第8話 血まみれビキニ女
剣で負けるものか、と彼女は心の中で叫んだ。
先程のスライムとの戦いは偶然の要素が重なってあのような形になったのである。いくら力を失ったとはいえ、この程度の敵にそうそう負けはしない。
服の下の肌がじっとり汗ばみ、呼吸が荒くなる。女神の力を失って以来、この程度の戦闘で疲れるようになってしまった。
ウィーナはすぐにカッチを助けに行こうと走り出したが、突然背後から何かの攻撃を受けた。
攻撃の正体は雷撃であり、凄まじい衝撃と激痛であった。訳が分からないまま体全体がしびれ、床に倒れこむ。
「ハタアアアァーッ!」
すぐ側で戦っているショウリーがその光景に驚愕の声を上げたが、どうやら彼も自分の敵で精一杯らしく、こちらへの加勢は無理そうだ。
何とか後ろを振り向くと、驚くべきことに、床に倒れていた親衛隊の一人が血まみれで立っていたのだ。
雷撃の魔法を使ったのは彼女である。全て死体だと思いきや、まだ生きている者がいたのである。
彼女は体中に煌びやかなアクセサリーを身につけ、白いビキニ姿、靴はなんとハイヒールである。
そして、そのいずれも血に塗られている。
こんな舐めた格好で実戦に臨むなど、ウィーナにしてみれば反吐が出るようなものであるが、強化処理で強靭な肉体を有していれば防具などいらないのであろう。
「冥王様の敵め……みーんな私が排除してやる……冥王様」
青い髪はバサバサに乱れており、顔がゆがみ、見開かれた目は血走っている。その様相はどう見てもただごとではない。
ウィーナは何とか剣を杖にして立ち上がった。
「待て、我々は味方だ。敵は黒い奴らだ!」
ウィーナはビキニ女に説明したが、ビキニ女は問答無用で手をこちらに掲げ、魔力を凝縮させた。
「死ね!」
再びビキニ女の手から電撃が放出された。ウィーナはもつれる体を必死に翻し、それを紙一重で回避する。敵が死にかけでなかったらもっと威力があるだろうから、かわしきれなかったであろう。
「ウィーナ様!」
恥骨の相手を一体引き受けていたハチドリが慌ててウィーナの元へ引き返してきた。
ハチドリの言葉に対して、ビキニ女はなぜか大きく目を見開き、過敏な反応を見せた。
「おい、こいつどうすんだ!」
再び二体と戦うことになった恥骨の叫び声が戦場に響き渡る。額からだらだらと血を流していた。
「私は平気だ。カッチを」
ハチドリはすぐにカッチの方へ飛び立った。
「何やってんだ鳥野郎! こっちを助けろ、報酬いらんのか!」
恥骨が裏返った怒声を上げ、ハチドリは大きく舌打ちをした。
「じっとしてろ!」
ハチドリがその場で反転し青白いオーラで身を包み、小さい翼を羽ばたかせた。すると強力な衝撃波が放出され、恥骨を囲んでいる二体の黒装束が吹き飛ばされた。
黒装束たちは背後の壁に激突し、深々と全身がめりこんだが、恥骨も攻撃の余波を受けて背後に尻もちをつく。
「俺まで攻撃するとは何事じゃあ!? 報酬払いませーん!」
恥骨は助けてもらった礼も言わずに毒づいたが、その頃にはすでにハチドリはカッチの方へ向かっていた。
しかし、ビキニ女がハチドリに向かって手をかざすと、ハチドリの下方から小さい竜巻が発生する。ハチドリはくるくると回転し、蚊トンボのごとく床に墜落した。
「ハチドリ!」
「平気です」
ウィーナの心配をよそに、ハチドリはすぐ起き上がったが、飛び方がフラフラであり目が回っているようだ。
「貴様、何のつもりだ!」
ウィーナはビキニ女に向かって刃を向ける。話しながらでも、さりげなく自分の間合いを作ることを忘れない。
「……ウィーナ、お前が冥王様のお心を惑わした! みんなお前のせいだ! お前が来てから、あのお方は私達を疎んじた」
ビキニ女はなおもこちらに魔法を撃とうとしていた。
ウィーナに言わせれば、これほど肉薄した距離で剣の使い手に対して魔法の詠唱をするなど自殺行為である。
すぐに胴体を真っ二つにしようと剣を横に振るったが、ビキニ女はすんでのところで身を後ろに引いた。瀕死の身とはとても思えない反応速度。
真っ二つとはいかずとも深く敵の肉を切り裂いたのだが、呪文の詠唱を止める気配はなかった。細身の体で脅威の生命力。
「あはははは! みんな死んじゃえーっ!」
満面の笑みを浮かべたビキニ女が両腕を天に掲げると、彼女の周囲360度に炎の渦が放射された。ウィーナは全霊をもって回避しようとするが、体が言う事を聞かない。直撃したら死ぬという事実だけが頭を急速に
「ハァタッ!」
そのときショウリーが駆けつけ、ウィーナの正面に躍り出た。そして、紅蓮の炎の攻撃範囲から外れようとウィーナを抱え、廊下の隅に向かって跳躍する。
間一髪。
一瞬の出来事であった。
ウィーナはショウリーに守られていて無傷であったが、ショウリー自身はカンフー道着の背中に火を受け、燃え上がる。
一方、ショウリーが相手にしていた黒装束は、手傷を負っているようで炎を避けきれず消し炭になった。
カッチの元へ向かう途中だったハチドリも、範囲ぎりぎりで炎に巻かれた。恥骨やカッチは範囲から外れていたため炎は届かなかった。
「アッチャーッ!」
ショウリーは慌ててウィーナを床に放り投げ、燃える道着を脱ぎ捨てる。そして白いランニングシャツ一枚となりどうにか一命をとりとめた。
「ショウリー、すまない。助かった」
「ああもう、
炎を受けて全身火だるまのハチドリだが、何とそのまま燃えながらカッチの救援に向かった。
一方、壁際に追い詰められたカッチは緊急避難的に、右手首に仕込んだワイヤーを真上に向かって伸ばし天井に義手の
そしてワイヤーを収縮し、自分の小柄な体を持ち上げ天井にぶら下がった。
しかし、黒装束達は涼しげな顔をして体を真横にし、壁を走って天井のカッチに突撃する。
奴らは重力を完全に無視していた。摩訶不思議な連中である。
「あああああっ! うわあああ!」
その光景を見たカッチが甲高く絶叫し、左手の剣を黒装束の一体に投げ飛ばす。だが無情にも、いとも簡単に黒装束はその剣を打ち払ってしまう。
「武器なんて投げるな! 死にたいのか!」
ショウリーにビキニ女の牽制を指示しながら、ウィーナは顔を汗だくにして叫んだ。
その直後、ハチドリが口から先ほどの熱線を発射し、カッチに迫る敵の一体に命中させた。敵は熱線を腕を交差して防御したが、その拍子に床に落ちた。
そして、ハチドリは燃えながらもう一体の黒装束に体当たりをし、床に叩き落す。黒装束も燃え始め、絨毯に引火する。
「ハチドリ殿!」
カッチはすぐに天井から飛び降り剣を拾った。
「限界だ!
黒装束とハチドリは、仲良く床を転がって、体の炎を消している。
恥骨は手の空いている状態で、爪を立てて身構えているものの、自分から積極的に敵と戦おうとしていない。
カッチが無事でとりあえず安堵したウィーナは、すぐ正面に視線を戻した。
「アターッ!」
ウィーナを助ける際にヌンチャクを投げ捨てていたショウリーは、ビキニ女に向かって跳び蹴りを仕掛ける。
「邪魔! キモい!」
ビキニ女はハイヒールの靴でショウリーにハイキックを浴びせた。パワーの差か、ショウリーは後方に吹き飛び壁に叩きつけられる。
直後、ビキニ女は咳き込んで、床に血を吐いた。
その隙をウィーナは見逃さなかった。
ビキニ女の懐に飛び込み、肩口に斬りかかる。刃は彼女の肉に深々と食い込んだ。
「あっ、ああああっ! あぐぅ!」
女のかすれた悲鳴が血に混じって吐き出された。
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