第23話 告白2

「よし、じゃあこれから進路発表会を始める。日直、号令」


 担任の挨拶で、日直が声を上げる。

 暁月は緊張で汗を流しながらも起立し、大きな声で挨拶をする。そして、着席する。

 完璧だ。


 心臓は一定の鼓動を打っているし、不安なんて一切ない。

 これから起こすであろうことにも、一切動じずに成し遂げる自信がある。


 もう一度、何をしようとしているのか、脳内でシミュレートしてみる。今は一校時目のロングホームルームだ。担任も言った通り、今から進路発表会が始まる。暁月の出席番号は十一番。


 つまり、瑞紗の後に暁月が発表することになる。瑞紗とは運がいいことに席替えをしてもそんなに離れることがなかった。だから、机を並べて学級会を開く時は必ず同じグループだった。


 それはもうかなりの幸せだった。でも、ついでに出席番号も近くして欲しいなんて思っていた。


 暁月は佐藤で、瑞紗は天使なのだから絶対に間に井上だとかが入ってくる──このクラスに井上はいないが──。


 正直、授業中に告るのもどうかと思わなくもないが、暁月にはそれしか出てこなかった。


 放課後、瑞紗を教室に呼び出すことも出来るかもしれないが、その時には緊張しきって本音を言えないかもしれない。そうなるくらいなら、いっそこの場で告白した方がいい。


 善は急げ、だ。

 暁月は配られた進路調査票を見た。


 名前:佐藤暁月

 クラス:五組

 出席番号:十一番

 進路か就職か:専門学校への進学

 学校名:検討中

 将来の夢:小説家

 動機:


 動機の欄だけ何も書かれていない紙を、暁月はじっと見つめる。


 ──これで告白してもダメだったらどうすれば……いや、ここで挫けちゃいられない


 こんなことで諦めたら、これまでと何も変わらない。

 それに、今はもう前の暁月が持っていないものを持っている。


 それは誰しもが持つ小さな勇気と優しさだ。咲と智乃からもらったその気持ちは純粋に暖かかった。

 自分よりも人生経験のないはずの少女たちが暁月にとって大切な存在になるとは思ってもいなかった。


 若干ツンデレで、毎朝近所迷惑になるくらいにうるさいくせに、器用で茜の言うことをしっかり聞いていた咲。暁月の大切にしていた、破れた自作本をその器用さを活かして元通り以上に治してくれた挙句、励ましてくれた。そんな思いやりのある少女だった。


 智乃のことを最初は、感情の起伏の薄い淡白とした性格なのかと思っていた。でも、それは違った。暁月が勝手にそう捉えていただけで、智乃はたくさんの感情を持っていた。

 本を読んでいれば、面白いと感じるし、つまらないとだって感じる。嬉しいことも悲しいことも、ちゃんと感じている。

 その事に気がついたのは、智乃が暁月の本を面白いと言ってくれたからだった。でも、その時は暁月の鬱憤が溜まっていた所為で、最低なことをしてしまった。

 それなのに智乃は小説を書けるようになることを願ってくれた。応援してくれた。智乃はとても優しくて気遣いができる少女だった。


 こうしてるうちにも、時間はどんどんと過ぎていく。

 丁度、二番目の人が終えたところだった。


 ──次は瑞紗の番か


 三番目は瑞紗だ。瑞紗の進路が何なのか、以前担任から教えてもらったことがあるが、それだけでは分からなかった。


 でも、もうすぐに分かる。

 瑞紗は、教壇に立って、一礼する。


「私の進路は就職です。何をするかは様々ですが、どうしてもこの仕事がしたいと思っています。この仕事がしたいと思ったのは約一年前のことです。当時はなってみたいな、程度の気持ちでした。しかし、日を重ねる毎にその気持ちはどんどん濃くなって今ではもう自分でも抑えられないほどに膨らんでいます」


 そこで暁月はふと思う。

 ──今まで様子が変だったのは、進路が原因だったのか。でも、そこまで思うほど瑞紗がやりたいことがあったなんて知らなかったな


 暁月は自分の知らない瑞紗の夢が気になって仕方なくなる。


「ただ、残念ながら、その夢は私一人では叶えることができません。どうしても二人必要なのです」


 暁月は頭にはてなマークを浮かべながら、隣で顔を覆って隠している担任を訝しげに見つめる。

 瑞紗のちょっと変わった発表をクラスのみんなは静かに聞いている。普通はザワついてもいいはずなのだが、やけに静かだった。


 まるで、全て知っているからこその行動のようだった。普段うるさいムードメーカーのクラスメイトが静かに座っているのを見ると、何だか可笑しくて笑えてしまう。


「ええー。ごほん。みんなには無駄な時間を取らせてしまいましたが、最後に夢を発表して終わりにしたいと思います」


 そう言って、瑞紗は暁月の目を直視した。

 すると、一斉にクラスメイトが暁月の方を見てきたので、さすがにギョッとする。


「……え? なにこれ」


 慌てる暁月に誰も声をかけようとはしない。

 そうするのが、当然だと言わんばかりに。


「暁月くん」


「え!? あ、うん。何?」


 授業中なのに、名前を呼ばれてかなり恥ずかしかったが、少しだけ幸福感を感じた暁月はすぐに冷静さを無理やり維持しつつ、返事する。


 暁月がそう言うと、瑞紗は深く深呼吸をして、意を決したように言い放った。



「暁月くん。私の夢はね、暁月くんのお嫁さんになることだよ」


 ………………え?

 今、瑞紗はなんといっただろうか。暁月はこれ以上に自分の耳を疑ったことはない、というほどに聞き間違いかどうかを脳裏で判断している。


 しかし、肝心の脳が上手く働かない。それもそうだろう。


 好きな人から、遠回しに告白されて平然としていられるはずがないからだ。もし仮にそんな奴がいるなら、そもそも好きになる方もこんな告白をして来なかっただろう。


 いや、今はそんな誰かのことなんて至極どうでもよかった。もっと大事なことが目の前にあるのだから。


「……俺の、お嫁……?」


「…………うん」


 瑞紗は可愛らしく赤面しながらも、目は真っ直ぐに暁月を見ていた。


 そんな瑞紗を今も尚、愛おしく感じるのは、暁月が瑞紗を本気で愛しているからなのだろう。


 これは、瑞紗から告白されている。


 暁月は鈍感なわけでも、だからといって敏感でもない。ただ、好きなことには本気で取り組み、好きな人には本気で愛することが出来るだけの高校生だ。


「──瑞紗」


 本当は暁月の方からしたかった。


 でも、そんな残念な気持ちは一瞬で消え去った。瑞紗が暁月を今まで好きでいてくれたことに、思わず嬉し涙を流してしまうほどに幸せだからだ。

 でも、暁月が一方的に幸せを噛み締めているだけじゃいけない。


 瑞紗と一緒に幸せな家庭を築きたい。一度、そんなことを想像したことがある。自分でも変態だなと思いつつも、それが叶おうとしていることは暁月でも分かる。


 暁月が小説家になりたいと思ったのは、瑞紗の彼氏になりたいと思ったからだ。口で伝えるのが下手な暁月でも、小説を通してなら伝えられると思った。


 でも、そんなものなくてよかった。

 好き、の二文字を伝えるのに何枚ものページを綴った物語なんて必要ない。


 ただ目の前にある幸せを自分の手で掴むだけだ。


「俺も瑞紗を嫁に貰いたいくらい好きだ。だから、俺と付き合って欲しい」


 小説家になりたい気持ちは今も消えない。


 むしろ、小説を書きたい気持ちが強まった。


 これから先、たんさんの人たちが恋をすることだろう。そんな中で、暁月たちのようにお互いが好きなのに中々、関係を進められない人たちが居るのなら是非とも勇気を出させてあげたい。


 勇気があればなんでも出来る。なんてことを言うつもりはないが、勇気がなければ大切な何がが失われるのは確かだ。


 だから、暁月は勇気を出した。失いたくないものがあるから。その為なら、どんな苦労も惜しまない。その苦労そのものが幸せに変わるから。



 たった今、暁月の告白と同時に一斉に静かになったかと思うと、急変したように歓声が上がった。理由はきっと一つしかない。


 瑞紗の返事だろう。


 瑞紗は確かにこういった。


 それはとても短く、簡単だったけれど、完璧だった。


「──はいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の天使。 どこかの大学生 @ka3ya0boro1221

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ