第66話 いやな予感

 カサノバク男爵とフォン・ノエインからは思っていた以上の収穫を得ることができたと思う。


 当面は、今は亡きタイタス王国の五人の宮廷魔術師がヴィドゴニアになったという想定で調査や準備を進めていくつもりだ。


 ぼくとシーアを襲ったヴィドゴニアたちは辛うじて人の形を保っている恐ろしい異形の存在でしかなかった。


 仮に元宮廷魔術師だったとすれば、ヴィドゴニアになったとしてもそれなりの威厳というか佇まいというか、何かしらの名残があってもよさそうなものだけど、そういうのは一切なかったと断言できる。


 ただヴィドゴニアになる前後では外見や人格が全く異なることもあるようだし、見た目だけで、奴らが宮廷魔術師の成れの果てではないと断言することもできない。


 フォン・ノエインを見て思ったのは、人の姿に戻ったヴィドゴニアはたとえ人格が変わっていたとしても、過去の記憶が消えているわけではないということだった。


 もしタイタスの宮廷魔術師たちが人の姿を取り戻していたとして、そこから彼らはどういう行動を取るだろうか。


 元々が優秀な魔術師たちなだけに碌なことにならないのは確かだろう。


 もしかしたら天使のような人格となって、過去のことを全て水に流し、愛と平和とチョコレートを人々に授けるような聖人になっているかもしれない――


 なんて、そんな宝くじで一等当選を引き当てるような偶然を当てにするより、魔王の手下となって悪行三昧に耽っていると考える方がよほど現実的だろう。


 正直に告白しよう。


 ヴィドゴニアを舐めてた。


 なんというかちょっと強いゾンビくらいに考えてたよ。前々世で、ガラム先生が駆け付けてくれたときに、こそこそと森の奥へ逃げていくヴィドゴニアたちの印象が強かったからかもしれない。


 フォン・ノエインは今でも魔術を駆使してカサノバク男爵領の土壌改良の研究を続けている。


 同じ様に五人の宮廷魔術師が未だに魔術を駆使しているのだとすれば、その脅威度は凄まじいものになっていると考えざる得ない。


 とてもとても嫌な予感がする。しかしそれを言語化すると現実になりそうなので考えないことにしよう。


 とにかく今は調査と準備だ。何より、ぼくとシーアはもっともっと強くなる必要がある。


「そういえばシーア。フォンのことが怖くなくなったと言ったときに、何か言いかけてたよね?」


 エ・ダジーマの貴族寮に戻ってくつろいでいたぼくは、シーアの膝の上でおっぱい枕を堪能しながら聞いた。


 ちなみにノーラは今日もシーク師匠の実家に出向いてパン屋さんのお手伝いをしている。シーク師匠のご両親からも気に入られているようで何よりだ。


 ぼくの世話係じゃないの? と思わないでもないけれど、帰ってくるときには売れ残ったパンを沢山抱えてくるので問題ない。


 パンは必要な分だけ貰って残りはキャロルたち一般寮の生徒に譲っている。最近では、ぼくが一般寮の生徒を餌付けしているという噂も流れているが気にしない。


「フォン様ですが……」


 シーアが話始めた。


「【感覚】ではわたしが出会ったヴィドゴニアと区別ができないのです」


「ほむ」

 

 シーアの言う【感覚】というのは、魂の色や形、音、温度、そういったものを感じるというものだ。シーアは魂を見ることができる。


 これは視覚的に見えるという意味ではなく、言葉の通り『感じて』いるようだった。


 ぼくはいわゆる共感覚のひとつと理解している。


「青白くて、暗くて、冷たくて……うまく言えません」

「うん。それがシーアを襲ったヴィドゴニアと同じだったんだね」

「はい。もちろん、今はフォン様が恐ろしい方だとは思えません。悪意も感じません。でも昔に出会ったヴィドゴニアたちと区別がつかないんです」


 本質的にはフォンもヴィドゴニアであることには変わりがないということなのだろうか。


「もしかしたら、もっとたくさんのヴィドゴニアと出会っていけば、段々と区別できるようになるかもしれないね」

「そうですね。そうかもしれません」

「まぁ、別に出会いたくもないけれど」

「ふふふ。わたしも会いたくないです」

 

 シーアの指を弄びながら、ふと気になったことを口にしてみた。


「そういえば、シーアの【感覚】ではぼくがどう見えてるの?」

「坊ちゃまですか? 坊ちゃまはですねぇ……えっと……」


「いい匂いです」

「匂い? 髪につけてるハーブ水の香りとか?」

「いいえ。鼻で嗅ぐ匂いとは違います。えっと全身で感じるというか……響くというか……とにかく、いい匂いなんです」

「なるほどわからん」

「ふふふ。わたしだけが分かればいいんです」


 こんな感じで、ぼくとシーアは幸せオーラの中に浸り続けた。もしかしてこれが噂に聞くイチャラブ空間なのか。なのかもしれない。


 パンを抱えたノーラがエ・ダジーマの門を通るのをシーアが察知するまで、ぼくはずっとシーアに甘えていた。


――――――

―――


 ~ 天上界 女神ラヴェンナのデスク ~


「やっと見つけました!」


 鹿島要さんが三度目の転生をする直前のこと。二度に渡る転生の失敗でいささか混乱していたわたしは、手近にあった転生候補者ファイルから選んだ人物を勇者転生させてしまいました。


 勇者転生それ自体は成功したんです。したんですよ。ええ、三度目の正直です。


 でも……でもですね。


 あの……見失っちゃったっていうか? ロスト? みたいな?


 でもでも大陸のどこかにちゃんと転生したことは間違いなかったです。現に先程、神GPSに反応が出てきたんですから。もちろんゴンドワルナ大陸に反応があったんです!


 見つかってよかったぁー!


 勇者に転生した平野静香さんはとっても明るくて可愛い中学生のお嬢さんで、わたしともすぐに打ち解けてくれました。


 それがわたしのミスのために、転送先であるゴンドワルナ大陸で何年もの間行方不明になってしまうなんて、本当に申し訳ないことをしてしまいました。


 でも見つかってよかった。本当によかった。

  

 平野静香さんの転生先は可憐な少女でした。予定が色々と違ってしまいましたが、勇者の加護もあることですし、きっと今頃は美しい女性に成長しているに違いありません。


 ピコッと音がして、神ディスプレイに現在の彼女の姿が映し出されました。


「や、やさぐれてます!?」


 そこには、身体のあちらこちらに傷を――顔にも大きな傷を負った女性が、黒髪の幼い少年の手を無理やり引っ張って走っている姿が映し出されていました。


「子どもを誘拐してる!?」


 事情はわかりませんが、彼女の目つきの相当の悪さから、印象的には誘拐犯にしか見えません。


 一体、彼女に何が……


「何があったんですかぁぁ」 

 

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