自由監獄という世界で

我々にとっては死者の世界として定義されている"あの世"という場所は、さまざまのしがらみから解き放たれ、事実上の自由を約束されている。


しかし、そこでひとたび問題が生ずると、今我々が生きている現世"この世"へと出向させられてしまう。


刑期は"自然に寿命が尽きるまで"。


服務は"ただ、生き抜くこと"。


刑期を待たずに命を終わる選択を意図的に実行しても、直ちに"あの世"へは還れない。

本来設定された寿命が尽きるまで、本体(魂や精神と呼んでいるもの)のみで徘徊し続け、時に、誰かを道連れに巻き込もうとしてくる。

※肉体は魂の容れ物であり、拘束具の役割も併せ持っている


まさに"この世"は地獄であり極楽であるという選択は、我々自身にゆだねられていた。


また。

この世で生きて蓄積された記憶のすべてはあの世へ持ち越せるが、あの世で過ごした日々の記憶は、ほとんどすべてがリセットされるのが通例となっている。


罪人(便宜上こう呼ぶ)を監視する意味で配置されるのが、刑務官である巡回者の存在で、彼らもまた、あの世での記憶は持ち越してこない。ただ与えられた使命を淡々とこなしていく。"寿命が尽きるまで"。




「おいっ」


「うわっ!」


突然肩を強い力で掴まれ、驚くとよけるように前につんのめった。


「休憩、終わったか?」


振り向くと、見慣れた年配の男性が立っていた。


「あ・・・工場長・・・」


ほっと胸をなでおろし、表情を緩める。


「今日はちょっと長めだったら、何かあったんじゃないかと思って、探しに行こうとしてたんだが・・・携帯もつながらなかったしな。持って行かなかったのか?」


「あ、いえ、あります・・・けど」


慌てて確認したが、なぜか着信は一件も入っていなかった。


「・・・・・・」


「おっかしいなぁ・・・留守電にも切り替わらないし、何もアナウンス無いしで・・・壊れたかと思ったよ」


「・・・おかしいですね」


―何が起きたんだろ・・・


扉を開けて外に出てからの、彼の記憶はなかった。

念のため時計を見ると、一時間弱の経過を確認する。


「・・・何か、ぼーっとしてたら、時間経っちゃってて・・・心配かけてすんませんでしたっ」


「ああ、まぁいいって。ここんところ残業続きだったし、疲れもたまってたんだろう。お前さん真面目によくやってくれるからなっ。今日は割と早く片付きそうだから、帰ったらゆっくり休みな?明けたら連休にしてあるからっ」


ぽんっと、優しく背中を押され、彼はそのまま促されるように中に戻っていった。


―・・・俺、休憩時間、何してたんだろ・・・・・・



その後。


たまに通りすがるある公園で、顔見知りになった男がいた。


初対面なのに、なぜか気さくに声を掛けてくる警官で。


彼がぼんやりと公園の景色を眺めていると決まって、こう言うのだ。


「あんちゃん、夜一人でそんなところぼんやりしてっと、変なのに絡まれっぞ?」


彼の郷里である、訛りで。


(了)

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「職務質問(夜の公園にて)」 青谷因 @chinamu-aotani

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