バチェ●レッテ・ジャパニーズハイスクール

常世田健人

BACHEL●RETTE JAPANESE HIGH SCHOOL


『――今度は、女が決める番――

 バチェ●レッテ・ジャパニーズハイスクールへようこそ。

 一人の女子高生の真実の愛を求める冒険の旅が、本日、この日本の高等学校で始まります。

 そこには、どんな結末がまっているのでしょうか。

 さあそれでは早速、初代バチェ●レッテに選ばれた、今この日本で最も魅力的な女子高校生、ご紹介しましょう――』

 

「っていう始まりはどうかな!」

「却下ですよ却下!」

 放課後。

とある高校の生徒会室で、二人の男女が話している。

「えー。良いじゃんこの入り。本家もこんな感じだし」

 目鼻たちが整った顔を歪めて不満げにそういう彼女の右腕には『生徒会長』という腕章があった。艶やかな黒髪長髪が印象的な女生徒だ。男子高校生の平均身長はあり、椅子に座りながらスラッとした長い脚をばたつかせている。

「そもそもパクリでしかないじゃないですか。こんな企画、通すわけにはいきません」

 不満をまき散らす生徒会長に向けてハッキリと断言する男子高校生の右腕には書記・庶務・副会長などの、生徒会長以外の腕章が全て備わっていた。百六十センチにギリギリ届かずおかっぱ頭――加えて丸渕メガネをくいっと整えるといういかにも真面目そうな風貌である。

 そんな彼は、この時、生徒会長を見下ろしながらこんなことを思っていた。

 

『最初は何を言っているんだと思いましたね。

 元々生徒会長は突拍子もないことを言う方ではあるんですけど、この時は度を越していたように思えます。全く、事前事後の運営面を全て引き受ける僕の立場に立っていただきたいものです。

 そんな彼女のことをどう思うかって?

 まあ、そうですね。なんやかんや言いながらも、こういう荒唐無稽なところが魅力的だなとは思いますね。悔しいことに』


「とにかく、駄目です。大体誰がバチェ●レッテになるんですか」

「私に決まっているでしょう」

「ただの職権乱用じゃないですか!」

「えー良いじゃん良いじゃん、十七人の男性から言い寄られたいー」

「欲望の権化!」

 双方の意見は平行線で収束する気配が見えない。

 生徒会長が聞く耳を持たない様子を見て、メガネの彼は大きなため息を吐く。

「そもそもですよ、十七人もの男性をどうやって用意するんですか」

「勿論募集するよ。まあ私がこうやって生徒会長になれたのも数多の支持者のおかげだからね! 私に言い寄りたいっていう男性はいっぱい居るでしょう」

 両腕を組みながらドヤ顔をする生徒会長の様子を見て、メガネの男子は苛立ちを覚えながらも納得せざるを得なかった。

 目の前に居る女性は確かに魅力的だろう。

街中ですれ違ったら誰もが振り返るに違いない。

外見だけは紛うことなく学校一と言い切っても良い。

 けれども、こんなハチャメチャな性格であると誰も知らないだろう。

「会長の勢いについていける人なんてそうそう居ないと思いますけどね」

「どういう意味よそれ!」

 憤慨しながらも、生徒会長はこの時、こんなことを思っていた。


『彼がメガネをくいっと整えるときはね、自分を落ち着かせたい時なの。

 二年間一緒に居るからわかっちゃうの。

 私が三年生で、彼は二年生。

 私が二年生の時にね、彼は、生徒会長以外の役職を全部奪って生徒会の一員になったの。

 一生懸命な彼がね、今、一生懸命メガネを整えてる。

 笑いそうになりながら、怒ったふりを続けちゃった。

 だって、動揺しながら何とか落ち着こうとする彼、可愛いじゃない!

 もっとメガネいじってーって感じ!』


「た、例えば誰が応募してくれると思ってるんですか?」

 メガネを整えまくりながら男子生徒は生徒会長に物申す。

 そんな彼の様子を見ながら思わず笑いそうになるのを全力でこらえながら、生徒会長は指を折り始めた。

「えーっとね。サッカー部の部長でしょ、風紀委員長とその後輩君でしょ。あとは男子バスケットボール部の副部長に女子テニス部の部長に」

「ちょっと待ってください、同性も含めるんですか!」

「余裕でイケるけど」

「ストライクゾーン広すぎでしょう……」

「女子テニス部の部長、セクシーで魅力的なのよねー」

 メガネの男子はとうとう頭をおさえはじめた。

 この企画を通してしまうと、学校全体がとんでもない渦に巻き込まれかねない。

 このまま言い合っていてもらちが明かないと思い、ひとまず現実的に可能か不可能かを判断しようと試みる。

「そもそも、予算はそれほど割けないですよ。既に今年度の予算案は固まってしまっています。出せるとしたら細々とした余剰分をかき集めるしかありません。本家バチェ●レッテって確か無茶苦茶豪華な舞台と演出を用意していましたよね」

「あれ? バチェ●レッテ、観たことあるの?」

「まあ、多少」

 そういう彼はバチェ●レッテのみならず、男性一人対十名以上の女性をコンセプトとするバチェ●ーに関しても精通していた。恋愛リアリティーショーというものは軽く触れて一度はまってしまうと抜け出せない傾向にある。それこそ、集められた出演者が一般人というところが良い。芸能人が下手に出演してしまうとドラマを観ているかのような感覚に陥ってしまう。あくまでも身近な番組で、恋愛に対して真摯に取り組んでいるという様子が少しでも見えるところが重要だった。

「へー、意外だね。恋愛に興味あるんだ」

「そりゃそうですよ。高校二年生男子たるもの、彼女と一緒に青春を謳歌したいものです」

「気になる子、居るの?」

「そう、ですね。居ないと言ったら、嘘に、なります」

「ふーん……」

 メガネの男子からの一言を聞いて、生徒会長は何故か俯いてしまう。


『何故ここで俯くのか、理解不能でしたね。

 気になる子、居るに決まってるじゃないですか。

 眼前に居ますよ。

 無茶苦茶好きですよ。

 ずっと振り回されたい気分です。

何でここまで言って伝わらないんですかね。

生徒会長はやはり荒唐無稽です』


『そりゃあね、私もバカじゃないからニュアンスは伝わるの。

 でもね、ここは言い切って欲しかったなって思っちゃった。

 ……はっきり言葉にしてほしいなって思うのは、私の傲慢なのかな。

 うーん、わかんないけど、ここまで匂わせるならはっきり言ってほしいー!』


 そこから二人は沈黙に陥ってしまった。

 先刻まで激しく言い合っていたにも関わらず、二人は二の句を継げることが出来ない。

 お互いが、お互いの次の言葉を待っている。

 ――待ってしまっている。

そんな均衡状態を打ち破ったのは――生徒会長の上目遣いだった。

 話の勢いでメガネの男子が生徒会長を見下ろす形になってしまっていたのもポイントとなってしまった。

 普段の横暴なふるまいと打って変わった憂いを帯びた表情は、男子高校生の脳裏を貫くのに容易い威力を兼ね備えていた。

「……バチェ●レッテって、好意を持つ異性に薔薇を渡していくんですよね。薔薇はどこにあるんですか」

「一応、ここに二本……」


『何で二本なんだって思いました。

思いましたけど、すぐに答えにたどり着いてしまいました

いやー、ほんと、可愛いなって思ってしまいましたね。

ここまでお膳立てされて、いかない訳にはいかないでしょう』


『私が二つだけ用意した理由、気づいてもらえるかな。

 気付いてくれないなら、それまで。

 でも、気づいてくれるなら――』


生徒会長が手に持つ薔薇の内、一本を、メガネの男子が掴んだ。

 その瞬間に二人の手が触れ合ってしまう。

 生徒会長はビクリと反応してしまうが、メガネの男子は臆せず、生徒会長の手を広げながらゆっくり薔薇を奪い取る。

 お互いの手に、薔薇が一本ずつある。

 二人はお互いの顔を見ることが出来ない。

 心臓の鼓動が留まるところを知らない。

 それでも、次に進みたい――

 顔を真っ赤にした二人が意を決したのは、ほぼ同時だった。

「この薔薇を、受け取ってくれますか」



『――バチェ●レッテ・ジャパニーズハイスクール、いかがだったでしょうか。

 今回は残念ながら企画自体が始まらなかったのですが、それでも、こうして一組のカップルが誕生したのは喜ばしい限りです。

 番組は新たなバチェ●レッテをいつでもお待ちしております。

 それでは皆様、良い高校生活を――』

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