第67話 五人の魔術師

 夜の山道をの五人のタイタス王国宮廷魔術師が馬を駆って進んでいた。

 

 山頂近くから王都の方角を振り返れば、燃え上がる王宮から立ち昇る炎が夜空を照らしているのを見ることができた。


 炎王ウルスの急襲をタイタス王国の誰一人として予測することはできなかった。いや、この大陸にいる誰一人として予測することはできなかったはずだ。


 カナン王国との激戦で疲弊の極みにあったボルヤーグ軍は、王都を目の前にして踵を返してタイタス王国に進軍。ボルヤーグとタイタス王国の間には巨大な山脈が横たわっており、両者を結ぶ最短ルートは青の大回廊であった。


 当然ながらタイタス王国軍はこの大回廊に最大限の警戒を注いでおり、数多くの巨石でその入り口を封鎖していた。


 しかし、ボルヤーグ軍は青の大回廊を通ることなく電光石火の速さでタイタス王国に到着する。これはウルス王が生涯かけて最大の労力を注いだ『王の街道』の最大の成果だ。


 平に削られた石で整備された街道を、馬や兵士たちは泥に足を取られることなくを進んだ。


 この高度に整備された街道には一定距離ごとに関所が設けられているが、これが戦時には補給基地の役割を果たした。ここでは物資だけでなく人員の補給や交換も行われる。


 激戦の直後で疲弊していた連合軍は、この補給基地を通る度に新しい武器を手渡され、怪我人が抜け、新たな兵が補充されていく。王の街道を進むに従って連合軍は息を吹き返すように力を取り戻していった。


 結果、青の大回廊を通るより遥かに早くボルヤーグはタイタス王国に到着。タイタス王が籠城のために王都を封鎖することを決断したその日の内に炎王ウルスは王宮を陥落させた。


 タイタス王は炎王ウルスの目の前で自害し、タイタス王国はこの世から消滅した。


 タイタス王自害の知らせを受けたときには、五人の魔術師たちは既に山中の隠れ家に潜み逃走の準備を進めていた。


 「それにしても後一歩というところまで来ていたものを」

 

 魔術師たちはいずえれも口惜しさで身が焦がれる思いだった。


 あと1日あれば、悪魔勇者召喚の儀式が完成していたのだ。異世界から勇者さえ呼び込むことができれば全てが今とは真逆の結果になっていたはずだ。


 タイタス王国がこの大陸全土の頂点に立っていたはずだったのだ。


 二つ目の隠れ家には着くと王国の隠密部隊が逃走用の馬車を用意していた。


「魔術師様、こちらの服にお着換えの上、馬車にお乗りください」


 庶民の服装に着替えた魔術師たちは馬車に乗り込むと、ようやくひと息つくことができた。このままカナン王国に亡命しそこから再起を図るのだ。


 タイタス王が亡くなったとしても、カナン王国に身を寄せている王の血族がまだ生きている。彼らのうちの誰かを擁立して王国を再興し、今度こそ悪魔勇者召喚を成功させるのだ。


 馬車に用意されていたワインを互いに交わしながら、五人の魔術師は王国復興の策を語り合い、やがて眠りについた。


――――――

―――


 魔術師たちが異常に気が付いたのは太陽を見たときだった。馬車の進む方向に対して太陽の位置が反対側にあるのだ。これでは馬車はカナン王国とは逆に進んでいることになる。


「(……!)」


 御者に声を掛けようとした瞬間。魔術師は自分の喉が焼けるように熱く痺れていることに気が付いた。

 

 他の魔術師たちも次々と目を覚まして異常が発生していることに気が付いた。


 身体が縛られている。


 声が出ない。


 魔術師たちはただ呻くことしかできなかった。


 魔術師たちが目覚めたことに気が付いたのか、御者が魔術師たちに目を合わせる。


 御者の目は笑っていた。


 魔術師たちは、いつの間にか荷台に見知らぬ男が二人乗り込んでいることに気が付いた。


 男の一方については魔術師たちも知っていた。タイタスの影の司令長官だ。長官はは悪魔勇者召喚に反対の立場で、魔術師たちは彼が常に非協力的であったことを知っている。


 もう一方の男のことは知らない。ただなんとなく彼がボルヤーグ連合の者なのだろうと推測していた。


 まず知らない男が口を開いた。

 

「はじめまして魔術師の皆さん。わたくしには名前がないので名乗りようがありませんが、どうぞわたくしのことは『復讐』あるいは『裁き』、あるいはその両方でお呼びください。お見知りおきを……といっても後数日のことですが」


 長官が続ける。


「悪魔勇者召喚はこの大陸のみならず、この世界において禁忌の儀式であることは、魔術師のお前たちであれば十分に理解していたはずだ。決して手を出してはならないものだった。手を出した結果、お前たちが我らが王国を滅亡へと導いたのだ」


 知らない男が言う。


「十年もの歳月をかけて3524名もの尊い命が、あなた達の邪な計画のための犠牲となりました。わたくしは彼らの『復讐』と『裁き』の顕現です」


――――――

―――


 五人の魔術師は3メートルほどの深さに掘られた広い穴の中で解放された。そこは自然の地形を利用した円形闘技場だった。


 客席には満場の観客が居並んでおり、その全員が魔術師たちに憎しみの視線を向けていた。そして全ての者が沈黙を固く守っていた。


 せめて罵倒してくれれば怒りや混乱に心紛れるものを……。


 魔術師たちはそう思った。


 馬車に乗り込んできた二人の男が闘技場の貴賓席に立って人々に告げる。


「愛するものを奪われた皆さんには大変申し訳ないと思っています。本来であれば、一人一人がこの魔術師たちをご自分の手で切り刻んでやりたいことでしょう」


「ただそうしてしまうと、おそらく最初の一人が復讐を果たした時点で彼らの肉片の欠片さえ残りません。それでは残りの人々は永遠に復讐を遂げられない」


「なので、石打ちの刑を以て全ての皆さんに復讐を果たしていただきたい」


「何も石でなくても構いません。火と魔術以外であれば何でも」


 『復讐と裁き』が手にした石を魔術師に投げつけると、客席の群衆が魔術師に向かって一斉に石を投げ始めた。怨嗟の言葉と共に。


 魔術師たちはただ黙ってひたすら耐え続けた。


 魔術師たちの前に大きな塊が転がる。魔術師の一人が悲鳴を上げる。


 それは彼女の夫の生首だった。


 魔術師たちの前に大きな袋が落とされる。魔術師の一人が悲鳴を上げる。


 袋の中から彼の愛する妻と娘の声が聞こえてきた。


 大きな石が袋の上に落とされ、声は止んだ。

 

 魔術師たちの前に一人の男が投げ落とされる。魔術師の一人が悲鳴を上げる。


 男は魔術師を見ると愛人の元へと駆け寄ろうとする。


 その頭を矢が貫いて、男は目を見開いたまま倒れて動かなくなった。


 魔術師たちの前に一人の少女が突き落とされる。魔術師の一人が悲鳴を上げる。


 彼が生涯かけて生み出したホムンクルスは、全身を矢で貫かれて停止した。


 魔術師たちの前に一人の青年が下される。


 『復讐と裁き』が手を挙げると群衆は一斉に投石を止めた。


 青年が魔術師の目の前に進む。魔術師の一人が目を見開いて息を呑む。


 青年は全身のあちこちに拷問の跡が残されており、


 その胸元と背中には魔法陣が刻まれていた。


 青年が貴賓席に顔を向けると『復讐と裁き』はうなずき返した。


 次の瞬間、青年は短剣で自らの喉を掻き切った。

 

 青年に炎の矢が降り注ぎ、その遺体を焼き尽くす。


 同時に、一人の魔術師の全身から青い炎が立ち上り、


 魔術師の身体はミイラのように干からび、やがて灰となった。


 こうして魂を他者に移して延命を図る古代の魔術が崩壊した。


 残された魔術師たちはこの世界の全てを呪った。


 声なき声で呪詛を吐き、


 その全身全霊を以て全てを呪った。


 自分たちがやってきたことを省みることのないまま、


 彼らは呪いにまみれて死んでいった。


 彼らの遺体はこの場所と共にそのまま放置され、やがて忘れ去られていった。


 ただ五人の魔術師の怨嗟と呪いだけは、いつまでもこの場所に留まり続けた。


――――――

―――


 ウルス王はタイタス王国の後始末を部下に任せ、自らは王宮に戻って次の戦いの準備を進めていた。


 タイタス王国の状況について報告を受ける。


 どうやら五人の宮廷魔術師たちは逃げおおせてしまったようだった。


 だが彼らが再び悪魔勇者召喚を行うようなことはあるまい。少なくとも当面の間は無理だろう。それよりも今は連合王国樹立のために数多くの戦に勝ち続けていかねばならない。


 報告を受け終わると、ウルス王は臣下に手を振って下がらせて、次の戦についての軍議の招集を命じた。

   





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【 関連話 】

タイタスの騎士

https://kakuyomu.jp/works/16816927861519102524/episodes/16817330652057422108








 

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