第12話 激怒三昧の戦場

「貴様、なぜ再び生を望む。現世に何の未練があるというのだ!」


 ウィーナは怨霊に問いかけた。冥王にこびるつもりはなかった。


 今までの経験上、こういう修羅場では受け身や他力本願の姿勢だと活路は開けない。


 頼れるのは己のみだ。


「ハアァ!? テメーさてはこの俺をナメてやがんなあ!」


 ヘイト・スプリガンは冥王の首根っこを乱暴に振り回し叫んだ。そして会話が成立しない。


「落ち着いてわけを話してみろ。それともただ死ぬのが嫌なだけなのか」


「テメー如きがこの俺様に勝てるわけねえだろ!」


「話を聞け」


「なんか文句があるならサッサとかかってきたらどうだ? 今すぐ踏み潰してペシャンコにしてやる」


「お願いだから少し会話をしてくれ」


 ウィーナは相手の頭の悪さに絶望感を感じた。


「はあ~っ!? 意味わかんねーし! さっきから聞いてりゃゴガツバエい、ゴガツバエいんだよおおおおっ!」


「そんなに難しいことは聞いてない。生き返って何をする気なのだ!」


「復讐だ、あのクソ野郎に復讐をするのだ!」


 ようやく相手の目的が垣間見えた。ウィーナはさらに質問する。


「誰に復讐する気なのだ」


「イケメンコに決まってるだろーが! あの野郎、この俺を引き立て役のかませ犬にして自分だけ救世主気取りになっていやがるんだ!」


「イケメンコ……復活した握力大魔王あくりょくだいまおうを倒した英雄のことか?」


 イケメンコとは下界の人間の名であり、半年前に握力大魔王を倒し冥界に送り込んだ男である。要するに、ウィーナの力を失わせた張本人だ。


「あの野郎、死んだ俺を差し置いて錬金術で黄金とか宝石とか、無数の富を作りまくっていやがる! 今ではすっかり国王となって女はべらせてやりたい放題……。それに引き換えこの俺は誰にもほめられずイケメンコを引き立てる形で死に、抑えられぬほどの恨みのせいでこんなヘイト・スプリガンの姿になってしまったのだ! ……ぶっ殺ーす! 現世に蘇り、あいつを八つ裂きにして恨みを晴らし、俺は元の人間カマセーヌに戻るんだ! おのれイケメンコーっ! 殺す、ぶっ殺ーす!」


「なるほど、そういうことか」


 ウィーナは思いもかけぬ展開に息を飲んだ。


 ウィーナが人の信仰を失い非力になったのは、国の民達がイケメンコの錬金術で好きなだけ富を授かり、他人と争う必要がなくなったからである。


 仮に、このヘイト・スプリガンが英雄イケメンコを消してくれれば下界はまともに戻り、ウィーナに力が戻るであろう。


「オッケーイ! それが目的ならば、そのイケメンコをこの冥界に呼んでくればいいのデース! それならばわざわざ生き返らなくてもこの場で復讐ができマース。ミスターヘイート・スプリガーン、それで納得して下サーイ」


 冥王が引きつった笑顔で、機嫌を伺うように言った。


「いいだろう、俺はあの野郎に恨みを晴らせればそれでいい。別に生き返ること自体が目的じゃねえ」


 ウィーナは意外に思った。


 さっきはまともにやり取りもできないほど頭が悪い奴だと思っていたが、案外話の分かる奴である。


「ならば、今すぐこのミーの手足として仕える死神達を呼び寄せ、奴の霊魂をここに呼んで来マース! HOOO!」


 ヘッドロックで拘束され続けている冥王が奇声を上げると、玉座の前に五つの青白い人魂がゆらゆらと出現した。


 それは漆黒のフードに包まれ、歪曲した大鎌を携えた五人の死神となる。


「話は分かってマスね? 冥王軍死神部隊、出動デース! イケメンコを冥界にご招待しなサーイ!」


「イエッサー」


 死神達は揃ってそう言うと、音もなく陽炎のように消え去った。


 そして、戻ってきた。全員瀕死の重体となって。


 彼らの持つ大鎌がグニャグニャにひん曲がっている。


「早っ!」


 ハチドリが呆気にとられて言った。


「冥王様、申し訳ありません。奴は強過ぎます。今日はもう帰っていいですか?」


 死神が息も絶え絶えに訴えた。


「期待させやがってクソ使えねぇクズどもだ! 消えろぃ!」


 冥王が言葉を発するより先に、ヘイト・スプリガンが叫んだ。


 そして、彼の大口から真っ赤なゲル状の液体が死神達に向かって噴出される。


 でらでらと光沢を放つ謎の粘液は五人の死神にぐっちゃりと直撃した。


 すると、生肉を焼けた鉄板に押し当てるような音がして、死神達の体が泥のように崩れ、流れ始めた。


「ぎゃあああ、溶ける、溶ける、溶けるうううううげぼぼぼわっ!」


「冥王、だじげでぇ、だ……だじ、べべ、うげぼぼぼわっ!」


「どっひゃ~! かなりおしまいです~! さよならです、さよならですううううげぼぼぼわっ!」


「げべぶ、あべべ、すまなび……父ざん、帰でぞうび、……ゴバ、うげぼぼぼわっ!」


「ゲボボッ! ぎょ、今日ば、もう……帰っでいい……でじがあああうげぼぼぼわっ!」


 死神達は溶解して軟化した声帯を、流れ落ちて骨を晒した体を震わせ、断末魔の五重奏を奏でた。


 五人の死神は血のような腐敗液となり全滅した。


「あああああっ! オー、ノオオオッ! なぜ、なぜ殺したーっ! オーマイガーッ!」


 流石の冥王も眼前の光景に冷静でいられず、驚愕と失意の声をあげる。


 ウィーナは、歯を食いしばった口から小さく言葉にならない声を漏らした。


「うるせー馬鹿! イケメンコここに連れてくるって言ったくせに駄目だったじゃねーか。所詮こいつらクソの役にも立たんチンカス共だ、俺は生前世界を救った正義の英雄の一人だ、チンカスだったら別にいくら殺したって構わんだろうが! それとも何か? この冥界はチンカスのたまり場か? ここにいる奴らみんなチンカスか? やはりそうだったのか!? だったら今すぐこの俺が一人残らず掃除してやるよ。正義の英雄であるこの俺様がな!」


 先ほど、少しは話の分かる奴だと思ったが、そうとうに甘い考えであったようである。そもそも、数刻前にこの巨人はウィーナの部下であるショウリーとカッチをゴミのように葬ったのである。


 そう思ったとき、ウィーナは既に行動を起こしていた。


 ヘイト・スプリガンがやかましくわめいて注意をそらしている隙を狙い、敵の足元に音を殺して跳躍した。


 そして、敵に向かって手をかざし、一瞬にして巨大な結界に包み込む。


「ぬううっ、何だこれは?」


 ヘイト・スプリガンが結界を拳で激しく叩く。しかしもう遅い。


「私の結界からは逃れられん。安らかに眠るがいい」


「出せ、出せーっ!」


 ウィーナは結界を抱擁するために、敵の抵抗に構わずてのひらを握り、結界を縮めようとした。しかし、手を握っても結界は小さくならない。どうも何かにつっかえているような感覚だ。


 想定外の事態にウィーナの心中に焦りが芽生える。


「どういうことだ? なぜ……」


「ウィーナ様、冥王ですよ!」


 ハチドリが慌てた口調でまくし立てる。


「えっ?」


 良く見ると、ヘイト・スプリガンがヘッドロックをかけていた冥王までもが結界の中に入ってしまっていた。


 異物が引っかかっているせいで結界が小さくならないのである。


「マ、マイハニー! ミーもろともデースか?」


 ウィーナは言葉を失った。


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