第27話 凶行が希望を紡ぐ
「サル・マタ! お前ともあろうもんが!」
人質となったサル・マタを見てグヮンモドキは苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべた。
「おーっと、動くなよ。お前が取るべき道は二つに一つ。今ここで人魚と戦うか。それか可愛い弟分を見殺しにして塔へ上るかだ」
レンチョーが勝ち誇ったような表情でサル・マタの禿げ上がった頭をわしづかみにし、これ見よがしにグイグイと引っ張った。
「おのれ、外道が!」
グヮンモドキが吐き捨てるように言った。
「私は別にどっちでもいいわよ。こうなることは初めから分かっていたから」
ミズキは宙に浮かんだまま、妖しげに微笑んだ。
「レンチョー、貴様、一体何のつもりだ?」
たまらずウィーナは声を荒げた。こちらの作戦に好意的に協力してくれるという人物に対して、この行いは許されるものではない。
「ウィーナ様、労せずして敵を排除できるのですよ。たとえグヮンモドキが敗れても四天王同士の戦い、この人魚も無傷では済みますまい。そうしたら我々でとどめを刺せばいいのですよ」
レンチョーは平然とした顔つきで言う。
「こちらの呼びかけに馳せ参じた有志に対して、なぜそのような真似ができる!」
「何を甘いことをおっしゃるのですウィーナ様。寝返った者に人質を要求することなど乱世の常套手段でしょう! どんな卑劣な手段を使おうが結果的に勝てばいい! ……おい貴様、何をボケッと突っ立っている! さっさとあいつと戦うんだ!」
レンチョーが有無を言わさずグヮンモドキを煽った。
「駄目じゃ、このミズキは、ワイが一度愛した女なんじゃあーっ!」
グヮンモドキが頭を抱え、悲しみのオーラを全身から発しながら咆哮を上げる。
その言葉に、ミズキを除く場の人物全てが絶句した。
「私から教えてあげるわ。この男はね、フラれた腹いせに私の計画を潰して見返そうとしてるってわけよ。私ね、そういう粘着質の男は好みじゃないの」
ミズキはグヮンモドキを蔑みの目で見下し、掌から青白い氷属性の攻撃魔法を放った。その魔法は凄まじいスピードでグヮンモドキの体全体を痛めつけ、彼は激しく床に叩きつけられた。
「グヮ、グヮンモドキ様! アッシに構わんで下さい! アッシに構わず塔を上って下さいウッキー!」
「黙れ猿! そんなに死にたいか!」
レンチョーはさらに力強く、手にした剣をサル・マタの喉元に押し付ける。サル・マタの喉から一筋の血が流れ落ちた。
「レンチョー、やめるんだ! 私の命令が聞けないのか」
「要は、最終的に邪魔者の排除という役割を果たせばいいのでしょう? まあ見ていて下さい。これが最も効率的な方法ですから」
ウィーナがレンチョーに警告するが、彼は全く聞く耳を持たなかった。
レンチョーという男は、何よりも成果を上げることを第一とし、そのためには手段を選ばない男であった。
彼の部隊は他よりも依頼の達成率が群を抜いて高く、顧客からは絶対の信頼を勝ち取っていた。
だが逆に、失敗をしたり、実績を出せない部下に対しては徹底して冷徹な態度を見せるため、身内の人物からは恐れられている存在だった。
今のレンチョーは、まともに戦っても勝てないと踏んだ相手に、人質という手段を使って自分の手を汚さずに役目を果たそうとしている。
レンチョーが、先の台詞で効率の問題を持ち出したが、そんなのは言葉の飾りだ。
ウィーナには長年仕事で付き合っているレンチョーの本音が手に取るように分かる。彼は、自分より戦闘能力が高いミズキと戦うのが怖いのだ。そして、先ほど自分を吹き飛ばし、無様な姿を晒す原因となったグヮンモドキ、サル・マタ、ミズキの三人全てに腹いせをしたいのだ。
敵対する人物に対して人質をとったところで、ウィーナも別に説教をたれる気はない。
問題なのは、向こうからこちらに協力してくれると言ってきた者に対して人質という仕打ちをし、さらにその者が愛していた女性との殺し合いを要求している点にある。
勝利の女神であるウィーナとしては、勝つためならどんな卑劣な手段でも厭わないというレンチョーの姿勢は感心すべきものがあるが、さすがにこれは人としての道から外れすぎている。
「レンチョー、ヴィクトはモンスターに食われたんだ! 誰かが塔に入らないと、バトンがモンスターの胃の中でとけちゃうぞ! 作戦が台無しになる」
ロシーボがヘルメットのバイザーに浮かび上がった電子文字を見ながら、不安げな顔つきでレンチョーに言った。
「馬鹿め、そんな作戦俺には関係ない! そもそも俺は無能なヴィクトの作戦が成功するなんて最初っから思ってねーしな! だったらお前が行けばいいだろ」
レンチョーが死んだ仲間を平然となじった。自分でリレー作戦に参加すると表明しておいて、支離滅裂な発言である。
「あはははは! 男ってほんっとーに馬鹿よね、こんなに痛めつけられても反撃しないんだから」
ミズキはその両手から次々と冷たい魔法を放ち、グヮンモドキの心身を凍りつかせていった。
それを涙ながらに見つめるサル・マタ。
レンチョーは痺れを切らしてグヮンモドキに戦うよう怒声を浴びせるが、グヮンモドキは仁王立ちで耐えることしかできない。
「ニチカゲ、いま、そちらはどうなっている?」
その閉塞感に不安を覚えたウィーナは通信機に呼びかけた。
『名乗りを上げる者もいるのですが、時空の塔へ入れるほどの使い手がいないッス。戦闘能力的に力不足なんスよ。こうなったら、今自分がそっちに行くッス!』
いつもはどっしりと山のように構えるニチカゲも、焦りの声色を上げていた。
「いや、まだだ、まだお前は仲間を集めてくれ」
『了解ッス!』
「まずい、このままでは蜘蛛の体内のチェンジバトンが消化されてしまう」
ウィーナはニチカゲに指示を送りながら、部屋の光景をはがゆい気持ちで見つめた。今の自分にレンチョーを制止するだけの力がないのは、我が身の不覚としか言いようがない。
「ウィーナ様、失礼します」
突如、ウィーナの太い腕を何者かがつかんだ。
それは、思いつめたような切迫した表情で、メモリーナイフを握り締めたロシーボであった。
「ロシーボ殿、何を!」
「離せ! ちゃんと斬れないだろ!」
ビギナズが止めに入るが、ロシーボはビギナズを振りほどき、無我夢中でウィーナの手首を鋭いナイフで斬りつけた。
「ぐっ!」
ウィーナの手首から血しぶきが上がった。鋭い痛みを堪えて、たまらず手首を押さえる。
「ロシーボ殿!」
慌ててビギナズがロシーボを羽交い絞めにした。腕力の弱いロシーボではこの拘束を振りほどくことができない。
「ビギナズ、ロシーボを離してやれ。奴には考えがあるのだ」
ウィーナは痛みを堪え、手首を押さえたままビギナズに呼びかける。
「はい?」
ビギナズがきょとんとした顔をした途端に、ロシーボは羽交い絞めから逃れた。そして、今度は乱暴に右手の包帯をほどき、メモリーナイフを傷だらけの手首に押し当てる。
「後はアーマーとの相性を信じるしかない……。メモリーナイフ、ブラッディーフュージョン!」
ロシーボは震える手つきで、自分の手首を深々とえぐり、刃で己の肉を縦にスルスルと切り裂いた。
「わああああっ!」
その、常軌を逸した光景にビギナズがうろたえ、後ずさりする。
「何をする気?」
グヮンモドキに一方的な攻撃をしていたミズキも怪訝な顔つきでこちらに注意を傾けた。
「ぎゃああああっ! 深くし過ぎたあああっ!」
ロシーボの絶叫と共に、彼の工兵服が光を放ち、変形を始めた。
「マルチプルスーツ、バトルモード発動!」
かけ声と共に登場したのは、白銀のアーマーで全身を覆ったロシーボであった。
バイザーを下ろした頭部のヘルメットもより戦闘用を思わせる形状となり、背中からはビーム状のウイングを展開している。そのウイングは、ウィーナが女神の力を有していたとき、空を飛ぶ際に出していた光の翼を彷彿とさせるものであった。
「何の真似だ? ロシーボ」
レンチョーがサル・マタを人質にとったまま、動揺の声を上げた。
「ウィーナ様が力を有されていたときのメモリー、アーマーとの適合率は28%……。駄目だ、合わない」
ロシーボがミズキの方を向くと、ヘルメットのバイザーに光の文字が連なっていく。
「ロシーボ、行けるか?」
ウィーナが不安げに尋ねた。
「相対戦闘力3.13、相対魔力6.22……。こんぐらいやってやるぜ!」
そう言ってロシーボは、ミズキの攻撃のせいでほとんど凍りついているグヮンモドキの前に躍り出て、ミズキと相対した。
「レンチョー、俺達で闘った方がいいだろ。もう人質を放してやれ。グヮンモドキに戦意が無いんだし……」
ロシーボが、戦闘態勢を取りながら横目をレンチョーへ向けた。やはり今のグヮンモドキは、ミズキに拳を向けることが不可能であったのだ。
「畜生、お前なんかに指図されるとは。止むを得ない……」
レンチョーもこのままではグヮンモドキが無駄に殺されるだけだと悟ったようである。
彼は歯を食いしばり、悔しさのうなり声を上げ、サル・マタを突き飛ばして解放した。
「ウキキキキーッ!」
レンチョーの羽交い絞めから自由になった途端、怒りの形相で顔を赤らめたサル・マタが容赦ない鉄拳をレンチョーの顔面にお見舞いした。
「アウ……、アウウ……!」
レンチョーはたまらず床に崩れ落ち、頬を押さえてうずくまる。
自業自得と言えばそれまでだが、痛々しいほど無様であった。
「サル・マタ。グヮンモドキ、私の部下の不始末をどうか許してほしい。すまなかった。この通りだ」
ウィーナは、グヮンモドキ達の側まで走って、頭を下げで謝罪した。
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