
アルテシア姫が椅子から立ち上がり、レイチェルをギュッと抱きしめていた。
「嬉しいわ! レイチェル! わたしの可愛いお姫様!」
それからレイチェルはアルテシア姫と沢山たくさん話をした。アルテシア姫はレイチェルのことや出会った時の出来事をよく覚えてくれていた。
もしかしたら、先ほど挨拶していた両親からレイチェルの話を聞いただけなのかもしれない。でもそれでも構わない。
アルテシア姫とお話をしている。
それだけで彼女は舞い上がっていた。
二人の思い出話が盛り上がってきたところで、アルテシア姫がテーブルに置かれていたフォークを地面に取り落としてしまった。
普通の王侯貴族であればそのまま放置してメイドに拾わせるところだが、アルテシア姫はさっと身体を屈めてフォークを拾い、近寄ってきたメイドに手渡す。
そのときレイチェルは反射的に持参していたピュリフィンシートを取り出して、アルテシア姫の手を拭った。
「?」
「御手が床に触れて汚れてしまったかもしれませんので……」
ポカンとするアルテシア姫にレイチェルが慌てて説明する。急に手を取ってしまったのは、もしかして失礼だったのではないかとレイチェルは焦った。
「すごくいい香りね。これは何?」
「えっと……」
同刻。
エ・ダジーマ貴族寮でシーアの膝の上でおっぱい瞑想をしていたキースがカッと目を見開く。
「チャンス到来!」
特に何も考えることなく適当に吐いた言葉が、実はドンピシャで現実と一致していたことを、後のキースが知ることは……なかった。
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