第28話 滑りまくる雑魚共
「すまないで済むかボケ! こっちは死ぬところだったんじゃ、どうオトシマエつける気じゃおんどりゃあ!」
グヮンモドキが怒りで顔面を真っ赤にし、体を覆う氷を湯気と共に吹き飛ばした。寒さのおかげで鼻水が二筋、垂れ下がっていた。サングラスの下から涙まで流れ出ていた。
「凍りなさい」
こちらの事情などお構いなしに、ミズキが両手から激しい吹雪の魔法をグヮンモドキとウィーナに放つ。
戦いにおいて、敵がこちらの会話を黙って見ているはずもなかった。
「バリアフィールド展開!」
その瞬間、ロシーボが二人の前に躍り出て、
グヮンモドキはにわかに背後を向き、その光景に戦慄の表情を見せた。そして、気を取り直したかのようなしかめっ面を作り舌打ちをする。
「俺は必ず負けねぇ! かなっ、必ず負けねぇつってんだよこの野郎ーっ!」
ロシーボがバリアフィールドを張った体勢のまま、台詞を噛みながら必死そのものの表情で敵を挑発する。アーマーの発動から興奮さめやまず、相当ハイになっているようだ。
「まあ、ええわ……。戦闘中に内輪もめしとる場合やないからな」
グヮンモドキが口をへの字にして溜息をついた。怒りを静めたようだ。
「これで体力を」
ウィーナは頭を上げ、手に持ったエリクサーを一個、満身創痍の彼に差し出した。
彼は小さくうなずいて、その小さな小瓶を手に取った。そして中身のエリクサーを勢い良く頭に振りかける。
「おっしゃあっ! パワー全開やで!」
グヮンモドキの四肢の筋肉が、それ自体生命体のように脈打ち、彼を取り巻く強力なオーラはより一層充実して感じられるようである。
「ひいいっ! 許してくれ、悪かった! あの、すいません、すいませんでした!」
床に倒れていたレンチョーが怯え始め、尻を引きずってグヮンモドキから遠ざかるが、グヮンモドキは彼のことを歯牙にもかけずにチェンジバトンを頭上に掲げた。
「安心せい、20階ごとき、ワイ一人で上りきってやるけんのう」
「頼む。通信機の予備だ。これで状況を知られてくれ」
ウィーナが通信機を渡しながらグヮンモドキに言った。チェンジバトンから光が発され、グヮンモドキがその中に包まれて見えなくった。
そして、その代わりにそこに現れたのは、真っ青な水溜りに浸かったチェンジバトンだった。
水溜りは、言うまでも無く、ミズキの呼び寄せた『ファイティング蜘蛛お化け』なる魔物に消化されたヴィクト成れの果てであった。
バトンだけ無事なのは、彼が最後の力を振り絞って魔法で覆ったからに違いない。その証拠に、バトンからは穏やかで、それでいて力強い魔力を感じ取れた。
ウィーナは目の前の青い液体に濡れたバトンを静かに手に取った。
その間にも場は進行し、ロシーボとレンチョーとサル・マタが半ばヤケクソでミズキと戦闘を行っている。
部下の死にいちいち感じ入っている時間を戦場は与えてはくれなかった。三人がかりで仕掛けても、ミズキの方が優勢で、レンチョー、ロシーボ、サル・マタもがじりじりと体力を削られているようであった。
冥王四天王の一人であるミズキの強さは圧倒的であった。だが、ウィーナが何より目に付くのは、こちら側の三人の戦いに連携というものが微塵も感じられない点である。
「うわあっ!」
ロシーボがミズキの放った激しい水流の魔術を受け、浅瀬の岩場にぶつかった水しぶきのように宙に舞い吹き飛んだ。そのままロシーボは背後に立つレンチョーに迫る。
「邪魔だ!」
レンチョーは飛ばされてきたロシーボに対し、電気を帯びたエレメンタルチェーンを思いっきり振るい、彼を打ち払った。
「あががあぁっ!」
味方からの攻撃を全身に浴び、ロシーボは苦痛に悶え、目をひんむいて床へ叩きつけられる。
「ほんっとに使えねぇ……。そのくせ人に意見してムカつくんだよ! お前がいると負ける!」
レンチョーの口から怒りと憎しみが言葉の形となって吐き出された。
「キャーッキャッキャッキャーッ!」
その光景を見て、目に涙を浮かべて爆笑するサル・マタ。彼らの間に仲間意識はなかった。
「レンチョー殿、ここはチームワークで」
ビギナズが見かねて声をかけた。
「はぁ!? 指示待ち人間の分際でよくもほざいたな!」
レンチョーが今にも襲いかかりそうな剣幕でビギナズをにらみつけた。ビギナズはとっさに萎縮し、顔が引きつり言葉を失う。
一方、周囲を取り巻いている冥王軍の兵士達は、彼らの立場からすれば逆賊である、ミズキを倒すべく加勢しようとしている雰囲気であったが、どうも邪魔ないし足手まといになるという理由から遠慮しているようである。
ウィーナは、見ているだけの兵士全員がごった返して突撃すればかなり強そうな気がした。
だが、戦闘レベルが根本的に違う敵相手に多くの兵をぶつけ、捨て駒のように消耗させるのは指揮官として正しい選択とは言えない。
戦力の大量投入も、それに見合った結果を期待できる場面でなければ実行に移せないのだ。
『おい、聞こえるか! グヮンモドキや、今四階やで!』
通信機から、グヮンモドキのがなり声が響いてきた。
「何? もうそんなところまで行ったのか!」
ウィーナが驚愕した。あれからものの数分も経っていない。
『ワイを舐めたらあかんで! あんな蜘蛛のバケモン、腹ん中から突き破って秒殺じゃい。2階も3階のモンスターも綺麗さっぱり掃除してやったわ!』
「了解した。そのまま先に進んでくれ」
『よっしゃ、やったるで! 邪魔やこんな壁、おんどりゃあ!』
グヮンモドキは壁を壊して進んでいるらしく、ロシーボのナビゲートは必要なさそうであった。
『ウィーナ、聞こえて? バリアナよ。大変なの』
今度は上のヘイト・スプリガンの立てこもっている玉座付近のいるバリアナから通信が入ってきた。
「どうした?」
『最上階の祭壇でヘイト・スプリガンを次期冥王にする儀式が始まったの!』
「何だって!」
ウィーナを含め、通信機で音声を共有しているレンチョー、ロシーボ、ビギナズも情勢の変化にわずかな動揺を見せる。
『まずいわ。このままで一時間位で儀式は終わる。儀式を取り仕切っているのは冥王四天王の一人、大神官キヌーゴ。今、執政部が軍を差し向けて戦闘状態に入ってるわ! 今何階まで行ってるの?』
「四階だ!」
『急いで! キヌーゴは大勢の兵士を引き抜いていて、こっちも突破できるか分からないの』
「ビギナズ貴様! 何ボケッと見ている! 少しは動けーっ!」
バリアナとの通信の真っ最中、レンチョーがミズキの放った冷気の槍を紙一重で回避し、逼迫そのものの様相と声色でビギナズを煽った。
ビギナズが抜刀して慌てて駆けつけようとしたが、ウィーナは彼の腕を強くつかんで引き止めた。
「了解した。こちらの兵を差し向ける」
ウィーナは困惑しているビギナズの腕を取ったままバリアナに返答する。
『それでいけるの?』
「初めから部屋にいた連中を二十人位、持て余している。一般兵ではこの人魚にはぶつけられない」
この局面より、バリアナ側の方が「戦闘力は低いが、数が多いまとまった戦力」を有効活用できる戦場であるのは明白であった。
『じゃあお願いするわ!』
バリアナとの通信が途切れた。
部屋で繰り広げられている三対一の激しい戦闘はなおも続いていた。
「アーマー強度70パーセントに低下。相対戦闘力4.74……。ウィーナ様! エリクサーをください!」
ロシーボがレンチョーの背後に回るように身を隠し、ウィーナに助けを求める。
「ふざけんなクズ! お前は何もしてないだろうが! エリクサーは私に、ウィーナ様!」
それを聞いたレンチョーが、すかさずロシーボの背後に回るよう身を隠し、ウィーナに助けを求める。
「ウキキキキキキーッ! エリクサーバナナ味、エリクサーバナナ味持ってこーい!」
サル・マタが顔を手で多いながら、周囲の兵士達に怒鳴りつけている。しかし、周囲の兵士達は困った顔つきで「そんなのあったっけ?」などと首をかしげるだけだ。
「さあ、この部屋の気温はどんどん下がっていくわよ。いつまで持つのかしら」
吹雪になびく金髪を振り乱し、愉悦の笑顔を浮かべてミズキは一切情け容赦なく攻撃魔法を浴びせてくる。ミズキの白い肌、青く光沢を放つ下半身は一つの傷もついていない。サル・マタはともかく、レンチョー、ロシーボはとっくに防戦一方となっていた。
ウィーナはゆっくりと歯を食いしばり、一瞬で自分がすべき事柄の優先順位を頭の中で組み立てた。そして、ウィーナは、側で戦いの様子を静観しているビギナズを呼び、耳打ちをした。
「これから兵士達を移動させる。お前はそのどさくさに紛れて逃げろ」
「ウィーナ様?」
ビギナズは意外そうな顔をして、ウィーナの顔を見た。
「これはヴィクトの頼みだ。状況は悪化している、場を離れるなら今しかない。今までご苦労だった。お前には感謝している」
一刻を争う事態が、思わずねぎらいの言葉をも早口にさせた。
「……はい、分かりました」
ビギナズも、ウィーナが作る深刻な表情を汲み取ったらしい。彼は固く口を結んで、小さくうなずいた。
ウィーナは馬鹿デカい一頭身面で笑みを見せ、馬鹿デカい口から大声を発した。
「そこの兵士達、大神官キヌーゴが造反した! 祭壇で戦闘になっている。お前達はそこに援軍として駆けつけ、バリアナ達の指揮下に入って欲しいのだ」
ウィーナの呼びかけに、冥王軍の兵士達は勇ましい掛け声を上げ、立ち塞がるミズキを無視して一斉に部屋の出口へと流れ込んだ。
「お世話になりました、失礼します!」
ビギナズも、その集団に入り込んで、出入口の階段になだれ込んでいく。
『ウィーナ様、こちらニチカゲ! やりました。今、大物がそちらに向かってるッス!』
『グヮンモドキや、現在六階や! サイクロプス二匹撃破、フレアバード五匹撃破!』
その時、通信での報告が、こちらの都合などお構いなしで入ってきた。
今のウィーナは正直言ってそれどころではなかったので、「了解!」と簡潔に返し、彼らの送ってきた情報を記憶に焼き付ける。
「ふざけんな、アンタ達、暑苦しい! ちょっと、どこ触ってんのよ!」
ミズキが兵士達を皆殺しにすべく魔法を詠唱したが、人ごみに飲み込まれてしまい、うまく集中できていないようだ。どさくさに紛れてミズキの体を触った兵士もいたらしい。
「今だ、受けとれ」
その様子を確認するのと平行して、ウィーナは残りのエリクサー3つを取り出し、ロシーボ、レンチョー、サル・マタに素早く手渡した。
まともに戦っている最中に三人同時にエリクサーを渡すのは困難を極める。このタイミングでしか、受け渡しの時間を確保できない。
兵士達が部屋からいなくなり、開けた視界から現れたのは、美しい顔を怒りで歪め、こちらを睨み付けるミズキであった。
三人はそれこそ大慌てでエリクサーを使用し、体力を回復させる。
「畜生ーっ! ビギナズの奴、一人だけ逃げやがって! 敵前逃亡は重罪だ! この戦いが終わったら、家の場所を突き止めて俺の手で八つ裂きにしてやる! 血祭りだクソ野郎ーっ!」
元気を取り戻したレンチョーが狂犬のように吠え散らしたが、誰も相手にしなかった。
「未来が読めるんじゃなかったのか? セクシーマーメイド」
体力が戻ったのをいいことに、今度はロシーボがミズキを挑発する。
「大きなお世話よ。私が見るものは大局的な世の流れ。あなた達雑魚の未来までいちいち予知しているほど、こちらは暇じゃないの」
相当血が上のぼっているらしく、ミズキはこちら側の人物の未来全てを予知しているわけではないということを自ら吐露してしまった。
「貴様、この俺を雑魚呼ばわりするか!」
レンチョーがエレメンタルチェーンを勢い良く振り回し、ミズキに突っ込んでいった。
「雑魚よ!」
ミズキは、床に向かって掌を伸ばすとレンチョーの足元の床が一瞬にして凍りついた。そして、その氷は部屋の壁まで一筋の通路のように延びていく。
「すべっ!」
レンチョーは氷に足を思いっきり滑らせて、後頭部を床に強打した。そして、ぶっ倒れた姿勢のまま無言で氷の床を滑走し、壁にぶつかって停止した。
「ウッキーッ! 天罰でやんすよ! いい気味でやんすよ! ウキャキャキャキャーッ!」
サル・マタがこの上なく楽しそうに、猿踊りをかましながら馬鹿笑いする。
そのとき、ミズキがサル・マタの足元に向けて掌をかざした。レンチョーの時と同じく、彼の足元の床が一瞬にして氷となった。
「ウキッ!」
踊り狂っていたサル・マタは派手に足を滑らせた。そして、後頭部を床に強打し、失神した。
「さあ、後はあなただけよ」
ミズキが冷ややかな視線をロシーボに向けた。
どうやら、氷属性の魔法だけでなく、相手の心を凍りつかせることにおいても長けた女らしい。ロシーボは狼狽の声を漏らしながら一歩二歩と後ずさりをする。
「待った! この勝負、俺が引き継ぐ」
不意に、階段の方角から、聞きなれぬ声が聞こえてきた。
見ると、そこに一人の騎士風の男が立っている。
冥王軍の紋章が刻まれた、赤く光る鎧を身に着けており、深く被った兜から淡い青の前髪を除かせている。顔立ちは優しげに整っており、まるで女性を思わせるような若武者であった。
彼はマントをなびかせ、鞘から一筋の長剣を抜いた。
ニチカゲが言っていた大物とは、間違いなくこの男のことであろう。
「あら、アツアー、何もあなたまで来ることなかったのに……」
ミズキが余裕の表情で後ろの男に応えた。
アツアーと呼ばれたその男も、合わせて唇をほころばせる。そして、剣の先端を音もなくミズキに向けた。
彼女の表情が驚愕のそれとなり、ゆらゆらとなびかせていたイルカのような下半身をにわかに固まらせる。
「アツアー、あなた、まさか……」
「女神ウィーナ! 冥王四天王が一人、終騎士アツアー、義によってではないが話の流れ的に助太刀いたす!」
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