第9話 恥骨アルティメット
すぐ剣を引き抜こうとしたが、ビキニ女が自分の肩口に埋まった刀身を渾身の力でつかみ、それを許さない。
その手から血が滴り落ちる。
「うう、ウィーナ、お前さえいなければ……。冥王様は私達を、あんな化け物に……ぶつけなかった……」
ビキニ女が剣をつかんでいない方の
これはやばい。
ウィーナに恐怖の念が芽生えた。驚愕の表情を作ったウィーナに、眩しさが襲う。
もはや無心で剣を手放し後退したが、とても間に合いそうにない。
「生まれつき神族のお前なんかに、強化戦士の私が……」
敵は狂気じみた憎悪の表情をこちらに投げつけた。
「くっ!」
ショウリーの援護をあてにして後ろを見たが、何と彼は酔いつぶれて勝手にぶっ倒れていた。
結局何の魔法かも推測できず、必死に腕を交差し心臓をかばい、魔法の軌道を見ることに全神経を注いだ。
そのときであった。
恥骨が翼を広げてビキニ女の背後から飛びかかり、「死ねええええっ!」という掛け声と共に、彼女の無防備な背中を鋭い爪で貫いたのである。
ビキニ女の胸元から、彼女の血で染まった恥骨の手首が飛び出した。
ビキニ女は、このような状態になってもまだウィーナを見据えていた。長年女神として多くの者の生き様を見てきたウィーナは、この女の末期の表情から激しい嫉妬の念を感じた。
「すまんなルーザ、これも冥界のためだ!」
恥骨が粋がった口調で言った。すまなさそうな感じは全然伝わってこない。
「冥王……様……」
そうつぶやいたビキニ女は、口から音もなく血を流し、恥骨が腕を引き抜くと同時に前のめりに倒れた。
親衛隊のメンバーを恥骨が殺してしまった。もはや敵も味方もあったものではない。もっとも、その行為がウィーナの命を助けたわけであるが。
「大丈夫か、ウィーナ! 気をつけろ、敵は手強い」
恥骨が先ほどのいやらしい態度とはうって変わって、檄を飛ばすような凛々しい口調でウィーナに声をかけた。正直言って、恩を売ろうとしているのがバレバレである。
「まさかお前に助けられるとは」
ウィーナは敵の亡骸から、剣を引き抜いた。
ここは素直に恥骨に感謝したが、恥骨の一連の行動は、ウィーナを助けるというよりは、黒装束と戦うのが嫌で死にかけの相手の方へ行ったようにも見えた。
ハチドリとカッチが戦っている方角を見ると、早くもハチドリが黒装束を一体倒していた。あちらはもう問題ないであろう。
ウィーナは顔を紅潮させて倒れているショウリーの首根っこをつかんで、彼を立たせた。
一方、恥骨がビキニ女を貫いた掌には、丸く、光を放つ宝石のようなものがあった。それを恥骨はしまりのないにやけ面で見つめている。
「ククク……。奴の体内に埋め込まれた、冥王様の作りし秘法の魔石……。これを使えばククク……」
そう言って、恥骨はその宝石を口に放り込み、ペロリと飲み込んだ。
その瞬間、恥骨は金色のオーラに包まれた。そして、両腕の拳をにぎり頭上に上げる。
「アバババババーッ!」
すると、突如として体中の筋肉がモリモリと膨れ上がり、紫色だった体色は、まるで金粉を全身に塗ったかのごとくまばゆいゴールデンカラーとなった。頭の二本の角は三本に増量。
側にいたウィーナとショウリーは、眼前の衝撃的な急展開に開いた口が塞がらない。
「フヒッ、フヒヒヒ……上半身から下半身まで力がみなぎるぞ! 俺は、俺はもはや恥骨ではない、恥骨アルティメットだーっ! もはや限界を超えた俺の力は冥王様と互角……、いや、冥王以上だーっ! この力で、この世の全てをねじ伏せてくれるわ、アーッヒャッヒャ! 俺が最強なんだよおおおっ! 頭が高いぞ貴様らああああっ! 全世界を我が恥骨で染め上げてくれるわ! アーッヒャッヒャッ!」
そのときウィーナは、さきほど壁にめり込んだ二体の黒装束が今頃復帰し、図に乗っている恥骨アルティメットの背後に急接近していたことに気が付いた。
「恥骨、後ろだ!」
「あーん?」
もう遅かった。
恥骨は先ほどビキニ女にそうしたように、二体の黒装束の凶刃によって、背中を肩口から勢いよく袈裟斬りにされてしまった。
「びゃああああっ! 馬鹿なああああ!」
恥骨が悲鳴を上げた。
そして、この機にウィーナとショウリーは恥骨の返り血に染まった黒装束に攻撃を仕掛けた。
隙を突いて一撃で決めようと思ったが、すんでのところで敵に防がれてしまった。
やむなくウィーナは敵と剣を合わせたが、先ほどの電撃や疲労が蓄積しており、腕力で強引に押し返され、床に尻を着く。なおも黒装束は腕力でねじ伏せようとしてくる。
そのとき、一筋の熱線が敵の頭部を粉々に打ち砕いた。
熱線の飛んできた方向を見ると、ハチドリのクチバシから一筋の煙が昇っている。
「ハチドリ、すまない!」
ウィーナは声を張り上げ、倒れこんだ黒装束の亡骸を払いのけた。
ハチドリの背後では、カッチが黒装束の斬撃を宙返りで回避し、そのまま敵との距離を開けるという、凄いのか実用に欠けるのかよく分からない離れ業を繰り出していた。
「ラッチャアアアッ!」
いつの間にかヌンチャクを拾っていたショウリーは少々手間取っている様子だった。
立ち上がったウィーナが助けようとしたが、そのとき丁度ヌンチャクを勢いよく敵の頭上に振り下ろし、覆面ごと強引に頭を粉々に叩き潰してしまった。
収束は近かった。
ほぼ同時に、廊下の奥では、カッチが義手のワイヤーを伸ばして最後の一体の手元を縛りつけ武器を封じ、ワイヤーの収縮を利用し敵に肉薄し、その勢いで敵の腹部に剣を突き刺した。最後の黒装束の腹部や覆面の穴から、黒煙が上がった。
敵は全滅した。
額は汗で覆われ、吐く息は荒い。
剣を納めたウィーナは慌てて恥骨の側へと駆け寄った。彼の背中の傷はぱっくりと開いており、青い血が泥水のように滴り落ちている。そして、かすれたうめき声を上げながら小刻みに痙攣していた。
「気を持て。すぐ医務室に連れて行く」
「あぐぐ、う、嘘だ、せっかくパワーアップしたのに……死にたくない……マジウゼー! ウゼーこの人生! マジで普通に無念なんスけど? マジウゼーうげぼぼぼぼわっ!」
「死んだ……」
体色が金色に輝いたまま、恥骨アルティメットは事切れた。
ビキニ女のすぐ脇に倒れており、死に顔が苦悶の表情に満ちていた。色的に、気色の悪い死体だった。
他の部下達が、すぐにウィーナの側へ集まってくる。
「これ、大丈夫ですかね、報酬。ちゃんと冥王軍全体に話が通ってるんでしょうか」
ウィーナの肩に戻ったハチドリが、羽で恥骨の死体を指差す。
「契約書を読む限りでは、それは心配ない」
軍としての依頼かどうかは既に契約の段階で確認済みだった。
「カッチ、傷を見せろ」
ウィーナはカッチの胸に手を当て、回復魔法を唱えようとした。しかし、魔力がうまく引き出せず、魔法が出せない。
力を失った今ではどうしても魔法は使えないらしい。元の力があれば、この程度の敵にも苦労することはなかったのが、非常に悔やまれる。
「あっ、大丈夫です。自分で回復します。ヒール!」
カッチは左手を自分の胸に手を当て、回復魔法を唱え自らの傷を治療した。
「あの、ウィーナ様」
カッチが言った。
「何だ?」
「その、申し訳ありませんでした……」
「いや、お前が二人敵を引きつけてくれたおかげで不測の事態を切り抜けられた。礼を言う」
「はい……」
「ハチドリ、お前は?」
ウィーナは、黒焦げになっているハチドリを気にかけた。
「いや、ついさっき焼き鳥屋から逃げ出してきまして」
ハチドリは、どこかで聞いたような言葉を言って、ウィーナの肩から離れすすけた羽を払ったのだった。
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