第18話 呪術VS相撲

「ロシーボ、無理をするな。お前ではシュロンには勝てない」


 どのみちシュロンはロシーボを逃がしはしないだろうが、一応、ウィーナは気を使った。


「あなたに死なれると、私の研究に金を出すスポンサーがなくなるので。それにテストしたいアイテムもありますし」


 ロシーボはウィーナに首を向け、意地が悪そうな笑みを見せた。


 ロシーボは金属に宿りし精霊族の男である。彼いわく、鋼鉄の精霊とのことだ。


 彼らの一族は魔法とはまた違う方向性を持った文明、「科学」に秀でており、命を持たぬ鉄塊に宿る様々な記録を自分の物にすることができる不思議な能力を持っている。


 ロシーボは戦闘能力で言えば、間違いなく幹部の中では最弱である。


 だが、未知の技術が使われた様々な道具を発明するので、戦闘において他の者では真似ができないような活躍をたまにしたりすることがあった。


 なぜロシーボのような無能な者を幹部にしているのか、という批判も耳に入ってきたが、ウィーナは彼の個性を買っていたのである。


「元仲間でも容赦しない、遠慮なく行くぜ」


「そもそも遠慮する余裕があなたにあるかしら?」


 シュロンが鼻で笑ったのを見たロシーボは、少しムッとした表情を見せた。そして、工兵服の腰につけているベルトから、リンゴほどの大きさをしたボールを取り出した。


「出でよ、サイバーフェアリー!」


 ロシーボは床にボールを投げた。すると、割れたボールから光が発生し、蝶のような翼を持った機械仕掛けの人形が七、八体出現したのだ。


「一斉射撃だ! 撃てーっ!」


 ロシーボが短剣を振りかざし指示を出すと、サイバーフェアリーはロシーボの前面に陣取って無数の光の弾丸をシュロンに向け発射する。


 しかし、シュロンもまた自分の前面に光の壁を張ることで光弾を防御した。


「撃て撃て!」


 ロシーボはなおも弾幕を張り続けたが、まるでシュロンには通じていない。


「無理しちゃって」


 シュロンはそう言って手を前面にかざした。すると光の壁がロシーボに向かって勢いよく飛んでくる。


「突っ込め!」


 ロシーボも向かってくる光の壁に向けてサイバーフェアリーを突撃させた。


 すると、両者の攻撃は中間点で相殺され、周りに激しい振動と砂煙を巻き起こす。


 そこに残ったのは、粉々に砕け散った機械の破片だけだった。


 殺伐とした空気の流れが、二階の窓のカーテンを少しばかりなびかせる。


「あら、なかなかやりますわね」


 シュロンが意外そうな声を上げ、長い前髪を払いのけた。


「上から目線も結構だけど、気をつけないと足元をすくわれるぞ。今の俺にはゲッケンの怨念が乗り移っている」


 ロシーボは手にした短剣に視線を落とした。


「フフフ、意味が分からない」


「俺は鋼鉄の精霊なんでね、聞こえちまうんだよ。無残なモノに変わった奴らの無念、恨みの感じみたいなものがな……」


「もういい。時間がもったいないですわ」


 あきれた態度を見せたシュロンが両手を構えると、そこから炎が立ちこめる。


「烈火の術!」


「ああああーっ! 待て、ちょ、おい、やめろっ!」


 ロシーボは急に怯え始め、それこそ必死の様相でベルトのボールを取り出した。


 シュロンの手からロシーボの全身を包み込むほどの火炎が轟音を立てて放射される。


 一方、ロシーボは相当なパニックらしく、短剣を床に落としワタワタしながらおぼつかない手つきでボールをこじ開けた。


 結果、火炎はロシーボの手前で急に収縮し、何かに吸い込まれた。見ると、ロシーボが手に一丁の銃を握っている。銃身は真っ白に塗られ、丸みを帯びた流線型の装甲を有している。炎は銃の先端から吸収されたのだ。


「何よそれ!」


 シュロンは殺気を帯びた目つきでロシーボを射抜く。


「……本日の七つ道具その二、魔法エネルギー収束レーザーガン。この前業者に設計図つけて発注したのがようやく届いたんだよ。今のでフルパワーチャージになった。最新鋭機のお披露目をさせてもらうぜ!」


「笑わせないで、私の魔力にそんなもの通じないわ」


「どうかな?」


 ロシーボが狙いを定めたそのとき、大広間のドアの一つが大きく開け放たれた。


 そこから出たのは、一人の力士だった。部屋にいた三人の視線が一斉に集中する。


「あれーっ? ウィーナ様もロシーボ君も何してるんですか? はっはっは! いやー、みんなにちゃんこ鍋食べてもらおうと調理場で作ってたんスよ、でも、味見したらこれがおいしかったんで、つい全部一人で食べちゃったッス、いやーまいったまいった! はっはっはーっ!」


 その男は、山のように太った大男である。頭には立派な髷を結っており、縦じま模様の浴衣を着て、足には草履を履いているという和風チックのスタイルだ。


 豪快に笑い飛ばすその顔つきは、太った外見に似合わず憎たらしいほど爽やかであり、暑苦しさよりは頼りがい、力強さを感じた。彼こそウィーナに仕える幹部従者、異国の武道である『SU・MO』を極めた正真正銘の『RI・KI・SHI』、ニチカゲである。


 ニチカゲは大広間を中央へどすどすと歩み寄り、ロシーボとウィーナの方を向いて頭を掻く仕草を取った。


「ウィーナ様、それが話に聞いた一頭身ッスね? いやあ、大変でしたね。それよりどうしちゃったんですかそれ?」


「見れば分かるだろ! 捕まってるんだ! 動けんのだ!」


 ウィーナは必死になって自分の危機的状況を訴えた。


「誰にッスか?」


 ニチカゲはキョロキョロと辺りを見回すが、何も発見できないようだ。


「ニチカゲさん、後ろ後ろーっ!」


 ロシーボが慌てて教えてやると、ようやくニチカゲは後ろを振り向きシュロンの存在に気付いた。


 シュロンは怒りの形相で魔力を自分の周りに放出する。この空間が、シュロンの意思の中に埋もれているかのような圧迫感だったが、ニチカゲは全くそんなものは感じていないらしい。


「あれ、シュロン君いたんスか! もしかして怒ってます? すいません、もうちゃんこないんですよ」


「どうしてドアを開けることができたの? 私の魔力で閉ざされていたのに」


 シュロンは自分の魔法が破られたことに納得をつけたいらしく、ニチカゲの会話を無視して質問した。


「ええーっ? 今のドア、建てつけ悪かったんじゃないんスか? いや、何か開けにくいなと思って、力入れてガチャガチャやったら、開いちゃいました」


「気持ち悪い……! 空気の読めないデブは今すぐここから消えて! 茨の術!」


 シュロンが手をかざすと、ニチカゲの体からつるが生え、体中に巻きつく。


「おーっほっほっほ! 串刺しですわ!」


「ちゃんこパワー!」


 ニチカゲが叫ぶと、彼の体からまばゆいオーラが立ちこめ、トゲを出す前につるは消し飛んでしまった。


「さっき力の源、ちゃんこ鍋たらふく食ったッスから。そんな呪術は効かないッス!」


「おのれ、ニチカゲ! 大人しく殺されておしまいなさい!」


 シュロンは相当いらだっているようだ。


「ニチカゲ……頼めるのか?」


 ウィーナはニチカゲに期待の視線を向けた。正直な話、頼り無いロシーボに比べて、ニチカゲはまさに天の救いであった。もちろん、助けに来てくれたロシーボにも心から感謝しているが。


「親方あってのSU・MO部屋! ウィーナ様、自分は一度弟子入りした部屋を乗り換えたりはしないッス!」


「すまない、ニチカゲ」


 自分にまだこんな部下が残っていただけでも、胸からこみ上げてくるものがあった。


 だが、一言言わせてもらうと、うちは相撲部屋ではない。


「うおおーっ! やっぱニチカゲさんは凄げーや! さあ、ニチカゲさん、あの裏切り者をコテンパンに投げ飛ばしちゃって下さい! ウィーナ様は自分が引き受けます」


 ロシーボは急にニチカゲの後ろに下がり、調子よくおだて始めた。


「いいッスよロシーボ君! 僕に任せて下さい!」


 ニチカゲは浴衣と草履を脱ぎ捨て、まわし一丁の姿になった。いよいよ戦闘体勢である。


「来いや、オラオラ! どうした、この腐女子が! ニチカゲさんと同じ土俵に立つのは同人誌の中だけにしたらどうだ?」


 ニチカゲの影に隠れて、ロシーボはシュロンを激しく挑発する。


「ロシーボ、お前なあ……」


 あきれたウィーナはつるに束縛されていることも忘れ、ため息をついた。


「これならどうかしら? 氷河の術!」


「どすこーい!」


 シュロンが魔法を使う構えをとったそのとき、ニチカゲは激しく四股を踏み始めた。


 さながら地震のような揺れが起き、シュロンは脚をもつらせた。


 これではシュロンは精神を集中できず魔法の詠唱ができないであろう。


「はあーっ! ちゃんこおおおおーっ!」


 続けてニチカゲはその場で、シュロンに向けて張り手を振りかざす。すると、彼の手から激しい竜巻のような衝撃波が巻き起こり、シュロンに一直線に飛んでいく。


 シュロンは避けることも魔法で防ぐこともできずに衝撃波が直撃した。後方に吹き飛んだ彼女は階段に叩きつけられる。


「……決まり手、『張り手ハリケーン』。僕のSU・MOは、距離を選ばんですよ」


 ニチカゲからは静かな気迫がみなぎっている。


「やった、やったーっ! クリーンヒット、さすがニチカゲさんだぜ!」


 ロシーボは喜びのガッツポーズをした。


「いや、敵をしっかりと見ろ、ロシーボ! まだ終わってはいない」


 ウィーナは少し口調をきつくしてロシーボに注意した。一方、ニチカゲは当然それを理解しており、洗練された構えを解く気配はない。


 シュロンはよろめきながら立ち上がった。不気味な笑みを浮かべて。


「ウフフ……、私の本当の姿、見せてあげる」


 すると、彼女は全身が光に包まれ、真っ白なシルエットとなった。


 それは、音も無くみるみる内に巨大化する。


「ふふふふふ……お~っほっほっほ!」


 そこに現れたのは、禍々しい姿をした魔物だった。


 上半身は今までのシュロンのものだが、それだけでもロシーボの身長を抜き、大男であるニチカゲほどある。上半身の衣服は、光が反射する装飾が施された、胸部の一部と脇腹辺りを覆っただけの、ほとんど裸同然に近い物だ。肩に掛ける部分がないのにずり落ちない辺り、魔力で肌に吸着するタイプの衣装なのだろう。地味なローブで目立たなかった豊満な胸元をありありと晒している。肩口からはスラリとした白く細い腕が三本ずつ生えており、光る腕輪と相俟って計六本の腕をしならせている。


 そして、ヘソから下の下半身は、目に痛い程明るく光り輝くエメラルドグリーンの鱗に覆われた、毒々しい大蛇の姿をしていた。太く、屋敷の大階段を埋め尽くすような長い尻尾。その宝石のエメラルドそのもののような鱗がウニョウニョとうごめくと、光の当たり具合でキラキラと光った。


「うわっ! 気持ち悪っ!」


 ニチカゲが変わり果てたシュロンを見て率直な感想を述べた。


 一方、ロシーボは驚愕のあまり口を半開きにして立ち尽くすのみである。


「シュロン、貴様、そんな姿を隠していたのか」


 ウィーナの問いに対して、シュロンは尻尾をくねらせながら、こちらにゆっくりとにじり寄ってくる。


「ウィーナ様ほどのお方が今まで気付かなかったなんて、やはり他人にあまり関心の無いお方ですわね。失礼ながら、そんな方が女神に向いているとは思えませんわ」


「そんなもの、普通気付くか!」


 ウィーナも負けじと反論する。


「さあ、早く邪魔者を消して、儀式を始めましょう」


「させないッスよ! もう一番、取らせてもらうッス!」


 蛇女となったシュロンの前にニチカゲが立ちふさがる。


「ふふふ、どのみち、この姿を見た者は生かしておけないわ。この体を気持ち悪いと言った罰として、尻尾でぐるぐる巻きにして絞め殺して差し上げますわ!」


「うわ……」


 ロシーボがさりげなく、凄く嫌そうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る