第12話 オニキスの指輪

サブタイトル: オニキスの指輪






地平線が明るくなっていく。


朝の爽やかな風が身体を撫でる。


鐘楼の天辺からの眺めは大変見晴らしが良い。


ああ、またこの夢だ。


爽快なはずのこの場所で、私は胸にしこりのようなものを感じた。


東の空に朝日が顔をのぞかせはじめる。


日の出だ。


だが不意に光が陰る。


それは人が遮ったからだ。


まただ。またこいつだ。


鐘の影から現れたのは、喪服を着た黒のヴェールの女。朱紅を差した唇へ意識が向かってしまい、顔の判別がつかない。


くるな!近寄るな!


私の叫びも空しく、喪服の女は一歩一歩近寄る。


そしてゆっくりと右腕が上がり、その手の甲へ口づけをせよと言わんばかりに迫り来る。


今度はその指にはめられた、一粒の黒い石のついた指輪から目が離れない。


手が前に差し出され、私が身動きできないでいると……


その指は私の胸を“トン”と突き───


私は鐘楼から宙に投げ出された。


悲鳴を上げる間もなく、視界はグルグルと回転し、私の身体は地面に激突し、跳ね上がる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


「公爵様!」


寝室の扉が音をたてて開き、私はベッドの上で、汗びっしょりになって飛び起きた。


私は連夜、娘が見たという同じ夢を見続けている。




「これだけ長いと巻き上げるのも大変ね」


「失くしてしまっては一大事ですから。それより鐘楼の昇り降りはご負担では?」


「体力回復への丁度いい運動よ。運動向きの服装ではないけれどもね」


喪服のスカートをつまみながら返事をする。


「では帰りましょう」


「十日もやっていると朝が辛いわ。そろそろ代役を立てましょう」


私は降りしなに、スカートの裾を踏まないよう足元に注意を払った。






「陛下、お召しにより参上いたしました」


隣では侯爵が頭を垂れている。


案内された部屋にて二人で待機していると、さほど待たずに陛下が参られた。第二側妃を伴い、揃ってソファに座られる。


促されるまま、我々も着席すると、新しいお茶が供される。


「お前たち、ひどい顔をしているぞ。大丈夫か」


陛下に指摘されても仕方ないほど、我々二人の顔はやつれ具合が酷い。


「陛下のお召しとあらば、これしきどうという事は」


前置きもそこそこに陛下は口を開くが───


「早速だが……うむ……実は……」


「……私から申しましょうか」


「いや、我から言わねばならん……」


言い淀んだ陛下に第二側妃が気を遣う。いつもならば余計な口を挟むなと叱責するのだが、如何せん咄嗟に力が湧きおこらない。


「お前たちの娘、正妃と第一側妃が天に召された。正妃は今朝方、奇しくも外で療養中の第一側妃の訃報も今朝届いた。どちらも侍女が確認した時には脈も止まっており、苦しんだ様子も無かった事が救いかもしれん」


隣の侯爵の力が抜け、ソファに沈み込むのが分かる。


「だが娘たちがいる。年頃になったら婿も探さねばならん。それに息子も生まれた・・・・・・・。我は絶対にこの子たち・・・・・を守る。そなたたちも力を貸すように。よいな?」


陛下の力強い言葉に、隣の第二側妃もハンカチで目頭を押さえている。


「かしこまりました。近衛の方たちもいらっしゃいますが、わたくしは勿論、第三師団の力が必要な時は遠慮なくお申し付けくださいませ」


そのハンカチを持つ右手には、妃には相応しくない黒い宝石のついた指輪。


指輪……


黒い石の指輪!


突如、指輪をはめた女の夢がフラッシュバックする。


まさかあの夢は、この女が見せたものだというのか!?だとしたら、死んだ娘が悩まされた夢もこの女が?


いや、そもそもどうやって?そんな魔法も魔術も聞いたことがない。


いや、知らないだけであって、この女が行使できるとしたら?


いや、いや、いや……


考えが堂々巡りをしていく。


「どうした?本当に具合が悪そうだぞ」


向かいの陛下が心配そうにのぞき込んでいる。


「あ、いや、ご心配かけて申し訳ございません。少し休んだ方が良いのかもしれませんな。それよりも陛下の御子たちの事、我々もお守り致すべく合力いたしましょう」


立ち上がり胸に手を当てお辞儀をすると、隣でもそれに倣うことが分かる。


「それでは我々は失礼させていただきます。娘の葬儀の事もございますれば……」


「お悔やみ申し上げます」


口では悼んでいるが、第二側妃の所作は違う。


手を身体の前で組んではいるが、右手を左手で隠してはいない。


逆に左手を隠し、右手の指輪を見せつけているようだ。


まさか、と顔を見ると、そこに表情は無いが爛々と輝く瞳があった。


まさに魔女。我々は魔女を本気にさせてしまったのか。なんとか対抗するすべは……


いや、探している間に先んじられでもしたら、なすすべもなく我々は……


「本当に大丈夫ですか?」


魔女が心配そうに右手を差し伸べてくる。


「だっ、大丈夫です。それよりも、御子っ、お、王子には元気に大きく育って欲しいですな」


「さっ、左様ですな、私も協力を惜しみませんぞ」


侯爵も取ってつけたように追従してくる。この様子だと、こやつも何かやられたか。


「で、では失礼します」


我々は陛下に失礼にならない早足はやあしで退出した。






★☆★☆






~とある歴史学者の手記~


グレデュート王国ザカリア一世。


妃を三人迎え、子宝に恵まれはしたものの、男児には恵まれなかった。


第二側妃ヴァレリアの第一子でようやく男児に恵まれたが、その男児も十才の時落馬による事故で死亡。


やむにやまれず、宮廷内で女王制が進言されると、否応なく採択される。


程なくして正妃■■■(黒塗りされて不明)の第一王女が女王即位に内定。王配として、公爵家の遠縁の従兄弟にあたる男子と結婚。


内定は出ていたものの、男児が生まれれば継承順位はそちらが上になる為、比較的若い第一側妃■■■はもとより正妃■■■の熱意は相当なものだったようだ。


対して第二側妃ヴァレリアは冷めたもので、元々第三師団魔導師部隊に在籍していたこともあり、子育ての傍ら魔法の研究に余念がなかったと記録がある。


ザカリア一世との関係も皆無で、性交渉も隣国との戦争時、一回のお手付きで妊娠・男児出産だった。また、二人の妃の嫉妬の目をそらすため、ザカリア一世はあえて疎遠にしていた説もある。


その当時、ザカリア一世と第二側妃ヴァレリアが公式の場所で同席した記録も無ければ、現存している私的な催し物(お茶会・舞踏会など)の招待状リストにも名前は上っていない。




変化があったのは第一王子の事故死後、正妃■■■と第一側妃■■■の病気療養の頃からだ。


第二側妃ヴァレリアは元上司による再三の復帰要請についに折れ、第三師団魔導師部隊へ復帰。


数々の功績をあげ、遂には魔導師部隊の第一席まで昇進する。


元々身分の低い者の配属先が第三師団であり、実力を具えていてもそれは変わらない。


そして第一師団・第二師団から、便利に使われていたのが第三師団である。


詳細は明らかにされていないが、彼女が第一・第二師団の高位者へ実力を示した事が、第三師団台頭の切掛けともいわれている。


詳細が残っていないのも、彼らにしてみれば屈辱であった為、片端から記録を削除した結果である。




彼女の功績の最たるものが、魔導ゴーレムの開発だ。


魔導ゴーレムは防衛線にて最大の威力を発揮したが、遠征では搭乗者の精神状態の安定が困難だったため、思ったように結果に現れていない。


ともあれ魔導ゴーレムが配置された国境線の砦は、一度たりとも破られていないが、ゴーレムも無敵を誇っていたわけではなく、何度か鹵獲されている。


だが彼女のゴーレムが優れていた点の一つに、何度鹵獲されても敵側はその制御核の解析には至らなかったことだ。


魔導ゴーレムの機体性能は日々向上していたが、八十年近く制御核には手を加えられていない(というより加えられなかった)ことから、初期性能の高さが窺い知れる。


詳しくは図書館でも行って、ゴーレム概論を参照されたし。




グレデュート王国の国内情勢が明るくなり始めた切掛けは、第二王子クリフォードの誕生である。


それを前後して、病気療養中の二人の妃は表舞台から姿を消し、ザカリア一世の隣に第二側妃ヴァレリアの寄り添う姿が記録に残っている事から、実は二人は互いに想い合っていたという説もある。


ともあれ二人の妃、妃の親である貴族による権力闘争は、この頃に治まったと言えよう。事実二人の妃が、療養の甲斐空しく亡くなった後から、闘争の記録がなされていない。


また、正妃■■■と第一側妃■■■の死亡時期がほぼ同一の為、陰謀論が囁かれているが、何れも偶然であろう。




ザカリア一世はなかなか退位しなかったが、王女夫妻による政務の代行は少しずつ増え始める。だが女王即位が囁かれる所へ、王女は懐妊を発表。


出産の為、王女の即位は延期となった。


しかしお腹の目立つ前での即位や式典が可能な中、それを行わなかったところを見ると、王女は自らが即位する気がなかったと説を唱える者もいる。


そして彼女が生んだのは女児。


先に生まれた第二王子クリフォードとは幼馴染として育てられ、親たちははじめからそのつもり・・・・・だったと思われる。


当然の様に二人は婚約。紆余曲折はあったが、周囲からの援護もあり、無事結婚となった。


その後も内憂は嫁側の両親が、外患は婿側の両親が万難を排して事に当たった。


詳しくはその辺の歴史書を参照されたし。




第二王子クリフォードは結婚と同時に王位を継承。


王位を譲ったザカリア一世はヴァレリア妃と共に引退。終の棲家は、ザカリア一世が彼女に与えた郊外の邸宅であった。


ちなみにクリフォード王子誕生の辺りから、正妃・側妃の言い回しは廃され、単純に“妃”と表されている。


所領も特に得ず元国王というより裕福な隠居生活ともとれ、警備上の問題も指摘されたが逆に黒杖の魔女ヴァレリアの邸宅の周囲は治安が良いと評判であった。


ともあれザカリア一世の晩年は、ヴァレリア妃にも看取られ、大変穏やかなものであった。


ヴァレリア妃の晩年は、その代名詞と言われた黒魔杖を肌身離さず持ち歩き、死の直前まで傍らに置いたという。


黒杖の魔女は生涯弟子を取ることは無く、第三師団の共同の研究室は開かれていたが、邸宅にある彼女個人の研究室へは、誰にも足を踏み入らせはしなかった。


彼女の死後、師団のたっての希望もあり、その扉が開かれようとしたが、それは叶わなかった。


地下の研究室の扉の鍵は開かず、木製の扉は勿論、四方の壁は言うに及ばず、床・天井などあらゆる攻撃を跳ね返すのだ。


つまり彼女が防犯の為にかけた魔法は、彼女の死後も鉄壁の守りを発揮したのだった。


その効果が消えるのも、十年後とも百年後ともいわれ、つまりは何時消えるか誰にも分からず、彼女の遺産として残ったのは、死の直前まで手元に置いた黒魔杖とオニキスが一つついた指輪のみであった。


そして郊外の邸宅は今も存在するが住人は居らず、国の厳重な管理下に置かれている。






★☆★☆






私は現在宝物庫に佇んでいる。


それなりに長い時間だ。


思索するのに邪魔が入らなくて丁度良いし、気が向いたら意識を飛ばして散策したりもする。


けれども思索に夢中になっていたら十年近くたっており、見知った新婚夫婦にいい歳の子供が出来ていたりしていた。


ああ、知性を持つ魔道具インテリジェンスアイテムとなって、何年過ぎたのだろう。


その正体は人の魂が入った杖なのですがね。


愛用の杖をひたすら改造し、死の間際にぶっつけ本番で魔法を発動したのだ。


今際の際で長々と詠唱なんか出来ないと考え、合言葉コマンドワード一つで発動できるようにしたら上手くいった。


しかし、道具は使ってこそ価値があるのに、後生大事に飾られても……。そろそろ退屈だわ。


───あら?


扉が開いたわ。


ランプの灯りがあっちへウロウロこっちへウロウロ。


そうしているうちに、こちらにやって来る。


「あった!」


灯りが私を照らし、ランプの持ち主も照らした。


「これが“黒魔杖”……」


大人、とは言えない幼い声。照らされたその姿は女の子だった。胸のふくらみからすると子供という訳ではないらしい。


「これさえあれば、すごい魔法が───」


『それはどうかしらね』


「ひぃっ!だ、だれっ?」


『誰ってご挨拶ね。目の前にいるでしょ』


「え、え?黒魔杖?しゃべった?」


目の前の少女は驚いてばかりで会話にならない。よく見れば性別こそ違えど、顔立ちどころか、髪の色や目の色もあの子を彷彿とさせる。


『あなた、ここの子?』


「ここの子って……確かに王宮ここの子と聞かれればそうだけれど、うん。一応第八王女だし……ってぇ、しゃべるって聞いていないンだけど」


『ほぅ。それで何か探しているのかしら』


少女は逡巡したが、すぐに決心して問い掛けて来る。


「ねぇ。あ、あなたを持てば、魔法、上手くなる?!」


その言葉になんとなく事情が察せられた。


『あなた次第ね。使いこなしてこその道具よ』


「そんなぁ~」


少女は情けない声を出してへたり込む。


『それに私を携えていたら不審に思われるのではなくて?少なくとも道具頼りと見られるのは間違いないと思うわ』


「あっ、あぁ~」


髪をかきむしる少し抜けている少女。


暇つぶしには丁度よいかもしれない。それに黒魔杖わたしを携帯しなくとも、指輪をはめていれば意思疎通は出来る。


『一つ提案があるのだけれども───』


ポカンと見上げてくる少女に、私は代替案を提示する。たまには外の様子を見てみよう。ついでに彼女へ魔法を教えてやるのだ。


『どうかしら?』


「──────!」


そして彼女は元気よく返事をした。






最愛の一人息子が殺された。復讐は成ったみたいだが心の平穏はどこだろう。 (了)




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最愛の一人息子が殺された。復讐は成ったみたいだが心の平穏はどこだろう ウィニィ @wingard

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