第5話 なら、天才たちは
軽音部との打ち合わせはすぐに終わった。
最初に演劇部とのとりなしをやったからだろう、それなりに好意的な印象からスタートしていた。
「そういうことなんて、ステージ上では当日、シールド類の配置に気を使ってください。多分皆さんライブハウスでの演奏経験があると思うんですけど、あのレベルは期待しないように……」
事前チェックをする間もなく現場に駆り出されてしまったので、あくまで場当たり的なアドバイスしかできないのが申し訳ないな。
やるからには全体の進行表とか確認したり、前後の部活の舞台配置図とかもらって、もっと芯を食ったことを言いたいんだけど。
そう思いながら注意事項・指摘点の伝達を終えると、軽音部の皆さんはなんかぽかんとした顔でこちらを見ていた。
「……えっと、どうかしたのか」
「ユイって音楽やってた?」
間髪入れずに尋ねてきたのは、他でもない涼香だった。
「ステージ配置の話とか、ライブに関わってた人なら分かるとこ多かったし。ていうか……やったことある人だから見れるとこ見てたよね」
「……ちゃんと考えれば、分かるところだと思うよ」
探るような視線を向けられ、思わず顔を背ける。
嘘は言っていない。こういうのに経験者が重宝されるのは、『物事を考える』という手順を既に踏んでいるからだ。経験を積んだという言葉の裏には、多くの試行や、結果の確認、過程のすり合わせが含まれている。
だから正直なところ、未経験者が経験者も驚くような発想をすることなんてほとんどフィクションだが、未経験者が経験者並みのパフォーマンスを発揮してしまうことはある。それは物事を捉える感覚が異様に鋭いからこそ成立する、単なるショートカットなのだ。
「ふーん……そう……」
だが涼香の視線は、何かしらの納得を得た様子だった。
あっ。
こいつって声でほんとかウソか見抜けるんだっけ。
「……ステージ上で演奏したことがある、とかではないけど。舞台関係で少し運営に携わったことがある」
「あっそうなんだ。やっぱり経験あるんじゃん! なんで嘘つくの」
「悪かったって。こう……みんなすごいから、そんな場所で俺も経験者ですって言えるほどじゃなかったんだって」
「むー、それなら仕方ないけど」
うすうす気づいてはいたが、こいつもう慣れてるとか言いながら人に嘘つかれるの相当嫌がってるな。
これから先はもう少し真摯な態度を心がけよう。何を隠そう、真摯な態度を見せることに関して俺は一流だ。……この発言はもう真摯さからほど遠い気がするけど。
「じゃあ、あたしちょっと抜けるね。あと話すことあったらみんなに伝えといて」
「はいよ」
さすがに部員たちと一緒にいる間は、肩肘張らなきゃいけないし疲れるんだろう。
彼女は後の細かい調整などは俺たちに任せ、どこかしらへ休みに行った。
「……えっと、御浪くんだっけ」
「あ、はい」
残された部員が、おずおずと俺に話しかけてきた。
「ごめん、今まで知らなかったんだけど……涼香さんと付き合ってたりするの?」
「えっ?」
さすがに素で声が出た。
いやいや、いやいやいやいやいや。
何をどうしたらそうなるんだよ。
「確かにな。天原さんがあんなに仲良さそうにしてるの初めて見たし」
「……あいつ、仲良い人いなかったりするんですか?」
俺の質問に、部員たちは顔を見合わせて考え込み始めてしまった。
「や、仲良く……ってなるとな」
「仲良くしてくれてる、とは思うけど、それと仲が良いは別っていうか」
「俺たちも気後れしちゃうところはどうしてもあるからなあ」
発言者の顔を発言内容を即座に記憶しつつ、頷く。
どうやら涼香の自己分析は、それなりの精度があったらしい。
あいつはあいつでやっぱり大変なんだな。
「別に付き合ってるわけじゃないけど。話しにくいこととかあったら俺に言ってくれると嬉しい。胸の奥に抱えて墓までもっていくよ」
「そこは窓口になってくれるとかじゃないんだね!?」
サポート対象外だな。
◆◆◆
講堂裏。
唯たちが詳細を詰めているころ、涼香は一人で座り込み、息を吐いていた。
「お疲れ様です、天原さん」
「あ、地宮会長」
声をかけられ顔を上げれば、そこには学園の支配者がいた。
確かステージリハの最中に、そっと席を立っていなくなっていったはずだ。
「何か御用ですか?」
「ちょっと顔を見に来ただけよ。あとは……ユイ君の調子はどうかなって」
「?」
涼香はその発言に首を傾げた。
唯は生徒会のメンバーとして派遣されていた。会長が気にするとしたら逆だ。つまり唯の方に、涼香の調子はどうかと聞かなければ道理が通らない。
「何か気になったことはあるかしら」
「……」
地面を見つめ、涼香は数秒言葉を探した。
「なんか分かったかも……しれ、ません」
「と、いうと?」
「ユイって、あたしに遠慮しないのがいいとか思ってた。でも……ほかの人は、遠慮したり、ビビったりしてる。だけどユイは、遠慮はしてないけど、ビビってはいる、と思います」
「うん。正しい答えね」
灯子は腕を組むと、座り込んだままの涼香の隣に立ち、壁に背を預けた。
「会長は何か、あたしにしてほしいことがあるってことですか」
「そうよ。ユイ君にはもちろん、この歓迎行事を成功させるために頑張ってほしい。けれどあなたには、そのユイ君の頑張りをきちんと見ててあげてほしいの」
その言葉を聞いて、涼香は首を横に振った。
「あたし、そういうのは……ちょっと自信ないですよ」
「大丈夫よ。やれる範囲でいいから」
それだけ言って、学園の支配者はその場を立ち去って行った。
涼香は座り込んだまま、ポケットからスマホを取り出す。
『御浪唯:打ち合わせ終わった。もうみんな帰る感じだけど、どうする?』
唯からのメッセージが届いていた。
少し息を吸って、涼香は返信を打ち込む。
『天原涼香:帰り道、ちょっとデートしない?』
講堂の内側から「フライデーされてしまう!!」という絶叫が響いて、涼香は吹き出しそうになった。
リサイクル系男子にとって天才たちの愛は重すぎる 佐遊樹 @yukari345
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