第14話 一頭身
「テメー! テメーも俺に楯突くのか!」
ヘイト・スプリガンはすぐに上体を起こし、先ほどカッチ、ショウリー、肋骨を消し去った気功波を発射した。
「ジョブゼ! 無謀だ!」
ウィーナより先にハチドリが声を上げる。しかし、ウィーナは思っていた。
ジョブゼならやられはしないと。
「うおりゃああっ!」
何とジョブゼは剣と手斧を眼前に交差させ、巨大な光弾を食い止めてしまったのだ。
「効くかああああ!」
ジョブゼはそのまま攻撃を打ち返した。彼の周囲に床の破片がボロボロと舞い落ちる。
その行いに部屋にいるウィーナ以外の全ての者が驚愕した。
跳ね返った光弾はヘイト・スプリガンの顔面に命中し再び大爆発を起こす。再び彼は床に倒れこんでしまった。
「ハーッハッハァ! 今楽にしてやるぜデカブツ!」
なおもジョブゼは楽しそうに笑いながら、圧倒的な敵に向かって突撃をした。
「おのれ! こんなザコにこのヘイト・スプリガン様がやられ……うおっ!?」
反撃しようとヘイト・スプリガン立ち上がったが、突然体の自由を奪われた。
今度は、冥王がヘイト・スプリガンを羽交い絞めにしたのである。
「このくたばりぞこないがーっ! 放しやがれ!」
「ガッデム! ガッデム! ガッデム!」
敵は激しく抵抗するが、相手は腐ってもこの世界を治める偉大な冥王である。冥王の渾身の力に、不意を突かれたヘイト・スプリガンは手こずっているのだ。
ジョブゼはそんな光景も全くお構いなしに突っ込み、ヘイト・スプリガンの頭上に大ジャンプをした。
「死ねえええええっ!」
ジョブゼは剣を相手のスキンヘッドに深々と食い込ませ、そのまま引力に任せて敵の股間まで縦一文字に切り込んだ。
「ギャアアアアッ」
ヘイト・スプリガンが激しく悲鳴を上げる。
冥王も必死にヘイト・スプリガンの自由を奪う。
ジョブゼの攻撃はまだ終わらなかった。
彼は剣の角度を上に調節してヘイト・スプリガンの怨霊にぶら下がった体勢を取り、左手の手斧で、怨霊の股間に相当する部位をザックザックとえぐり始めたのだ。思わず目をそむけたくなる光景である。
「ああ……、信じられない、品が無さ過ぎるわ……」
実際、シュロンは汚いものでも見るかのように目をそむけていた。
「どうした! オラ、オラァ! さっきの勢いを見せてみろ! フハハハハ!」
「あ・ぎゃああああーっ!」
「ジョ、ジョブゼ……。あれは如何ともし難い……。しかし、チャンスだ」
思わずウィーナはしかめっ面でつぶやいた。そして、今一度結界に封じようと敵に接近を試みる。
「痛いか! 痛いならサッサと成仏しやがれ! もっと苦しくなるぞ?」
ジョブゼは一切手加減することなく敵の股間を攻め続けている。
「ぐ畜生ーっ!
ヘイト・スプリガンはピンク色の両目から、ウィーナに向けて怪しげに光を放つ魔力を放射した。
ウィーナはよける暇も無くその魔法を食らってしまった。しかし、痛みなど、ダメージのようなものは全く感じられなかった。
「何をした?」
ウィーナが敵に向かってたずねる。
「
なおもジョブゼに股間を攻め続けられ、ヘイト・スプリガンはとても説明どころではなさそうだ。
「ウィーナ様! ウィーナ様のお姿が!」
シュロンは目を見開き、当てつけがましい驚愕の表情でこちらを見つめる。
「私の姿がどうしたというのだ」
段々、嫌な予感がしてきた。
「えっ? 全然、気付いてないんですか?」
近くまで飛んできたハチドリが意外そうに口を開く。
「一体何なんだ? 私の顔に何かついてるのか?」
「はい、……手足がついております」
ハチドリがしかめっ面で意味不明な説明をした。
「そんな! だって、おかしいわよ! 私が防御魔法かけたのに、信じられない!」
いきなりシュロンがヒステリックに会話に割り込んできて、ウィーナをまじまじと見つめる。
「ウィーナ様、一頭身になっているんですよ! よくご自分で確認して下さい」
ハチドリが結論だけを早々と説明した。
「一頭身?」
言われて自分の手足を見てみる。
すると、あろうことか、筋肉がムキムキとした見慣れぬ二の腕が自分の頬から生えている。
おまけに、自分の顎の下から、これまた筋肉の発達した他人のような脚が長々と生えていた。
素足で靴も履いていない。
ウィーナは思った。こんなのは自分の足ではない。
極め付けに、頭部そのものが元々のウィーナの身長、つまり170㎝前後に肥大化していた。
「何なのだ、この化け物は!」
ウィーナが拳を握り締め叫ぶ。
「ウィーナ様です」
「それはそうだ!」
ハチドリが身も蓋もない返答をし、ウィーナも身も蓋もない言葉で返した。
「ジョブゼ、ちょっとやめなさい! 奴の話を聞かないと!」
シュロンが攻撃中のジョブゼを止めようと叫んだ。
するとジョブゼは小さく舌打ちをし、「いいとこだったのにな」とこぼしてあっさりと股間攻めを中止した。
そして、こちらの方を振り向き、変わり果てたウィーナを見た途端、彼の唇から笑いが噴出した。
「はははははっ! こりゃひでぇや! いやあ、これはやばいですねウィーナ様、ひひひっ!」
派手に爆笑された。
「わ、笑うな!」
「す、すいませ、うへへへっ! ひーっ……ひっひっ」
ジョブゼは笑いをこらえようとしているが、かなり困難な作業のようだ。
「やめてジョブゼ! ウィーナ様を見ないで! こんなお姿で、悲しすぎますわ!」
「はーっはっはっは! テメーが一番ひでーこと言ってんじゃねーか!」
一頭身の身となり、なぜか、部下達の会話が遠くの世界の出来事のように感じられた。
「グフッ……フ……フ、ハーッハッハッハ、どうだ、この俺様の一頭身の呪いは! この俺でなければ絶対に解けんのだ! ぐおお、痛てえ……」
ヘイト・スプリガンがしゃがんで股間を両手で押さえ、苦しげな表情でこちらを嘲る。
「何!? 呪いか……ん?」
ウィーナはその光景を見て気が付いた。冥王の羽交い絞めがとれており、奴が自由になっているのだ。
「冥王、どうした?」
ウィーナが気色悪く変化した脚を走らせてヘイト・スプリガンの背後の様子を確認した。
「め、冥王は、泡吹いて……ぶっ倒れてやがるぜ、テメーの醜い姿を見てな! ひひ……」
ヘイト・スプリガンが苦悶の声で解説する。
誠にその通りであって、冥王は一頭身になったウィーナの姿を見て大いなるショックを受け、そのまま失神してしまったのだ。
ウィーナは肝心なときに頼りにならない冥王だと心の中で思った。
「どうやらさっきのが相当こたえたらしいな。弱っているところ悪いが、続きといこうじゃねえか」
自分の台詞を言い終わらぬ内に、既にジョブゼが剣と手斧を構えヘイト・スプリガンに突撃する。
圧倒的な力を持つヘイト・スプリガンも、さっきの急所攻めを受けてかなり戦闘能力が落ちているようだった。
「ま、待て、今ここで俺を殺したら、あ、でも俺もう死んでるのか……ってちゃうねーん! いいか、俺をやったらあの女の呪いが」
「うおおおおおおっ!」
ジョブゼは敵の言葉に耳を傾けず、敵の巨大な胸元に飛び上がり、先ほど剣でつけた縦に走る傷口に再び剣の切っ先を重ねた。
痛々しい傷口に深々と刃が食い込む。
「げべぶほあーっ!」
敵の悲鳴だ。
「やめろジョブゼ!」
「ジョブゼ! 待ちなさーい!」
ウィーナとシュロンが二人そろってジョブゼを制止する。しかし彼は敵を攻撃することに夢中でまるで聞く耳を持たない。
ハチドリは狼狽した顔つきで、黙って様子を静観している。ただ、彼はもうウィーナの肩には停まろうとしなかった。
「ジョブゼ! いまここでこの悪霊を完全に殺したりしたら、恨みの力が余計強くなって、呪いは永久に解けなくなるかもしれないわ!」
呪術を専門に扱うシュロンの言うとおりだった。呪いの力は、術者の死後も残り続ける。
しかし、ウィーナの中に一つの覚悟が芽生え始めていた。
「ジョブゼ! やめろと言っている!」
ウィーナが強い口調で言い放つと、ジョブゼは再び攻撃の手を止め、血走った目、荒い息でこちらを見る。
「……もう、そのくらいでいいだろう。この魂、私が鎮める」
ウィーナはヘイト・スプリガンの方に歩み寄った。それを見たジョブゼは速やかにヘイト・スプリガンから距離を取り、ウィーナを守るように陣取った。
「ウィーナ様、しかしそれでは」
シュロンが狼狽して後を追う。
「構わん。今、ここで奴を何とかしないと、この冥界は滅びる」
そのことを考えると、自分自身が一生この姿で生きなければならないことなど何と小さきことであろうか。ウィーナは己の心に言い聞かせた。
自分に本来の力が備わっていれば、もっとスマートな仕事ができ、こんな無様な自己犠牲を被る必要はなかっただろう。だが、どのように落ちぶれても、勝利の女神であった自分の過去に泥を塗るような生き様は晒したくなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
ハチドリが、周囲の了解を得るような口調で問いかけた。
「何だ?」
「ウィーナ様が魂を浄化するんであれば、呪いを支える怨念の力なども消えるんじゃないですか? 違ってたらすみません」
「あ……、そうか! 何でそのような簡単なことに気付かなかったのだ!」
ウィーナは意外な解決法に拍子抜けした。一頭身になった衝撃で、冷静さを失っていたのだ。
「さあ、タイムアップだ。今度こそな」
ウィーナが結界を出そうとして意気揚々とヘイト・スプリガンに手をかざす。
「へへへ、果たしてそうかな……」
ヘイト・スプリガンが勝ち誇ったようにこちらを見下ろした。
「何?」
ウィーナが念じても、結界は出なかった。失意と怒りから、彼女の腕がわずかな震えを見せた。
「貴様、まさか、最後に残ったこの力までも……」
「ぐひひひひ……俺の一頭身の呪い、甘く見てんじゃねえぞ! テメーの結界の能力は封じてある。危険なんでな……」
一頭身の姿で、怨霊を鎮める力も封じられた。生き恥を晒せというのであろうか。
「ハチドリ、ぬか喜びさせないでよ!」
シュロンが怒鳴る。
「知るか!」
ハチドリも怒鳴る。
「さあ、ウィーナとか言ったな、どうする?」
ヘイト・スプリガンの問いにウィーナは答えられない。歯を食いしばり、大きな頭でにらみつけるだけだった。
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