第29話 全裸は許してやった
ウィーナは、戦場に現れた騎士を見て、以前ハチドリ辺りから聞いたと思われる噂話を思い出した。
冥界にあまた存在する騎士達の行き着く先、究極点に位置すべき存在。また、全ての争いを終局に導く存在。
それが、「終騎士」の称号を冥王アメリカーンより授かった男、冥王四天王の一人、アツアーであった。
「あらら、メッチャ強そうな人……」
ロシーボが嬉しそうな顔で、期待を含んだ上ずった声を出した。
「そういうことなら願ってもないが……。
ウィーナはちらりとミズキを見た。彼女は想定していない事実に直面した動揺を見せている。
「アツアー、私の見た未来では、あなたは私に協力してたじゃないの! 一体どういうことなのこれは?」
ミズキはまるで八つ当たりをするかのように、戦闘中にも関わらず注意力が散漫になってほとんど棒立ちになっていたロシーボに小さな吹雪の呪文をぶつけた。
そんな軽い一撃でも、呆けていたロシーボを吹っ飛ばすには十分だった。彼の小柄な体は木の葉のように浮かび上がり、ウィーナの手前で墜落した。
「ぎゃああっ! 痛い、ってか、寒い! ウィーナ様エリクサー下さい!」
「もうない……」
「エリクサーなくってもエリクサー下さーい! 冷え性にはエリクサーなんですよ!」
「悪いが無視していいか?」
今気になるのは、ロシーボよりアツアーの方だ。
彼は、整った顔立ちを少ししかめ、ミズキに向けた剣先を下ろした。
「いちいち教える必要は全く無いけど、敵との会話は盛り上がる。教えてやろう。お前はこのミラージュソードが映し出した、自分にとって都合のいい幻想を未来だと思い込んでいたに過ぎない」
アツアーの持つ長剣が青白い光を帯びて、刀身がまるで磨きこまれた水晶のように硬質な透明感をかもし出した。
「そう、この未来よ! アメリカーンを冥王の座から振り落とし、ヘイト・スプリガンの強大な力を抑止力として、冥界の民をひざまずかせる! 私は、新たなる冥界の女王に……。そして、その脇を固めるのは私の忠実なるしもべ、大神官キヌーゴ、終騎士アツアー!」
ミズキはまるで遠くの景色を見るような仕草で、うわ言のような言葉を吐いた。
「人の運命、世の運命を自在に見通し、未来を調整する力……。普通だったら、俺の未来もお前の手の中にあったが、この剣が俺を守った」
「そんな……、こんなはずじゃ……!」
ミズキは自身が纏う強大な魔力をにわかに乱し、失意に首を振る。
「俺は過去にも未来にも縛られない。キヌーゴの爺さんはともかく、俺まで巻き込むのは勘弁してくれ」
そう言い放つと、彼はミズキに向かって疾走した。
今のウィーナの動体視力では、何か閃光が走ったようにしか見えなかった。
気がつくと、アツアーはミズキの脇を通り過ぎ、敵に背を向けたまま手に持った剣の刀身に映し出されるミズキを見つめていた。
ミズキは慌てて体を反転させ、アツアーに向き直った。ミラージュソードの鏡のような刀身に怒りに歪んだミズキの表情が覗き込める。
「力に溺れた欲深き者に着エロの裁きを」
アツアーがそうつぶやいた途端、ミズキの胸を覆うビキニがバラバラに舞い散り、かろうじて両方の乳首の部分だけが星型の形で残った。
「キャーッ! 変態! 変態! 変態っ!」
ミズキは顔を真っ赤にして、アツアーを罵りながら下半身の尻尾を丸め、両手で胸を覆った。
アツアーは、ウィーナに捉えきれないスピードで、ミズキとのすれ違い様に剣で彼女の肌に傷一つつけず、ビキニだけを正確に切り刻んだのだ。しかも、乳首の部分だけ綺麗に星型に残して。想像を絶する神技である。
「おおおおーっ! すっげーっ! 超エロいんですけど!」
元気がなさそうにしていたロシーボが突然水を得た魚のように元気になり、魚のように目を丸くしてミズキを凝視した。
「何だ何だ! ふへへへっ」
部屋の隅でぶっ倒れていたレンチョーも急に起き上がり、鼻の下を伸ばしてミズキを見る。
「ウキーッ! ウキキキーッ! 春でやんす、春でやんすよーっ!」
近くで同じくぶっ倒れていたサル・マタもどういうわけか急に復活し、顔を紅潮させ元から伸びている鼻の下をさらにだらしなくさせた。
「世間の目があるから、全裸は許してやった。俺が変態に見えたなら、それはこの剣に映し出された己の本性を醜く思ったのだ。そうやってミラージュソードが映し出した己のありのままの姿を見つめるがいい。それとも、そのような無様な姿となってなお人の未来をもてあそぶのか」
そう言うと、アツアーは高く跳躍し、一瞬にしてウィーナの前に着地した。
「女神ウィーナ。状況はニチカゲというスモウファイターから聞いている。今グヮンモドキは何階だ?」
アツアーの問いに対して、ウィーナは「確認する」と返事をし、通信機を自身の巨大な口に近づけた。
「グヮンモドキ、こちらウィーナだ。今何階にいる?」
『今十階じゃ! まだ余裕じゃ!』
「予約していいか? 次は俺が塔を上ろう」
アツアーが涼しげで、不敵な笑みを浮かべた。
「助かる!」
ウィーナは言った。
まさか、(相当エロイが)これほどの達人が駆けつけてくるとは。百人力とはこのことであった。
再び場が動いたのはそのときであった。
恥ずかしがって胸を覆い、床にうずくまるミズキに対し、レンチョーが容赦なくエレメンタルチェーンを放った。
その鎖はミズキの手首を捉え、激しい電流を流した。手首を縛られて、なおも胸を隠そうと抵抗したミズキは感電して、金切り声を上げた。
そして、レンチョーはウィーナの背筋すらぞっとさせるような、狂的な高笑いを上げた。
「ヒャーッハッハッハァ! 苦しめオラ、死ね! 死ね死ね死ね! 泣け、苦しめーっ!」
エレメンタルチェーンが無抵抗のミズキにひたすら通電を加えた。
ウィーナは、別段その光景に対してどうこうする気はなかった。
ミズキは完全に敵であり、例えレンチョーが彼女をじわじわとなぶり殺しにしても、それは戦闘ならば珍しいことではない。
しかし、横に立つアツアーは突然レンチョーに向かって突撃し、彼を目にも留まらぬ速さで切り刻んだ。
いや、正確に言えば、レンチョーの着ている衣服のみを切り刻んだのだ。
「ヒィィィーッ!」
レンチョーが己の状況を把握し、恐怖の悲鳴を上げたのは、体中の衣服に無数の斬撃を浴び、アツアーの攻撃が完了した後であった。
「外道にフルチンの裁きを」
アツアーが剣を鞘に納めると同時に、レンチョーの上下黒い衣装が、武器であるチェーンや首に巻いた真紅のスカーフ共々、花びらのように舞い散った。
哀れ、パンツまで切り裂かれたレンチョーは、いい年こいて生まれたままの姿を大衆の目に晒すこととなった。
「き、貴様、味な真似を……!」
全裸になったレンチョーは苦虫を噛み潰したような表情で、両手で股間を覆いガニ股でアツアーから逃げるように遠ざかる。
各人の注意がレンチョーとアツアーに集中する中、サル・マタは敵であるミズキに拳を構え、妙な動きをさせないよう見張り役となる。
「お前が今までどのような所業を行ってきたかは知らないが、このミラージュソードは真実を映し出す。その邪悪な本性、パンツ選びから磨き直せ」
「畜生! 覚えていろ、このままでは済まさんぞ!」
全裸のままレンチョーは捨て台詞を吐いて階段を駆け上がり、その場から去ろうとした。
「これで時間は稼げた……。けど、あなたは絶対に許さない!」
瞳を屈辱の涙で潤ませたミズキが、素早く尻尾を振りかざしてサル・マタに打撃を加え、逃走を図るレンチョーの背中に向けて手をかざした。
それに気付いたレンチョーは、恐怖で顔を凍りつかせる。
「ま、待て! やめろ!」
次の瞬間には、ミズキの掌から氷の矢がまるで連弩のように撃ち放たれていた。
「ヤバッ! 剣しまっちゃった!」
一瞬の油断が生じていたアツアーも、ミズキの追い討ちに反応することはできなかった。
「あべべっ!」
冷ややかで鋭い魔氷がレンチョーの体中を貫通した。まるで火山のような血しぶきが炸裂し、苦悶の表情で目を見開いたまま、レンチョーは絶命した。
無残な死骸がまるで糸を切られた操り人形のように階段をクタクタとずり落ちる。
「すきあり!」
ロシーボはレンチョーの死に対して不自然なほど無関心だった。
彼はお構いなしと言った様子でアーマーの背後に光のウィングを展開させ、鋼の手甲から光の刀身を持つサーベルを発生させた。そしてミズキに向かって飛びかかり、サーベルを横一線に振るったが、彼女はにわかに姿を消してしまった。
「反応が消えた? 逃がしたのか……」
ロシーボが辺りを見回して安全を確認し、アーマーを元の非戦闘用の状態へと戻した
そのとき、通信機からバリアナの声が入ってきた。
『大変よ! 冥王交代の儀式が終わって、ヘイト・スプリガンが新たなる冥王になったわ!』
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