「職務質問(夜の公園にて)」

青谷因

巡回

深夜の公園、作業服の男が一人、ブランコに座っているという一見、不自然な光景だった。

時折思い出したように、小さく漕いで揺らしている。

言葉にならない小さなつぶやきを漏らしているようにも見える。


「おめ、なにやってんだ?」


いつの間にか近づいてきた警察官が、声をかけた。

不審に思って、職務質問に来たと思われた。


「・・・あ。・・・いや、ちよっと頭を冷やしに・・・」


不意を突かれたように、おどおどしながら男が答えた。


「頭冷やしに?ほんとか?」


「あ、はい。この近くの工場で・・・今日、夜勤なんすよ」


ぼそぼそと、投げかけられた質問に答えつつも、少しばかり疑問を感じていた。


―この警官、なんで茨城訛りなんだ?


茨城県は、男の出身地であった。


地元の高校を卒業後上京して、大学は行かずにそのまま就職したのが今の会社だったのだ。


「そっか。あんま長居すんなよ。変なやつに絡まれっからよ。丁度夜回りしてる最中だから、ついでに送ってってやろうか?」


「あ、いや、結構です。ほとぼり冷めたら一人で帰れますんで・・・」


十分変なのに絡まれてるよと思いつつ、相変わらずブランコから動こうとしない男を、警官はなぜか無言で凝視し続ける。


「・・・・・・」


「・・・・・・あの、まだ何か・・・」


溜まらず男が声をかける。

よく見ると、警官が視線を向けているのは、男の少し後ろだった。


「悪ぃけどあんちゃん、もうヤベぇのに絡まれてっから、やっぱ俺送ってくわ。」


「えっ」


警官の言葉に恐る恐る後ろを振り返ると・・・。


「!!」


異形の何かが、暗闇の中でうごめいているのに気づいた。


「うわあっ!!」


驚きのあまり勢いよくブランコを飛び降りると、盛大にしりもちをついてそのまま、男は腰を抜かしてしまう。


「あ・・・ああ・・・ッ・・・!!」


何とか体を引きずるようにして、警官の後ろに隠れながら、様子をうかがう。


「―分かったか、あんちゃん。夜遅くに一人でぼんやり出歩いてっと、こういうやつらに連れて行かれんだっぺよ?」


視線をそらさぬまま至極冷静に、警官はそう言ってのけた。


この人も、普通じゃない。そう確信して、質問を投げかける。


「あんたら、何もんなんだ・・・?」


「つーか、あんた"ら"っつって、いっしょくたにしねえでくんねぇか?あれらと俺は別のもんだ。あれらはどっちかっつーと、おめぇさんたちの仲間だなぁ」


「ええ・・・ッ?!」


にわかに信じがたいことを言われてしまい、ますます彼の脳が混乱した。


「ああ。あいつらああ見えてバケモンてぇわけじゃねぇ。寂しいから仲間になりそうなやつ、探してるだけだっぺ。」


「・・・仲間・・・になりたくはないけど、そんなに怖いやつではない・・・と?」


警官は即座に首を横に振って。


「いんや。仲間になるっつーことはだな・・・死ぬっちゅ―ことだっぺよ」


言い切った。


「!」


殺される、と実感した途端、男の体は湧き上がる恐怖で小刻みに震えだした。


「・・・あっ、あのっ、俺、狙われてるんすか?死ぬんすか??逃げられないんすか?!どっどうしたら」


「まぁまぁ落ち着け」


平静を失って早口にまくしたてる男をなだめると、警官はこう続けた。


「こういう面倒なことが起こっから、俺らみたいなんが、こうやって巡回して回ってるってわけよ」


「たっ・・・助けてくださいッ!!死にたくないですッ!!たすけて・・・ッ!!」


必死だった。

得体のしれない異形の物も恐怖だったが、この警官も、普通の人間ではないように見て取れる。しかし、今は彼にすがるしか他に道はなかった。


「・・・心配すんな。こっから離れれば、無事に帰れっぺよ。俺が大丈夫なところまで送ってやっから。後ろ絶対振り返らずに、付いてこい。行くべっ」


男はよたよたと立ち上がると、警官に手を引かれ導かれるように、その場を後にした。


後ろの様子が気になって仕方なく、途中何度も振り返ろうと試みると。


「おめ、後ろ見たら、死ぬかんな?」


その都度、察したようにくぎを刺されるのだった。

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