第19話 呪術VS科学
「ハアアーッ!」
ニチカゲは、目にもとまらぬスピードで張り手を繰り出し、衝撃波を連発した。しかし、シュロンは赤く不気味に輝く強力な魔力を全身から放出し、ニチカゲの攻撃を跳ね返す。ニチカゲは、身構えて何とかその場に踏みとどまったが、見ていただけのロシーボは「うわー!」と悲鳴を上げて吹き飛んだ。
シュロンは涼しげな笑みを浮かべ、ゆっくりと少しずつこちらに近づいてくる。ニチカゲは対抗し、その体格からは想像もつかない瞬発力で、シュロンと組み合うべくダッシュを仕掛けた。
「星屑の術!」
シュロンが六本の腕を滑らかにくねらせて踊るような動きをとると、ニチカゲの頭上にその名の通り、光を放つ細かい無数の星屑が射抜くように降り注いだ。星屑は、ニチカゲを守る厚い脂肪、硬い筋肉を激しく痛めつけた。彼の体中がかすれて流血し、頭の髷が星に斬られて乱れた。しかし、それでもニチカゲは走りを止めることは無かった。
ニチカゲは獅子奮迅の気迫で、シュロンの波打つ尻尾を踏み台にした。そして、素早く相手の腰を捕らえ、無言で渾身の上手投げを決めた。
巨大な蛇女は宙に舞い、激しい音と共に床に叩きつけられた。その場所は、図らずもゲッケンの亡骸のすぐ側であった。
ニチカゲは息が荒くなり、血と汗の滝を全身に帯びながら、なおも腰を深く落とし力強い構えを維持する。
シュロンは起き上がると、おもむろに口から長い舌を出して自分の胸の谷間に突っ込んだ。すると、胸元から青い宝石のついた髪留めが舌に巻かれて出てくる。シュロンは二本の腕でその唾液だらけの髪留めを取り、上手投げで乱れた長髪を頭上で結い上げる。そして、尻尾をホウキのように振り回し、床に散乱するゲッケンの死骸を払いのけた。容姿が元々、流麗で涼しげな美しさを持つシュロンのものであるために、余計に不気味に見える。
シュロンはその気持ちの悪い作業と平行して、残りの四本の腕をニチカゲにかざした。
「無力の術!」
ニチカゲはどす黒いオーラに包まれる。すると、さっきまでニチカゲから感じていた力強い気迫がまるで感じられなくなってしまったのだ。
「クソッ、ちゃんこパワーを持っていかれたッス……!」
圧倒的な魔力を持つ魔物を相手にし、ニチカゲはいよいよ窮地に立たされた。大きなダメージを受けた上にパワーも削がれたニチカゲは、立っているのもやっとのようである。
「うふふふ、さあ、巻きついてあげる」
シュロンは唇を吊り上げ、尻尾を不必要にウニョウニョとくねらしてニチカゲに迫った。
「ロシーボ! いつまで寝ている、ニチカゲを手伝ってやれ!」
ウィーナは慌てて、仰向けにぶっ倒れているロシーボを叱咤した。
「うう、痛い、ウィーナ様、何か腰が痛くなっちゃいました。私はもう戦うのキツイ感じです」
ようやくよろめきながら起き上がったロシーボが、情けなく腰に手を当てている。
「だったら、三人ともここで死ぬことになる!」
「は、はい! すみません!」
ウィーナが現実を突きつけると、ロシーボは慌てて腰のベルトから一つのボールを取り出して床に投げた。
そこから弓と矢が飛び出し、ロシーボは慣れた手つきでそれをキャッチする。
「本日の七つ道具、その三! 元気モリモリ注射の矢!」
弓はいたって普通のものだが、矢の方は普通ではなかった。矢尻が、回復薬が入った注射になっているのである。
「ニチカゲさん! 回復薬を撃ちます、避けないで下さい!」
ロシーボは弓を引き絞り、勢い良く注射を放った。矢は風を切って飛んでいき、見事に命中した。
シュロンに。
「あ……、間違えた……」
ロシーボは唖然としたが、それ以上に唖然としたのはウィーナとニチカゲだ。
「おーっほっほっほ! 魔力がみなぎってきますわ、ありがとう、ロシーボ。お礼にあなたも私の尻尾で絞め殺してあげるわね」
「も、もうダメッス」
ニチカゲは立ち向かう気力を失い、力なくひざを突いた。
「ロシーボ、お前という奴は、いつもこれだ……」
ウィーナもさすがに諦めの感情に支配され、滅多に言わない部下への愚痴がこぼれてしまった。
「す、すいません! すいませんでした、分かりました、ちゃんと責任とります! ニ、ニチカゲさん、後は俺がやります、バトンタッチってことで!」
ロシーボが背中を何者かに押されているかのような小走りで、危なっかしく前に飛び出してきた。
「あなたに何ができるっていうの?」
シュロンは完全にロシーボを舐めていた。
「うるせえっ! 確かに、お前には勝てないかもしれない。だけど、これ以上ニチカゲさんやウィーナ様を傷つけるのは、とりあえず俺を殺してからにしておけ!」
発言通りの度胸など無いくせにロシーボは大声で啖呵を切った。そして、先ほどゲッケンの喉を刺した短剣を再び抜いた。
「よく見ておきな。単独任務のときしかやらなかったからな。ウィーナ様には何回か見せたことがあるけど、同僚に披露するのは初めてだ」
ロシーボは工兵服の右手の袖を捲り上げた。彼の右手首は包帯で巻かれている。
「これ、自殺未遂と間違われて嫌なんだよな、痛いし」
「何をするつもりか知らないけど、もたもたしてると、ニチカゲを先にやってしまいますわよ。ほうら」
シュロンの尻尾が音も無くニチカゲに忍び寄り、ぐるぐると巻きつく。
「ど、どすこーい!」
ニチカゲは力を振り絞って抵抗するが、太い尻尾はびくともせず絡みついた。
「わああっ、ちょ、ちょ、ちょっ! 俺の相手を先にしろっつてんだろ!」
「ロシーボ、もったいぶらずに早くするんだ!」
たまらずウィーナは怒鳴る。
「は、はい! くっそ、包帯変な巻き方しちゃって、うまく、ああもう!」
ウィーナはもう黙ることにした。このように焦っている人間を急かすと、余計に慌ててしまいもっと作業に手間取ってしまうのだ。
「待たせたな、そこまでだ!」
ロシーボの声に反応して、シュロンの冷たい視線が彼に向けられる。包帯が解かれた彼の手首には、いくつもの痛々しい切り傷の痕があったのだ。
「メモリーナイフ! ブラッディーフュージョン!」
短剣を左手に持ち替えたロシーボは、シュロンを見据えながら自らの右手首を切った。
「させませんわ! 妖火の術!」
シュロンは六本の腕を風になびく花びらのようにひらひらと振り乱す。それに伴って紫色の炎がロシーボに襲い掛かった。
「マルチプルスーツ、バトルモード発動!」
手首の痛みに顔をゆがめたロシーボが声を張り上げると、突然彼の工兵服が輝き始める。
それとほぼ同時に、猛烈な火炎がロシーボを蛇のように飲み込む。
ウィーナは固唾を呑んでその様子を見守った。
ロシーボを取り巻く炎は一瞬にして四散した。
「何!?」
シュロンは思わず尻尾の力を強め、ニチカゲが「どすこーい!」と叫びを上げる。
「お前に虫ケラのように殺されたゲッケンの力、今こそ見せてやる!」
ロシーボの足元は床から離れ、宙に浮いていた。
そして、彼の工兵服は緑色の薄い金属の装甲で全身を覆ったアーマーに変化したのだ。そのアーマーは、背中に水晶のような透明のウイングを装着しており、まさに死んだゲッケンの外骨格を想起させるようなデザインである。
「それは? あなた、何の魔法を使ったの?」
今まで余裕を見せていたシュロンから、ウィーナは確かな狼狽を感じ取った。
「へっ、残念ながらこれは魔法じゃない、科学技術さ!」
ロシーボのヘルメットのバイザーが、静かに彼の目元に下がった。
ここで説明せねばなるまい。
ウィーナは、ロシーボのこの能力を何度か見たことがあった。彼の持つ短剣、メモリーナイフは斬った相手の記憶の断片を刃に保存することができる。そして、ロシーボ自身は命を持たぬ物に宿る記録を読み取る能力を持つ。
メモリーナイフで自分の手首を切ることによって、ナイフに保存された記録を自分の頭の中に複写する。すると、ヘルメットがその情報を読み取り、彼の工兵服をその記録にちなんだ戦闘用アーマーに変化させるのだ。
要するに、ナイフで斬った相手の能力を盗み取るのだ。
「……このメモリー、アーマーとの相性は抜群だ。ゲッケンの奴、俺の隊に配属されればうまい酒が飲めそうだった」
ロシーボはメモリーナイフをベルトの鞘に収めた。そして、腕を交差させると、手首の装甲から鋭いクローが一筋の閃光と共に伸びる。
「フフフ……、あなたもとんだ食わせ者ですわね。そんな力を隠していたなんて」
シュロンは六本の腕を扇のように展開して身構えた。
「俺の力じゃない、これは科学と、ゲッケンの力さ」
「何だっていいわよ! 私の魔力、その身で味わいなさい」
「おっと、さっきニチカゲさんに使った無力の術ってやつか?」
ロシーボの読みは図星のようだ。シュロンは目を丸くして驚き、六本の腕の構えを解いた。
「テメーから放出されている魔力の性質を分析した。魔法の弾道も計算してあるぜ!」
ロシーボはヘルメットの側頭部に指をあてがい、何かの操作をしているようだ。
「ハッタリはいらなくってよ! 無力の術!」
シュロンは構わず漆黒のオーラでロシーボを包み込もうとしたが、そこにロシーボの姿は無かった。
直後、何か黒い影のようなものがシュロンの周りを飛び回ったかと思うと、一瞬にしてシュロンの巨大で長い尻尾が輪切りにされた。
「キャアアアーッ! 痛い、痛いわ!」
シュロンは頬を手で多い、涙目で金切り声を上げた。そして、体のバランスが取れなくなり、床に這いつくばる。
「いつまでもニチカゲさんに巻きついてんじゃねーよ! 節操の無い女だ!」
ロシーボもまた、ニチカゲの体に潰されるような形で床に倒れていた。
空中でニチカゲを助けたのだが、彼の体重を支えきれる力が無いため、地面に落ちてしまったのだ。
「ニチカゲさん、危ないから後は俺に!」
「すまないッス!」
ニチカゲは何とか立ち上がり、ふらふらとウィーナが捕まっている後方へ退いた。
ロシーボが後ろのウィーナやニチカゲに目をそらした瞬間、シュロンの下半身の切断面から粘液に包まれた新たな尻尾がいきなり再生し、ロシーボに襲いかかった。しかし、ロシーボは背後を向いたまま背中のウイングを展開し、飛び上がって回避する。
「悪いね、予定調和ってやつさ!」
ロシーボは反転して、シュロンと視線を合わせる。
「ウフフフ、あなたの力って、もしかして死んだ者の力を真似するだけ? 私なら、たった今からあなたの全てを私のものにすることができますわ」
「え、今なんつった?」
相手の意図が分からずロシーボは聞き返したが、シュロンは妖しげな冷笑を作り、ロシーボをじっと凝視するのみである。
「ロシーボ! 奴と目を合わせるな!」
ウィーナが叫んだときには既に手遅れであった。
シュロンの瞳が赤く光ると、ロシーボの顔から生気が失われていく。普段から、うつろでやる気のなさそうなロシーボの顔つきが、余計に無気力なものになっていくようだ。
「さあ、ロシーボ、あなたは私の忠実な下僕。あなたが最も愛する者は誰?」
シュロンは再生した尻尾の先っぽでロシーボの顎の下をチロチロと撫でた。
「……シュロン様です」
ロシーボは無表情で答えた。
「お~っほっほっほっほ! さあ、私の邪魔者を片付けておしまいなさい」
高飛車な高笑いと共にシュロンが命令すると、ロシーボは満身創痍のニチカゲ、つるに囚われたウィーナに向き直る。
「殺すのはあのデブだけよ。ウィーナ様は私が女神になる生贄ですもの」
「分かりました。シュロン様……」
「ロシーボ君、目を、目を覚ますんだ!」
ニチカゲが地面を踏みしめ、ウィーナの前に立つ。
「この体さえ言うことを聞いてくれれば!」
相変わらずウィーナを縛るつるは全く解けず、歯がゆい思いばかりが湧き出てくる。
いよいよウィーナ達に死が迫っているようであった。
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