第7話 複数対複数
見ると、前方に、十人程度の惨殺された血まみれの死体が散乱しているのだ。中には、手足がちぎれ、臓物をまき散らしているものまであった。
スライムが小声で「えーっちょっと何これー、肉体滅びてんじゃん。やばいよやばいよ」とつぶやいた。
「あれは?」
ウィーナは恥骨に尋ねた。
百戦錬磨のウィーナにとって、こんな死体など見慣れたものであったが、全て若い容姿の女性なのが気になった。
「……あれは冥王親衛隊だ。巨人が城に入ってきたときに、ここで奴と戦ったのだが全滅だ」
恥骨が顔をゆがめ、彼女達の死体を見回している。
「こいつらがあの強化部隊か。やられたのか」
肩のハチドリが感慨なさげに淡々と漏らした。
冥王親衛隊とは、完全に冥王アメリカーンの趣味によって結成された部隊である。冥王が冥界で見つけた自分好みの若い女を勧誘または拉致し、部下に命じ魔術や科学力を駆使した改造手術を施すのである。最先端の技術を駆使して作り上げた強化戦士達は、全く努力もせずに並外れた戦闘力が手に入り、歳もとらない美しい容姿の肉体になる。そして、冥王の側で働き一生の富と名誉が約束されるのだ。冥王の寵愛を特に受けているものなどは、すっかり愛人気取りで四天王などの側近に対しても尊大な態度をとったりする。そのため親衛隊は、冥王軍内ではすこぶる嫌われているという話であった。
冥界という場所は、時空を越えて他の世界の全ての死者が集まる世界である。
そして、生前高い能力を持っていた魂から様々な事柄を伝承するため、魔法や科学力の水準だけは他の世界と比べてやけに高いのだ。親衛隊はその優れた魔術や技術力の結晶とも言える。
それ自体はウィーナも結構だと思うのだが、問題は、冥王の個人的趣味による親衛隊に莫大な公費が費やされていることである。
「もし、冥王の誘いを断っていなかったら、私はこの死体の一人になっていたかもな」
ウィーナは自嘲を含んだ苦笑をして部下達の顔を眺めた。
ショウリーは酔っ払っているし、カッチは眼前の光景に笑うどころではないようだった。
「ご安心下さい。ウィーナ様はこの私が命に代えてもお守りします!」
カッチが気張った顔つきで金属製の義手を光らせ、拳をにぎった。ウィーナは事務的に、カッチに笑顔を見せてうなずいた。
ウィーナは天井の高い広々とした廊下を床の血溜まりを踏まないように、絨毯の上を歩いていった。
しばらくすると、周囲に何者かの気配を感じた。思わず足を止める。
「ウィーナ様、囲まれています。壁の奥、数は八人ばかり」
カッチが右目のセンサーを光らせ報告する。
「……そのようだな」
ウィーナは腰の鞘に手を伸ばす。
「ウアチャーアッ!」
ショウリーが酒を飲み、千鳥足でヌンチャクの素振りを始めた。
「しかし妙ですね。この反応、データにはありません。魔法生物の類のようですが」
カッチの右目に光る文字がいくつか浮かび上がった。おそらく敵は、例の巨人が放った刺客であろう。
「ウィーナ様、我々三人で道を空けますのでその隙にお逃げ下さい」
ハチドリが小声で言った。おそらくウィーナは足手まといだと思われている。
「そんな真似はできない。私は戦う」
過去、様々な戦場で敵の命を奪ってきた自分が、今更戦場で死ぬのを恐れることはできない。
それに、従者の足を引っ張るつもりもない。
「そうですか……そこだ!」
突然ハチドリがウィーナの肩から飛び立ち、小さな翼を羽ばたかせる。そして、左側の壁に向かって、口から真っ赤な熱線を放射した。
壁の手前の何もないはずの所で、熱線は何かにぶつかった。
それはゆっくりと人型を成していき、最後には剣を持ち、黒装束に身を包んだ人型のモンスターとなり、床にばったりと倒れた。
ウィーナは剣を抜き周りを見てみる。
すると、おなじ黒装束のモンスターが七体ほど音もなく左右の壁をすり抜けて現れた。顔全体を覆った覆面から、目だけが怪しげに光っている。
「よ、よーし、後はお前達に任せた。報酬がほしけりゃ、しっかり働けよ! さらばだ」
恥骨が後ろを向き翼を広げ、来た道を飛んで引き返した。
「あひぁえ、俺も任せた。こんなカス共俺が相手するまでもない、さらばだ! うわあああああぁっ」
スライムもぴょんぴょん跳ねながら、来た道を引き返しはじめた。
しかし、黒装束の二体が音もなく回り込んで、恥骨とスライムの前に立ち塞がった。
「くっそおおおおお!」
恥骨が敵に向かって太い腕を振り下ろし、敵も剣を振るって迎え撃つ。
「ひぇあああぁ、ぶるわあああっしゅ!」
スライムはドスを利かせた声で悲鳴を上げ、恐るべきスピードで黒装束の股下をヘッドスライディングで潜り抜け、そのまま床を滑走して逃走した。
そのため、相手のいなくなった黒装束がすぐ横の恥骨に襲い掛かった。
「おのれ! 冥王軍諜報部筆頭格であるこの恥骨様が、貴様ら如きに負けっこねー!」
既に、カッチとショウリーが一体ずつ相対し、激しい斬り合いを行っていた。
続けてウィーナも敵の内の一体に果敢に切り込んだ。
「はあっ!」
腹から掛け声を上げ横一線に剣を振るが、相手もそれに合わせてくる。
何合か打ち合ってみて、敵も相当な腕であることが分かった。
「気をつけろ! かなりの使い手だ!」
ウィーナが敵と距離を取り、他の連中に向かって呼びかけた。
直後、ウィーナの前方で二体同時に相手をしているハチドリがクチバシで敵の剣を白羽取りにし、そのまま剣を粉々に砕いた。
数秒後、背後から「うっぎゃああ!」という恥骨の悲鳴が聞こえたが、気にしている余裕がない。
ハチドリは高速で旋回し、武器を壊された黒装束の胸に突撃して風穴を開けた。黒装束は、胸の穴から煙を上げて倒れた。
「ハチドリ、恥骨を援護しろ!」
ウィーナは腕力を振り絞って敵と剣を重ねながら、ハチドリに呼びかけた。
「分かりました!」
ハチドリはウィーナを横切り、背後の恥骨の援護に向かう。
「アタタタタタターッ!」
ウィーナのすぐ右手で、ショウリーがヌンチャクを目にもとまらぬ速さで振り回し、黒装束に連撃を食らわせているのが視野の片隅でも分かった。
「ウィーナ様、孤立しました! 助けて下さい! ウィーナ様、助けて下さい!」
先ほどハチドリが戦っていた場所よりさらに奥へ行った所、玉座の間に近い位置でカッチが叫び声を上げた。
ハチドリが恥骨を助けるために目を離した黒装束が、カッチに向かっていったのである。
カッチは、右手の義手で一体の剣を受け止め、左手に持つ剣で、死に物狂いでもう一体を牽制している。
皮の鎧は胴体の部分が縦に切り裂かれ、彼の赤い血でにじんでいた。
「ああらぁぁっ! この野郎ーっ!」
そのしゃがれた声色でカッチの危険な状態が理解できる。
「カッチ、死ぬな!」
ウィーナは黒装束の攻撃をかわし、カッチに向かって叫ぶ。
「きえええええいっ!」
ウィーナは、敵の太刀筋を既に見切っていた。
敵の隙を誘い、一気に相手の胸を剣で貫く。
黒装束に肉感はなかった。無機質な手ごたえを味わいすぐに剣を引き抜くと、敵は煙を上げひざをついて倒れる。
ウィーナは敵の首筋に剣を深々と突き刺し止めを刺した。
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