第2話 生徒会長とリサイクル系男子

 始業式だけのために登校した以上、昼の時間にはもう放校となる。

 久々に顔を合わせた友人と遊びに行く者、春休みに引き続き部活へ向かう者。

 廊下はすぐに生徒でごった返していた。


「じゃあボクは部活の打ち合わせに行くから、寄り道しないようにね?」

「はいはい」


 友人の戯言を聞き流してから、俺はカバンを肩にかけて歩きだした。

 朝の一件はどういうルートでか学年中に広まっていたらしく、すれ違う生徒らが俺の顔に視線を留めていく。

 居心地が悪い。足早に廊下を過ぎていく。


「今のって」

「なんか意外だよね」

「あの天原さんが」


 よくない噂過ぎる。涼香の迷惑になるんじゃないだろうか。いや俺の自意識過剰かもしれないが。

 なんにしても人から注目されるというのはいい気分じゃない。生まれてこの方、うれしい注目など浴びたことはないのだ。


『努力家だね』

『よく頑張ってる子がいるじゃないか』

『けど、惜しいなあ』


 ……本当に。うれしい注目なんてされたことはない。

 陰鬱な気分のまま昇降口にたどり着く。上履きを脱いでからローファーを取り出そうと靴箱を覗いた。

 俺のローファーの上に、かわいらしいピンク色の封筒が置かれていた。


「…………」


 絵に描いたような光景だ。こういうスタートをする男女の漫画をこないだSNSで読んだ。アレ通りなら甘酸っぱくも、おかしなキャラに彩られたラブコメが始まる。

 残念ながらそういうのを期待する余地はない。何せピンク色だ。

 これはいわゆる、徴兵なのである。


 ◆◆◆


「失礼します」

「いらっしゃーい」


 一度脱いだ上履きを履きなおし、教室には向かわず一階の職員室前を横切ってグラウンドに面した別校舎に向かった。

 特別棟と呼ばれるそこは、実験室やら倉庫やらの並ぶ、教員も生徒も常駐することはない静かな校舎だ。

 ただひとつ、一階中央にて三教室ぶち抜きで設置されたここを除けば。


「新学期初日から出勤ご苦労サマ。久々の学校はどうだったかしら?」

「変わりませんよ。友達は少ないまま、落ち着いてます」

「ふぅん? 四面楚歌ってこと?」

「アナタの中では友達か敵かの二択なんですか……!?」


 さすがに顔が引きつった。

 いやあだって、この人ならそう認識しててもおかしくないからな。


「冗談よ。友達は少なく、そして敵も少なく。君のスタンスは理解しているつもりだけど、違ったかしら」

「合ってますよ。アナタは俺より俺に詳しそうですし……」

「フフッ。半分正解かもしれないわよ、お風呂でいつも最初に右肩から洗うユイ君?」

「その情報知ってるのはシンプルに怖い」


 青色のラインが走った、三年生の校章。

 豊満な身体は前を止めたブレザーの下で窮屈そうにしている。

 優雅なブロンドヘアは床につくほど長いが、マントのようにたなびけば彼女の威風と化す。


「でも、私はただ知ってるだけじゃないわ。私がアナタを、自分が考えた通りに動かせるの。だから結果として全部知っているように見えるだけ」

「……支配者らしいお言葉なことで」


 この学校において生徒会に入ることを許された猛者たちの頂点に立つ女傑。

 現生徒会会長、地宮灯子つちみやとうこである。


「それで、何の用ですか」


 生徒会役員たちはほとんど出払っていて、広大な生徒会室は閑散としていた。

 眼鏡をかけた女子が一人、脇のパソコンで書類を作成しているのみ。あとは中央奥にドカンと置かれた生徒会長席にて、机を挟んで俺と灯子さんが顔を合わせているだけだ。


「何の用って?」

「この手紙です。呼ぶならもう少し他の方法がいいと前に言ったはずですけど」


 懐からピンクの封筒を取り出す。

 かわいらしいハートのシールで封をされているが、知らない相手に出す手紙としてはちょっと可愛すぎる。顔見知りだからこそできる、おふざけなのだ。


「気に入らなかったかしら。じゃあお詫びに、私が一日デートしてあげるわ。たくさん楽しいことしてあげるわよ?」


 灯子さんは妖艶な笑みを浮かべ、上目遣いでこちらを見つめる。

 思わずごくりとつばを飲んだ。


「楽しいことって……アルバハですか?」

「うん。それはもうちょっと私の装備が整うのを待っててね」


 多忙だからな。仕方ない。

 こんな感じでいつもふざけた態度の灯子さんだが、この学校で彼女のことを知らないやつはもちろん、侮る人間だって存在しない。

 昨年の生徒会長選挙。俺は一年生として投票したが、当然天才のやたら多い学校、候補者も並大抵の生徒ではなかった。


 灯子さんの対立候補として立候補していた男子は、いわゆる政治家の血筋だった。だから、とはわからないが、彼の選挙対策は徹底していた。

 部活動や委員会ごとに根回しを行い、学生レベルの範疇で相手へのネガティブキャンペーンすら行い、確実に勝利できる布陣を整えて選挙当日に臨んでいたらしい。


「ん? 私の顔に何かついてるかしら」

「いえ……」


 結果は、ここに彼女が座っているのがすべてだ。

 敗れた対立候補者を政治に長けた生徒と評するなら。

 勝利した灯子さんは、人心掌握の天才だったと言うほかない。


 あらゆる根回しは無効化された。彼が密約を締結した後に、密約を放棄する、という密約を各方面と結んでいた。

 ネガティブキャンペーンの内容は、振れ幅になり下がった。期待せずスピーチを聞いた一般生徒たちの心理を瞬時に掴むスピーチがそれを成し遂げた。


 何より──その対立候補を現在副会長に据えて、一年間の支配体制に、一点の曇りもない状況を構築した。


 恐ろしい女性だ、と思う。

 同時にこんな人に目をつけられているのが怖い。別に彼女が会長だからじゃない。間違いなく、支配の天才と呼ばれる天才に、絡まれているのが、ひどく苛立たしい。


「それじゃあ本題ね。去年は生徒会長になる前からお世話になったじゃない、私」

「……特に何もしていませんけど」

「そういう自己認識ならそれで構わないわよ。それで、今年はもう少し手広く手伝ってほしいのよ」

「拒否します」

「もう手伝ってくれてるじゃない」


 は? と眉根を寄せた。

 彼女は放課後なのをいいことに、ブレザーの内側からスマホを取り出してこちらに見せた。仲良くリアカーを引いている男女が写っている。


「新入生歓迎行事のライブ準備。どうやって手伝ってもらおうか考えてたんだけど……よかったわ。今朝の軽音部のリハを手伝ってくれたわよね。あの後、メンバーにあなたのことを紹介しておいたわ。生徒会からの助っ人だって」

「はい?」

「つまりね。ユイ君。いえ御浪唯」


 そこで咳払いして、彼女は豪奢な椅子から立ち上がった。

 俺より頭一つ分ぐらい低い身長なのに、身にまとう覇気に一歩後ずさる。


「御浪唯一般生徒、生徒会嘱託外部調査委員として、軽音部への出向を命ずるわ!」

「何沢何樹!?」


 ていうか一般生徒を嘱託にでっちあげるなよ!


「ということなの。向こうはもう了解してるわ。涼香ちゃん大喜びだったんだから。連絡先も渡しといてねって言っておいたけど、届いた?」

「あ、あー……あ~~~~~~~~」


 点と点がつながる。マジでつながってほしくなかった。点Pとしてウロウロしててほしかった。


「書類できたー?」

「印刷終わりました」


 灯子さんが声をかけると、何かの書類を作っていた女子が、一枚の紙を俺に差し出した。


「生徒会役員として、尽力を期待します」

「今のやり取り聞いてました? 一から十まで初耳なんですけど」


 渡された紙には、俺の嘱託委員としての立場と、軽音部への出向を認めるという文言が載っていた。


「書類はうそをつかないので……」

「書類書く人がうそついてんですわ! 畜生ハメられた! 何が支配の天才だこの官僚主義野郎!! 腐ったミカンのトップ! 本当の民主主義を始めてやろうか!?」

「いいわよ。億倍返しするけど」

「億沢直樹!? いいとこだけ取っていくのやめてもらえます!?」

「助かっちゃうわー。いやね。こういうの君にしか頼めないから」


 ……ッ。

 ヒートアップしていた頭が急に冷えた。

 女子生徒から受け取った書類を、生徒会長のデスクに投げ渡す。


「うそつきですね。俺以外にも、これぐらい余裕でできる」

「ううん、マジも大マジよ。


 さっきまでのやり取りが嘘のように、冷たい声色だった。


「よろしく頼むわよユイ君。私は君の能力を評価してるわけじゃない、君の人柄を評価して、お願いしてるの」


 そう言って、灯子さんは、すっと頭を下げた。


「…………分かりました。でも、期待はしないでください」

「もちろんよ。私は期待なんてしない。結果を予測して、待つだけよ」


 顔を上げた灯子さんの表情は、穏やかでありながらも瞳に冷徹さをはらんでいる。


「じゃあ今から行けばいいんですかね、講堂とかに」

「ええ。よろしくお願いするわ」


 あーあ。

 最後に折れるしかできないのが嫌だ。

 いつも俺は、折れるばっかりだ。その分尖ることもできてないけどな。

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