リサイクル系男子にとって天才たちの愛は重すぎる

佐遊樹

第1話 歌姫とリサイクル系男子

 俺の通う高校には、世紀の天才美少女が複数名通っている。

 コンピューターを使うような計算を瞬時に暗算できる数学の天才。

 天性の優れた肉体と、プロ選手も顔負けのテクニックを持つスポーツの天才。

 そして、聞いた人を魅了する歌声を持つ、歌唱の天才。


 ほかにもたくさんいるけれど、とにかくご近所どころか日本中に名高い天才たちの巣窟が、俺の通う私立翔爛しょうらん高校なのだ。



 何が天才だふざけんなバーカ。






 のどかな日差しの下、通学路を歩く。

 長いようで短い春休みを終え、俺は久しぶりの制服姿で学校への道を歩いていた。

 今俺が暮らしているアパートから学校までは一本道。緩やかな坂道を登れば、じきに校門が見えてくる。

 いつもは一緒に登校している友人は、きたる新入生歓迎行事の打ち合わせで先に家を出ている。置いて行かれて寂しい気持ちもあるが、静かな朝もこれはこれでいいものだ。


「ふぎぎぎぎ……!」


 そう、さわやかな気持ちなのである。

 気持ちのいいそよ風。

 人影の少ない通学路。

 行きかう車。

 俺が進む歩道を完全にふさいでいる機材の山。


「ふ、ぎぎぎぎぎぎ…………!!」


 機材の山はうめいていた。

 新種の妖怪かな? 付喪神の怨念集合体という説は捨てきれない。

 とはいえスピーカーなどがごちゃごちゃになっているそれは、ちゃんとリアカーの上に置かれている。妖怪ではない。現実逃避を切り上げて、俺は足早にリアカーの横を通り過ぎる。


「大丈夫スか」


 前に出て声をかける。

 リアカーを引いているのは、一人の少女だった。


「ふうっ、ふっ、ふうーっ……!」

「あ、大丈夫ではなさそうスね」


 返事をしている余裕はなさそうだった。リアカーの引手を掴んで、ふんぬと引っ張る。坂道を緩やかって表現したのは訂正したいめっちゃきつい。

 校門へ着くまではずっと上り坂だ。要するにゴールするまではこの苦行から逃げられない。とはいえ二人分の力なら、比較的スムーズに動き出してくれている。

 ほかの生徒とすれ違ったりする前に、なんとか校門まで引っ張ってこれた。


「ふぃー、お疲れ様ッス」

「あ、ありがと」


 お互いに会話どころか顔を見ることもできていなかったので、リアカーを引いて学校の敷地に入りながら改めて自己紹介をする。

 目を合わせると、向こうの顔に見覚えがあった。雑誌の表紙ぐらい飾れそうな整った顔立ち。いいや違う本当に雑誌の表紙で見た覚えがある。


「……御浪唯みなみゆいって言います。なんか勝手に手伝ってすみません」

「えっ、いーわよ全然。助かったし。てゆかなんで敬語? ユイとあたし、同学年じゃん」


 彼女は俺のつけている校章を見て言った。三年サイクルで線の色が変わるので、そこで学年は判断できる。俺と彼女は同じ黄色、つまりは二年生だ。

 まあ春休み明け直後で、現状二年と三年しかいねえんだけど。


「じゃあ、初めまして、よろしく。そっちは?」

涼香すずか! 涼香でも涼香さんでも涼香ちゃんでもいいよ」

「……涼香たんは?」

「ユイもしかして結構図太い?」


 キレイな黒のセミロングヘアを揺らして、涼香は半笑いになっていた。まあ今のはないな。

 リアカーを引いて、普段使う昇降口経由の道とは違うルートを進んでいく。

 結構朝早いのもあってか、他の生徒の姿はあんまり見当たらない。


「かしこまるには少し状況が特殊っていうか。なかなか見ないからな、リアカーで坂道登ろうとしてる女子とか」

「ヤハハ……ま、やむにやまれぬ事情があったのよ。どうせなら遅刻の言い訳に使ってもいいけど?」

「遠慮しとく。怒られそうだ」

「もしかしておばあちゃんを病院に連れて行ったのと同じジャンルだと思われてる!?」


 涼香は不服そうに頬を膨らませた。


「別にいーけど。かしこまられるよか全然いーけど。それはそれとして実際にかしこまられなかったらなんかモニョる」

「ああ。気楽に接してって言った部下が本当にタメ口きいてきたみたいなもんか」

「例えがオジサン過ぎてわかんない……」

「バズりたいわけじゃないけど自分では面白いと思ってた投稿にリアクションがあんまなかったみたいなもんか」

「ンンンンンンンンン」


 涼香は胸を押さえて崩れ落ちた。

 心当たりを通り越してハートブレイク寸前までいったらしい。悪いことをしたな。


「や、やるじゃんユイ……! ここまであたしにダメージを与えた人間なんて久々かも……!」

「魔王軍の幹部だったりするのか?」


 発言があんまり人寄りではなかった。

 ここで討伐しといた方が世のためかもしれんな。


「いや、それはそれとしてだな。なんていうか……涼香でいいのか? 俺がどうこうというよりは、涼香がフランクに接してくれるからって方が大きいと思うぞ」

「え? 別にあたしはいつもこんな感じだよ」


 砂を払って立ち上がり、涼香はまたリアカーを引き始めた。俺も持ち手を掴んで歩き出す。


「だけどあたしが態度変えなくても、他の人は態度違うわけじゃん。大体の人はなんか遠慮してる感じがあるけど、ユイはそういうの感じないからいいなーって」

「…………」


 その発言でなんとなく察してしまった。

 今俺が手伝っているこの少女はきっと──


「あ、ここまでで大丈夫だよ」


 誘導されるままに進めていたが、気づけば校舎からはだいぶん離れた講堂にたどり着いていた。行事の際にはアリーナの役割を果たすここは、間近に迫っている新入生歓迎行事の開催場所だ。


「涼香おっそー……ってなんで二人しかいないの!?」

「やー、手伝ってくれる子たちに連絡忘れててさ。そこで会った人に助けてもらっちゃったわ」

「うわーうわうわマジごめんなさいほんとにごめんなさい」


 講堂前でどうやら涼香さんを待っていたらしい生徒たちが、俺に謝りながらリアカーを引いていく。

 まあ、そういうことだろう。そりゃそう。新入生を前に、何かを披露する側の人間ってことだろう。


「あっそーだユイ! よかったらなんだけど練習とかリハとか見てく? お礼になるか分かんないけど、あたしの歌間近で聞けるのって実はレア──」

「いや、いいスよ。気にしないで」

「…………?」


 呼びかけを聞いた時にはもう俺は背を向けていた。

 一気にズーンと肩が重くなっていた。あ~あ。

 新学期最初にやったのが、よりにもよって『天才』のお手伝いかよ。



 ◆◆◆



 リサイクルとは、排出された廃棄物から資源やエネルギーを再度回収して利用することである。

 一度使われたものを拾って、分解して、なんとか別の形に組み替えるエコエコしい取り組みのことだ。


 そうやって俺は出来上がった。

 新品からボロのスクラップにまで一回到達して、そのスクラップをひいこらとつなぎ合わせて、なんとか形にしたそこそこ系の人間だ。


 だから女の子を助けてもそれきりである。ちゃんちゃん。



 ◆◆◆



 講堂が新入生歓迎行事の準備に使われているということで、始業式は多目的ホールで行われた。

 退屈な始業式を終えて、学年ごとに順番で教室へ戻らされる。


「ユイ、聞いた? 新入生歓迎行事。生徒会に直談判してた軽音部が本当にライブすることになったんだって」

「へー」


 去年のクラスメイトで、今年も同じクラスに通うこととなった友人の言葉に、ぼんやり頷く。

 なんとなく今朝の光景が思い浮かんだが、頭を振って打ち消した。


「一年生もびっくりするだろうね。学生だからまだ積極的にテレビ出演とかはしてないけど、ストリーミングで年間一位のあの子が──」

「あっ、いたいたー! ちょっ、ユイストップ!」


 名前を呼ばれ、振り向く。

 廊下を歩いていた生徒全員がこちらを見ていた。


『今の人って……』

『もしかして天原涼香あめはらすずか!?』


 ……え?


「わっ、噂をすれば影じゃん……え、大丈夫?」

「あー……」


 友人の心配そうな声に返事する前に。

 視線を浴びながらこちらに駆け寄ってきた涼香が、前髪をちょいといじってから俺に紙切れを手渡す。


「……ど、どもッス。どうかし」

「これ、今朝のお礼っていうか。まあ、うん、また今度ね!」


 それだけ言って俺の横を通り過ぎ、彼女は去っていく。後に残された俺に、痛いほど視線が突き刺さっていた。


「……なんでみんなこんなびっくりしてんの?」

「そりゃ、天原涼香って言えば超クール系で、ストイックな印象があるから……なんならボクもびっくりしてるよ」


 友人は目を丸くしていた。その眼に映る俺は、普段にもまして生気の無い顔だ。

 メモには短い英数字の並びが書いてあった。ラインのIDだろう。


「メルカリで売れるか?」

「垢BANだよ」


 だよなー、と俺はがっくり肩を落とすのだった。

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