第4話 歌姫の才能
転換のレクチャーが終わり、ステージ上には軽音部のメンバーがそろっていた。
「あら、やっとリハ始まるの?」
「うわっびっくりした」
客席に座って様子を見守っていると、後ろから突然声をかけられた。
振り向けば、俺がこんな目にあっている原因の灯子さんがいた。
「時間的にはもう始まって少しぐらいたってないとおかしいけれど、何かあったのかしら」
リハとはいえ客席の電気は落ちている。それでも輝くほどの美貌。ステージのスポットライトが、無理に彼女に吸い寄せられているのかと錯覚しそうになる。
「あ、いえ……転換でちょっと、演劇部に手伝ってもらってたというか」
「ふうん? 早速一仕事してくれたみたいじゃない」
灯子さんの視線の先には、マイクスタンドの位置を調整している涼香の姿があった。
「偶然、演劇部にも軽音部にも知り合いがいたんで。とりなしがすんなりいったのは向こうの機嫌が大きかったとは思うんですけど……」
「ああ、そうじゃないわ。天原ちゃんのことよ」
えっ何? 見てたの?
「見ればわかるわよ。少し身にまとう空気が変わってるわ。あの子、気負いがちだったから、そこをなんとかしてほしかったのよね」
「…………」
話を聞いて、俺は半眼になって灯子さんを見やる。
「あの、ぶっちゃけ思うんですけど」
「何かしら」
「メンタルケアというか……フォローしてあげるのって。灯子さんの方がうまいんじゃないですか。そういうの得意でしょう?」
「なんとなく嫌味を感じるわね……否定はしないわ。求められている言葉を与え、埋めたい空白を埋めることなんてお茶の子さいさいよ」
迷いない断言だった。
ならますます不思議になる。俺を指名する道理がない。
「……不服そうな表情ね。だけど指示を撤回するつもりはないわよ。事実として、私じゃこの仕事はできないの。相性みたいなところの問題があるのよ」
「ゲームみたいな話ですね」
「天才性のバフをお互いに打ち消し合ってしまうというか、同じユニットに組み込むならシナジーがあるけど、独立して二つ運用しようとするとかみ合わないのよね、私とああいう子って」
「ゲームみたいな話ですね!?」
この世界がゲームだと俺だけが知らないってマジ? みんなHP表記とか見えてるのズルすぎるだろ……
「ただ言えるとするなら、そもそも私たちは多分、単独行動するしかない存在なのよ」
「……天才ゆえの孤立。いや、孤高の存在ってことですか。生徒会を束ねる人の発言とは思えませんが」
「あら、もしかして連帯してるように見えたかしら」
さらっと怖いこと言うなこの人。
照明が落ちていき、ステージ上に絞られる。どうやらチューニングなどもろもろが終わったらしい。
スピーカーからキィィンと張りつめた音が響いた。
一曲試しに通してみるとか言ってたな。涼香がこちらに手を振っている。
「よろしくどうぞー」
俺は両手で大丸をつくった。
涼香が笑顔で頷き、マイクに手を添える。
演奏するのは彼女の代表曲。イントロはボーカルの歌い出しだから、楽器より先に歌声が響く。
すうと息を吸う音が聞こえて。
────空気の色が、一瞬で切り替わった。
知っている。鳥肌の立つ両腕で、腕を組むみたいにして自分を抱きしめた。
この、発動しただけで世界を自分のものにしてしまう能力を、俺は知っている。
『星空の下 例えば光が 涙だとして』
ここに新入生が並んでいれば、きっとそれはわかりやすかっただろう。
今はあくまでリハーサル。関係者しかいない。関係者たちの視線をくぎ付けにしたところで、それはチェックなどのためかもしれない。
だが断言できる。講堂を満員にしていたとしたら、この場にいた誰もが、呼吸すら忘れて聞き入っていただろう。
「顔色が悪いわよ」
「……そうですか」
「天原涼香の歌声を聞いて青ざめるなんて、あなたぐらいでしょうね」
灯子さんはそう言って、ステージに視線を向けた。
この曲は動画サイトの自動再生を流していた時に聞いたことがある。何百万と再生されていたはずだ。
それを生歌で聞けるというのは、多分、とてもうれしく素晴らしいことのはずだ。
「最初はボーカルだけど、途中からリードギターも担当しつつ……って、セットリストは見たかしら。正直笑っちゃうわよ、オリコンチャートみたいになっていたもの」
「……そうすか」
当然ながら、サポートメンバーを務めるバックバンドも超一流。さらに曲によっては学内のダンス部精鋭がバックダンサーとして踊るときた。
「分野が違うのを一概に比較はできなきけれど、この目で見て確信できたわ」
誰もが作業を忘れて、涼香の歌声に聞きほれている中。
会長は俺の隣の席にもたれかかって静かに口を開く。
「部活動紹介に限っては……いいえ。新入生歓迎行事最大の目玉は、天原涼香が率いる軽音部のライブよ。必ずこれは成功させなくちゃいけない」
「そのために、頑張れって話ですか」
「話が早いじゃない」
フフンと胸を張り、灯子さんは俺にウィンクした。
「よろしくね。頼りにしてるわよ」
「……頼りがいがあるとは思いませんが、まあ求められたからには頑張ります」
サビに入ろうかというタイミングで、灯子さんは踵を返して講堂出入り口に向かっていった。
◆◆◆
「どーだった?」
「すごかったよ」
リハを一通り終えて、涼香は真っ先に俺のもとへやってきた。
まずは部員たちと問題なかったかの確認をしろよ、と言いそうになったが……全員満足そうな表情で後片付けを始めている。
時間的にも、軽音部の次の部活がステージリハを始める頃合いだった。
「当日、うまくいくかな」
「……部活動紹介に関しては心配してない。どの部活にも注目するべき存在がいる。そいつらが順当に実力を発揮すれば、一年生は喜ぶさ」
嘘偽りない、純粋な感想だった。
だが涼香はお気に召さなかったらしく、むうと頬を膨らませている。
……ほんと、クールでストイックってなんだよ。大嘘もいいとこじゃないか。いやストイックさに関しては多分そうなんだろうけれども。クールってなんだよ。どっちかっていうとキュートじゃねえか。灯子さんがクールだよ。パッションは誰だ。まさか俺か?
「全体的な話じゃなくってさ」
「ああ、悪かった。涼香は……緊張とかするのか」
「そりゃするよ。超する」
ペットボトルのミネラルウォーターを口に含みながら、彼女はごく自然に言い切った。そうか。緊張するのか。知ってはいたが、天才も緊張ぐらいするというのは、やはり現実味がない。
「当日もちゃんと見ててね?」
「ああ。いや……そりゃ出向だからな。好きにこき使ってくれ」
「ちゃんと、聞いててよね」
「もしかしたら無線つけて裏方やるかもしれないけど……まあ大丈夫だとは思う」
さっきからなんだ?
束縛系彼女かよ。と思って、顔を伏せて苦笑する。
どんな思い上がりだよ。
「ねーちょっと。笑いどこじゃないんだけど?」
「ん、悪い悪い。当日は楽しみにしておくよ」
何はともあれ、リハは一段落だ。
念の為他の部員たちに声をかけて意思疎通を図っておこう。流石に涼香が窓口になるのはおかしいしな。
そう思って俺は涼香にことわってから、撤収をほぼ終えた部員たちのもとへ歩き出す。
「じゃあまた後で、リハの不備とか指摘点とか話しに行く。ひとまずはお疲れ様」
「むー……ちゃんと見ててよ?
あたしそういうの、本当に分かっちゃうんだからね?」
そんな言葉が、聞こえた気がした。
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