第11話 部下爆死

「テメーら、この俺を殺す気だったのか! よくもだましやがったな、畜生、このクソ野郎どもが!」


 ヘイト・スプリガンが怒りに満ちた表情で、部屋中を咆哮で満たした。


「待て、違う、落ち着け! 私と奴らは無関係だ。私はちゃんとお前を生き返すつもりだ!」


 ウィーナの必死の呼びかけを巨人の悪霊は無視した。


「この諜報部副頭格の鎖骨様が貴様ごときに負けるはずがない! 来い、恥骨の弔い合戦だ! 無駄にデカいくたばりぞこないめ戦い方を教えてやろう!」


 あろうことか、鎖骨と名乗るスーツ男がさらにヘイト・スプリガンを挑発したのだ。


「シャラップ! 何クレイジーなこと言ってるんデスカー!? ミーが勝てない相手にユー達じゃ話になりまセーン! すぐこの場から消えなサーイ!」


 ヘッドロックをかけられている冥王も、必死な様子で鎖骨達に怒鳴りつけた。全く冥王の発言内容は正論であった。


「恐れながら冥王様。このようなウジ虫の糞を小指一本でねじり殺す程度、私にとっては曲がったネクタイを直すことより造作なきことにございます」


 鎖骨は眼鏡を指で押さえながら、知的な雰囲気で冥王に抗弁した。


「何だと! テメーら、あんまりこの俺を舐めてんじゃねえぞー!」


 ヘイト・スプリガンはこの部屋全体が爆発しそうなほどの怒声を上げた。


 ウィーナは冥王達の話を無視し、やぶれかぶれでヘイト・スプリガンに手をかざした。こうなったら強引に結界に包み込んで鎮めてしまおうというのである。


 しかし、その瞬間、ヘイト・スプリガンを包む緑色のオーラが激しく轟音を立てて逆立ち、ウィーナを後方へ吹き飛ばした。たまらずウィーナは床に叩きつけられる。


「このクソッタレが、死にやがれ!」


 ヘイト・スプリガンが冥王の首根っこを捕らえたまま、鎖骨に向かって掌をかざした。


 オーラは巨人の体を激しく渦巻き、この部屋全体が彼の気迫で揺れている。


 その巨大な力に、ウィーナも冥王もなす術がなかった。


「ひっ、た、助っ……、うわあああっ!」


 鎖骨は顔を恐怖に染め上げ、悲鳴を上げた。


 そして、横に立っているカッチの腕を後ろからつかみ、自分の盾にしたのである。


「ふざけっ……やめろ離せ! おいショウリー!」


「ひっ……ひいぃぃ!」


「ショウリー! ショウリー! 早くううっ!」


「ぐおっ! ひいい!」


 カッチは狂ったようにもがき抵抗したが、鎖骨もがんとしてカッチを盾にし離さない。


 すぐにヘイト・スプリガンの手から特大の光弾が発射された。闘気を放つ気功波の類である。


 鎖骨はカッチを前に思いっきり突き飛ばし、身を引いた。


 その瞬間、光弾はカッチに直撃し、その場で爆発した。


「カッチ!」


 ウィーナは叫んだ。


 部屋がまばゆい閃光に包まれ、近くにいたスライム、ショウリー、鎖骨、肋骨は必死に爆発の余波から身をかわした。


 光が収まり、煙が晴れた。カッチは、断末魔を発する暇もなく、跡形もなく消滅していた。


 尋常な攻撃力ではなく、石造りの床が深々とえぐれている。


「カ、カッチ……。何ということだ」


 ウィーナは胸が絞られるような思いに駆られた。脇の下に汗が一筋も二筋も伝ってくる。思わずひじを曲げて拳を握りしめた。


 半年前、女神の力を失って以来、これほど自分の非力が恨めしく思えた瞬間はなかった。


「な、何て力だ……。勝てるわけねぇ……。誰だよ? 気合入れれば勝てるなんて言ったのは」


 肋骨は腰が抜けたように全身鎧をきしませ、その場に力なく座り込んだ。


「俺だ。文句あるか?」


 スライムがつぶらな瞳で肋骨をにらみながら言った。


「オァタアアアァッ! 貴様あっ!」


 突然ショウリーが鎖骨のネクタイをねじ上げ、取っ組み合いを始めた。


「ショウリー? あの馬鹿、なぜ逃げん……!」


 その様子を見たハチドリが苦々しげに声を漏らした。


「フン、他のに当たったか。だが、次はどうかな?」


 そう言ってヘイト・スプリガンは、既に二発目の光弾を撃とうとしていた。


「いかん! ショウリー、逃げろ!」


 ウィーナは喉が潰れるほどの大声で叫んだ。


 もう遅かった。光の弾はつかみ合っている二人に向かって発射された。


「ひいいいっ!」


 鎖骨は取っ組み合っているショウリーを自分の盾にして光弾に向かって突き飛ばした。


 ショウリーは後ろを振り向くこともできず、背中から直撃を受けた。


 カッチのときと同じように大爆発が玉座の間をとどろかし、ショウリーは光の中に溶けるように蒸発してしまった。


「ショウリー! ……貴様ーっ! やめろ、もうやめろ!」


「ジャストモーメント! ちょっと落ち着くネ! ピースフルなトーキングをアテンダントプリーズ!」


 ウィーナと冥王は共に必死になってヘイト・スプリガンに懇願するが、怒りに燃える巨人は全く聞く耳を持たない。


「おのれら、何もたもたしてるんだ! さっさとあの緑ハゲの肉体を滅ぼしてしまえ! 早く! おい、早く! 腰抜け共が!」


 スライムがびびりまくった様子で、鎖骨や肋骨をせかすが、彼らも震え上がっており、それに応じるどころではない。


 余談だが、言動の内容から鑑みるに、スライムはどうやらヘイト・スプリガンが霊魂であることも認知していないらしい。


「も、もう駄目だ、俺は逃げる! 俺は死にたくない! そもそもこんな奴と戦おうなんてのが間違いだったんだ馬鹿共め! そんなに戦いたいのならテメーらで勝手に戦ってろ馬鹿共め!」


 恐怖のあまり眼鏡のずれている鎖骨は、慌てて扉目指して走り出した。


「待て鎖骨、置いてくな!」


 座り込んでいた肋骨も立ち上がり、鎧をガシャンガシャン揺らして一目散に逃亡を始めた。


「この野郎っ! チョロチョロとなめやがってーっ! 死ねえぇぇ!」


 ヘイト・スプリガンは亡霊のくせして顔中に血管を浮かび上がらせ、三発目の光弾を発射した。


 攻撃は一直線に鎖骨に向かって迫ってきた。


 その刹那、鎖骨は再びこちらの方を向いた。そして、共に逃げようとしている肋骨の手を引っ張って自分の目の前に引き寄せ、盾にしたのである。


「ぎゃあああああっ! 鎖骨うううううっ!」


 肋骨が聞くにも痛々しい絶叫を上げた。彼を守るいかめしい鎧は何の役にも立たたなかった。


 ヘイト・スプリガンの力はひたすらに強大であった。そこにはえぐれた床があるだけだ。


 肋骨は既に冥界の住人ではなく、冥界の客人となったのだ。つまり、死んだのである。


 スライムは先程黒装束から逃げるときに披露したヘッドスライディングを繰り出し逃走を始めた。


 そのスライムに鎖骨が慌てて腹ばいになってしがみついた。


「クソが! 逃がさんぞ!」


 ヘイト・スプリガンはなおも鎖骨を追撃しようと光弾を作り出した。


 しかし、スライムの滑走はかなり速く、既に玉座の間を出て、長い廊下のはるか遠方へ消えた後であった。


 それでも彼はうなり声を上げ廊下に向けて四発目を放った。


 が、スライム達には届かず、親衛隊や恥骨アルティメットの死体が転がっている辺りで爆発してしまった。


 その様子をヘイト・スプリガンは苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。


「おのれ、よくも、私の部下を!」


 ウィーナは激昂して敵に向かって叫んだ。


「はやりさっきの眼鏡達はテメーの仲間だったのか!」


 ヘイト・スプリガンはピンクの目でこちらをにらんだ。


「違う、お前が殺した最初の二人だ!」


「フン! 知ったことか、それより自分の身を心配したらどうだ?」


「何だと、貴様……!」


 ウィーナはここで言葉を飲み込んだ。次に標的とされるのは自分である。


「女! よくもこの俺をだましたな、お前とその鳥も死ね!」


「ええっ!? 俺もかよ!」


 ハチドリが素っ頓狂な声で突っ込んだ。


「やめて下サーイ! その人はミーにとって大切な人デース!」


 ヘッドロックされている冥王が必死になってヘイト・スプリガンの腕をつかむ。


「うるせーっ! だったらこの俺を下界に戻せ! できるだろ、冥王だったらよお! 俺の要求をのまんとテメーの大切な人とやらを殺すぞ」


 冥王は考え込む。


 何と、ウィーナ自身が人質となってしまったのだ。

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