第3話 歌姫の苦手分野
というわけで就職した。
いや待て、これを就職と呼ぶなら一般生徒は無職ということになってしまう。流石にそれはどうなんだ。部活も就職カウントしていいのか? それは帰宅部に対する差別が激しすぎる気がする。あっでも帰宅部の生徒に先生が何か部活に入らないかって勧誘するのって実はあれハロワだったりしたのか。筋が通ってしまったな……
かなりどうでもいいことを考えながら、俺は講堂のドアを開けた。
スマホに送られてきた講堂使用予定表を見た感じ、そろそろステージリハで演劇部と軽音部が交代する時間だ。
「ん?」
ステージには何人かの生徒たちが並んでいる。並んでいるというか……なんか……揉めてる?
座席の間を抜けて駆け寄ると、中央を線として、何やら二つのグループが向かい合っている構図だと分かった。
「で、なんでどいてくれないわけ? もう時間だけど」
「随分な言いぐさだな。そっちがまだ準備終わってなさそうだから、オレたちが余った時間を有効活用してるだけだが?」
中央でメンチを切り合っているのは、涼香と演劇部のエースだ。
両者の間で火花が散り、取り巻き同士もにらみ合っている。ストリートギャングの抗争っぽいな。言ってる場合か!
「でもそっちがどいてくれないと運び込めない機材とかあるの。言わなきゃ分かんない? 邪魔」
「そうかな? オレはそうは思わない。準備終わってからちゃんと人数揃えて、効率よく作業を配分すれば、機材を先に運び込まなくても入れ替えは終わる。むしろ本番を想定するならそっちでやるべきだろ?」
「…………」
涼香が黙って、視線を鋭くした。
明らかに演劇部側の言い分は詭弁だが、もっともらしい言葉選びと、何よりステージ上なのが良くなかった。
彼ら彼女らは、舞台の上に立って人をだます専門家だ。流石に分が悪い。
「ストップストップ。ステージ上で揉めるのはやめてもらえるか」
ステージには上がることなく、客席の最前列から声をかける。
十数名揃っていた軽音部と演劇部が、一斉にこちらを見た。
「ユイ!」
「ユイ!? ……フッ、お前が割って入るとは意外だな」
両グループの代表が俺の名を呼んで、他の生徒らは誰こいつみたいな目を向けてきた。俺もそう思うよ。劉備、曹操、その辺の農民って感じだもんな。
「入れ替え時間は順守してくれ。直後の部活が遅れてるから勝手に使ってもいいっていうのは子供の理屈だぞ」
「手厳しいな……って、おいおい」
苦笑しながら俺に顔を向け、それから演劇部のエースは目を丸くした。
視線の先にあったのは、腕につけた生徒会の腕章だ。
「お前、生徒会って……大丈夫か?」
「頼りないって意味なら同意しとく。でも俺は肉の盾にならなれるから大丈夫だ」
「それ死体でもこなせるんじゃないか?」
痛いとこを突かれたな。
ぱんぱんと手を叩いて、俺はそそくさとまとめに入る。
「演劇部は暗転してる間に大道具小道具の入れ替えもやってるから、そのあたりのノウハウがあるだろ? むしろ軽音部にその辺を教えてあげてほしいんだ」
「ふーむ……ま、理にかなってるか。じゃあそう言う感じにしよう」
エースが後ろの部員たちに目配せした。
「いいのか?」
「ユイの頼みは断れねえ」
余計なこと言うな! なんか部員たちの視線が『もしかしてすごいやつなのか……?』『追放されたけどすごいスキル持ってた……?』みたいになってるだろうが。マジでこちとらチート持ってない側なんだよやめろ。
「じゃあそういう感じでいいか。ついでにさっきはぶしつけな物言いをして悪かった。水に流してくれると嬉しい」
「……まあ。協力してくれるなら、いいよ。こっちも悪かったわね」
代表同士も話をまとめたようだ。
生徒会ってこんな感じでいいのか? 手探りだから自信ないんだが。
いやまあ、違うか。灯子さんは俺の能力を評価したわけじゃないって言ってた。そりゃそうだ、パラメータを比較するならこの二人を比べると俺なんてゴミ以下だし。
つまりは他にやることがあるんだろう。
例えば、場の流れが丸く収まりそうだから、とりあえず言いたいことをぐっと腹の底に抑えている、天才ボーカリストのアフターケアとか。
◆◆◆
「悪かったスね、さっきは急に出しゃばっちゃって」
リハ時間の前半を少し割いて、演劇部の部員たちが、軽音部の実際に演奏はしないサポーターたちに舞台上での機材設置についてレクチャーしていた。
それを観客席に座って眺めている涼香に、俺は横の席に座って声をかけた。
「……話し方。なんかかしこまってるけど」
「あー……悪い。気分の問題っていうか」
「そ」
不機嫌そうではない。
他人にいら立ってるというよりは、感情の処理が追いついていない感じだ。
「あいつも悪い奴じゃないんだ。ちょっと……性格に難があって……かなり人を選んで……でも才能で黙らせたり陶酔させたりしてるだけで……」
「もしかしてフォローしようとした? 着地点ズレすぎてこの上ないネガキャンになってるわよ」
ちょっと俺には難しかった。
舞台上で軽音部の機材が手際よく並べられていくのを、しばし黙って見つめる。
「……てゆーか、あの人の、あの話し方何?」
「あー、多分新入生歓迎行事で演る役のデモンストレーションだろうな。あいつそういうとこあるというか、ステージ降りてもわざと引きずるんだよ。それで戸惑うこっちの反応を見て楽しんでるんだ」
「悪趣味なヤツ!」
「同意見だ」
趣味は最悪だと思う。いくつかある仮面をコレクションにしてて、日替わりで付け替えてる。人格そのものをファッションにしている異常者だ。
だがそれを、息をするようにできるからこそ、卒業後には舞台・テレビ・映画とあらゆる業界から俳優としての道を望まれている、演技の天才なのだろう。
「でもユイと仲良さそうだった。仲良いんでしょ?」
「どうだろうな。友達は劇的に少ないから、俺の名前を憶えてくれてるって意味では貴重な相手だ」
「本名を知られたら死ぬゲームをやってるわけじゃないんだよね?」
「お前瞬殺されるな……」
涼香は俺の言葉に、確かにねーと苦笑いを浮かべた。
それはそれとして。
「で、なんでああいう風に突っかかったりしたんだよ」
「…………」
問うと、彼女は視線を床に落として、唇を一文字に結んだ。
「言いたくないなら別にいいけど」
「ん……大丈夫、ちょっと言葉探してるだけ」
涼香は学生とはいえ、既に各種ストリーミングサービスを通してスマッシュヒットを飛ばし続けているボーカリストだ。
単なる小競り合いでも、場合によってはそれが一大スキャンダルにだってなりうる。特にこの学校の中ではなおさらだ。各分野の天才が集まっているこの学校で、敵を作るのはあまり賢いとは言えない。
「あんまり……人にお願いを聞いてもらうのって、やったことなくて」
「うん」
「どんな言い方をしても、多分、あたしが天才だから言うことを聞いてくれたんだろうなって思う。あたしは対等な人間としてお願いしててても、向こうは断れないんだって思って」
そりゃそうだろうな。
むしろ断れないっていうか喜んでお願いに応じるだろう。
「あたし耳はいいから。相手の声とかで、大体それがほんとかどうかわかるの」
「え!? 音楽関係なくない?」
「うん。でも耳の良さを生かすなら、音楽だった」
本当かよ。
いやしかし……歌唱の才能に限らず、彼女は作曲もやっている、とか聞いたことがある。そういう意味では、音感の良さは音楽をやるうえでメリットだったのか。
「じゃあつまり、アレか。お願いしても言うことを聞いてくれないと、上から言うしか思いつかなかった……?」
「ていうか同じことだから。ずっと前から、お願いなんてするのやめちゃった。上から言っても変わんないでしょ」
乾いた声だった。
多分、俺の耳が彼女みたいに良ければ、その言葉の真意まで探れたのかもしれない。だけどそれは無理な話だ。
「……喧嘩とか、したことないのか」
「さすがにある。何度かやった。でも……そのたび、不安が増していくの。だって最後には向こうが折れちゃうから」
涼香はキュッとスカートのすそを握りしめ、深く息を吐いた。
「相手は大体黙って、最後にわかったっていう。でも黙ってる間に何を考えてるかわからない。音もなくて、目でじっと見つめられるのが……イヤ。だからもう、上から言って、しょうがないって諦めてもらった方がいい。もうそれでうまくやれてるし、問題ないでしょ?」
「……そうかもな」
問題ないと思ってるやつはそんなこと言わない。そんな風に、自分に言い聞かせたりしない。
視線を舞台に向けた。そろそろ舞台転換の時間が終わるな、と思った。
演劇部のエースがこちらを見て肩をすくめている。
「涼香」
「うん。ごめんね、変な話っていうか。今日会ったばっかでこんな話」
「リアカー引いてるとき、何も言葉はなかったけど、お前はお願いをしてたと思う」
え? と彼女は顔を上げた。
「だからまあ……それが全部じゃない。自覚があるかは知らんけど、お前はちゃんとお願いできてる。上から言う方法以外忘れたわけじゃない、と思う」
いまいち要領を得ない言葉になってしまったな。
「だからまあ、この歓迎行事の時ぐらい……お願いしてみてもいいと、思う。無理にとは言わない。少なくとも、演劇部のあいつと、俺は、お願いを聞いたり聞かなかったりすると思う。あいつは我が強いし、俺は能力的にできないことはできないっていうし。何ならできないことの方が多くてお願い事するには向いてないかもしれない。あれ? 俺もしかして今矛盾した?」
長台詞なのにもっと要領を得ない感じになってしまった!
やべえどうしようと言葉を探していると。
「そっか……そっか。うん」
少し違う声が聞こえた。さっきまでとは違った。
天才ボーカリストが席から立ち上がる。
颯爽とステージに歩き出し、彼女は途中で振り返った。クールでストイックという評判が嘘に思える、弾けるような笑顔だった。
「ありがと、ユイ」
「……どういたしまして?」
何にお礼言われたんだこれ。
無能でありがとうみたいな? ひどくない?
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