第4話 大巨人の予感

「入れ」


 ドアがほんの少しだけ開き、狭い隙間からハチドリは入ってきた。そして、少しの距離を飛行して、テーブルの上に降り立った。


「報告します。依頼を受けていたウチの部下が悪霊の捕獲に成功したのでウィーナ様に鎮めてほしいと申しております。やりましたな! 私の隊ですよ」


 ハチドリは意気揚々と報告した。報酬が入るのがよほど嬉しいのだろう。


 しかし、このまま使者を帰したいウィーナにとっては、鎮めの力がまだ残っているということを知られるのはまずかった。


「分かった。もういい、下がれ。早く。ご苦労だった」


 ウィーナは目線も併用してハチドリを部屋から出るように促した。しかし、ハチドリは不思議そうな表情でクチバシを開いた。


「あれ、お気に召さなかったでしょうか? あれほど金がないと嘆いておられたではないですか」


「えっ? 霊魂を鎮めるって、ウィーナは力を失ったのではないのか?」


 案の定、使者は白目をさらに白くむいてハチドリの発言に食いついた。


「ああ、あんたは冥王の……。確かにウィーナ様は以前の強さを失われてしまったが、無念の死者を安らかな眠りにつかせることはできる。だから最近は我々部下達で依頼の大部分をまかなっているのだ」


「ハチドリ、空気を読め」


 ウィーナは眉間にしわを寄せておせっかいな小鳥をにらんだ。


「何だ、そうだったのか。それならきっといけるぞ。頼むウィーナ、何とかあの化け物を説得して眠らせてくれ! 頼む」


 時既に遅く、使者はそう言ってウィーナに向かって頭を下げた。こうされると断れなかった。


「報酬ははずむと言ったが、いくらだ?」


 ウィーナの心中を占める諦観が、顔をうつむけ額を手で覆わせた。


「100万払う! 約束しよう」


「えっ、100万!」


 卓上のハチドリが驚愕し、ウィーナと使者の顔を交互に見つめる。


「まずは契約書だ」


 ウィーナは立ち上がり、ベッドの脇の引き出しから契約書を取り出した。


 それから少しの間、冥王の城と巨人の様子を使者から聞いた。


 相手は、意味が分からない位に強いということであり、城の者達は慌てふためいており現場を包囲するので手一杯らしい。


 ウィーナは数人の部下を雑用に引き連れていくことにした。どうしても駄目なら逃げようと思っているので、そんなに雁首をそろえて行くことはないと判断したのだ。


 現在、ハチドリ以外の幹部クラスの従者は全員別件で出払っている。人選はハチドリの直属から適当に選ぶことにした。


「ハチドリ、詰め所に行き適当な者を二、三人連れて来い」


「分かりました」


 ハチドリはすぐに飛び立ち、先ほどの小さなドアの隙間から廊下へ出て行った。


 ウィーナは軽く化粧を直した後、とりあえず武装をし、黒光りする鎧兜の出で立ちで、使者の待つ玄関先にやってきた。


 すると、既にハチドリが二人の従者を引き連れて待っていた。


 ハチドリが連れてきたうちの一人は、カンフー胴着を着ており酒の入ったヒョウタンとヌンチャクを携えた男、ショウリーである。ベルトのように太い眉毛に尖ったあごという、いかつい顔をしている。そのくせ髪型はおかっぱ頭であり激しく似合っていない。


 もう一人はキツネ型の小柄な獣人、カッチである。今日はラバー製の軽鎧に身を包んでいた。最大の特徴は顔の右半分と右腕が欠けており、銀色の金属、つまり義眼や義手で補っている点である。


 彼らは二人とも、ウィーナの前で姿勢よく直立した。


「この者達でよろしいでしょうか?」


 ハチドリは定位置であるウィーナの肩に舞い降りた。


 ウィーナは「うん」とうなずいてみせて、腹から声を張り上げた。


「ハチドリ、ショウリー、カッチ。今回の依頼は戦闘ではない。冥王を人質にとって城に立てこもる謎の巨人の説得である。敵の要求は自分を現世に戻すことであることから、怨霊の類と見て間違いあるまい。もし敵を説得できないようなら不意打ちでも騙し討ちでも用いて、何とか私の結界に封じるという形をとりたい。要は私が魂に接触すればいいわけだ。言っておくが今回の仕事、報酬は100万Gギールドだ。それで間違いないな……えー、名は何と言う?」


 ウィーナはじれったさそうに体をゆすっている使者の方を向き、問いかけた。


「え、ああ、俺のことはコードネームで呼んでくれ。『恥骨』だ。諜報部に所属している」


「それでは恥骨、金はちゃんと払うのだろうな?」


「ああ、間違いない。俺の言葉は冥王の言葉だ。って言うか、さっき契約書作ったろ」


 正面に立つカッチが上目遣いで恥骨をちらっと見た。ショウリーは口を真一文字に結んで固く突っ立っている。


「ならいいのだ。……聞いたか? 100万Gギールドだ。これだけ入れば契約反故の賠償金も完済できる。お前達の給金に困ることはない。無事依頼を達成できるかどうかはお前達の働きにかかっている。頼りにしているぞ」


 ウィーナが言い終わると、カッチが笑みを漏らして声を上げた。


「お任せ下さい。必ずやウィーナ様のご期待に応えてみせます」


「フゥー……ウアチャァァーッ!」


 ショウリーも拳を握り締め、興奮した語調で叫び声を発した。


「そんなことより早く行ってくれ! 今だって冥王様がどうなってるか知れんのだ!」


 あまり恥骨がせかすものだから、ウィーナは早々に冥王の居城へ向かうことにした。


 冥王の城まで空を飛んでいくため、ショウリーはウィーナが、カッチは恥骨が背負っていくことになった。


 屋敷の玄関前にて、恥骨はカッチ背中にのせ、紫色のたくましい翼を広げて冥界の空へさっさと飛び出した。

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