帰途

速足でずっと歩いていたせいか、彼の呼吸はかなり上がっていたが、前を行く男は相変わらずペースを崩すこともなく、ただ前に進んでいる。


「・・・ふぅ・・・」


すっかり息が上がって思わず立ち止まり、うつむく彼の上から、声がした。


「ほら、もうこの辺でいいべ」


ゆっくりと体を起こすと。


「ここだろ?あんちゃんの工場」


こじんまりとしたトタン張りの建物と銀色のサッシの扉は、確かに見覚えがあった。


「あ、はい、ここです。ありがとうございました・・・・・・」


軽く頭を下げつつ礼を述べるも。


―あれ?俺・・・ここの名前と場所、言ったっけ・・・?


「あんたの胸のところ、会社のネームあんべ?」


怪訝そうに首をかしげる彼に、警官の男が答えるようにそう付け加えた。


「あっ、ホントだ。」


慌てて確認して、納得する。


「俺、この辺の担当だからよ?たいていの場所、すぐ分かんだ」


誇らしげに、にっこりと笑って見せた。

しかし実のところは、そんな程度の事ではないのだろうと、彼は疑いを解くことはできないでいた。


「―まぁ、そんなもん見ねくても、分かっけどな?」


男はまた、ニヤリと笑った。


彼の思いはすべて、見透かされているようだった。


「あの・・・・・・」


なかなか会社の中へ戻ろうとしない彼は、思い切って疑問をぶつけることにする。


「あなたは、いったい何者ですか?」


「さっきも言ったっぺ?悪さするやつがいねぇか、巡回してるって」


「フツーの警察官、じゃない・・・ですよね?」


「じゃあ、何に見えるか言ってみ?」


「・・・・・・えーっと・・・」


先ほどとは一転して、すっとぼけを決め込もうとしている。


―もしかして、聞いたらヤバいことになるのかな・・・・・・


先ほど公園で見かけた異形の何かも、それに対する彼の言動も、どう考えても現実離れしている事象だ。


―俺・・・ヤベえことに巻き込まれちまったのかな・・・もしかして、このあと後ろ向いたら消されんのかな・・・


冷や汗を垂らしながら、黙してぐるぐるとそんなことを考えていると。


「―消すのは記憶だけだから、心配すんなって」


「?!」


またしても、心を読まれてしまった。


そういう男の表情は相変わらずにやにやしていて、怖そうには見えないが逆に、それが少し薄気味悪くもあった。


「めんどくせぇけど・・・まぁ、あとで消すから言っとくか。さっき公園にいたのは、いわゆる死んだ人間の、まぁ、霊とかいうやつかな、あんたら言うところの。簡単に言うと、あの世に行くまでの猶予期間中に、悪さするのがいたりするから、それにあんたらみたいな刑期中のもんが巻き込まれてややこしくなんないように、俺らが見回ってるっつー訳。分かった?」


「????」


霊は分かった。生きてる人間に障りが来るのもよく聞く話だからわかる。


だが。


「けいきちゅう・・・・・・??」


「刑期。こういう字のやつ」


取り出した手帳に書きだしてみせる。


「・・・・・・刑・・・って、なんすか??」


「あーっ!もうこっからまず説明すんのかっ!やっぱめんどくせぇなおめぇ!」


いや、俺じゃなくても納得しないっすよ?と彼は好奇心が勝ち俄然、食い下がってきた。


「わーったわーった!説明してやっから!つまりな?この世・・・あんたらの居る世界っちゅーのは、"自由監獄"っていう所なんだっぺ。あっちの世界・・・あの世って言ってるところに行くまでの間―つまり、刑期が終わるまで、服役するところなんだっぺよ」


聞けば聞くほど、男はますます混乱していった。


「・・・・・・」


男はなおも延々と話しつづるが、彼は早々にほぼ思考停止していた。


「―っつーことでな・・・って、おめー、聞いてっか??」


「あー・・・あははは・・・」


彼が適当に声を絞り出すのを見届けると、男はあきれ顔で溜息をついた。


「・・・あ。ところであんちゃん、何であの公園行こうと思ったんだ?気分転換にはちょっと遠くねぇか?」


「えっ・・・」


投げかけられた質問の答えになぜか窮してしまう。


「あ、えーっと・・・休憩に入ったから、タバコ吸おうと思って―あ、タバコ切らしてたからコンビに行こうとして・・・・・・」


「で、コンビニでたばこ買って、公園行ったのか?」


「・・・・・・あれ・・・??」


記憶をたどるように、ポケットをいろいろ探るが、出てきたのは携帯電話と財布だけだった。


「・・・なぁ、あんた、コンビニ寄ってないべ?」


「・・・おかしいな・・・何でタバコ・・・たばこ・・・」


確かに、タバコを買った記憶はない。


「コンビニ、逆方向だっぺ?」


警官の男が指さす方向は、彼の職場からすぐ近くだが、横断歩道を渡ったむこう側に位置している。先ほどまで自分たちの居た公園からは程遠く、ついでにしては面倒な道のりと言える。


―ていうか、俺、何で公園なんか・・・


「―やっぱりだな。おめ、呼ばれたな・・・あいつらに」


彼の疑問に答えるように、男が確信を声に出した。


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