第21話
「御当主。お連れしました」
ユズハが連れて来られた部屋はこの施設の核をなす場所だった。真ん中に台座があり魔術式が行く層にも書き込まれていた。
その周りでは10人ほどの魔術師が魔力を送り込んでいる。
アカネの感知した膨大な魔力の高まりはここから生まれていた。
「うむ。では始めるか」
藤堂はユズハに目もくれずそう告げた。
ユズハは最後くらい自分を娘として扱う父を淡いながらも期待していたが、そんな期待は無駄だった。
(やはり最後まで私は道具なんですね)
ユズハは全てを諦めるように俯く。
もちろん藤堂はそんな様子に気づくはずもなく周りの魔術師に指示を飛ばしている。
「さぁ、始めよう。我々の存在をこの国に、いや、世界に知らしめるときが来た!ユズハ。お前の役目を果たせ」
ユズハはその呼びかけに頷き自ら台座の中央へと歩いてゆく。
今までの日々を思い返しながら。
自然とユズハの顔には一筋の涙が零れ落ちる。
しかしそれでも歩みを止めるわけにはいかない。
この人生を悔いなく終えるために。
ユズハが台座の中央へ辿り着くと魔術式に手を触れその膨大な魔力を自らの内へと取り込んでいく。
ユズハには才能があった。それは魔力を溜め込む才能。
誰しもが魔力量に限界がある。多い少ないに関わらず必ず限界がある。
しかしユズハはその限界を取り払われ作り出された。それこそが藤堂家にユズハが作り出されたと言われる所以である。
今ユズハに取り込まれていく魔力の量はおおよそ人が溜め込むことのできる魔力の限界を有に超えており、ユズハの体に限界が訪れる。
「くっ」
ユズハは思わず膝を突き苦悶の表情を浮かべる。
(ここで倒れちゃだめ。今倒れたら本当に無駄死にになっちゃう)
ユズハは自分に言い聞かせ魔力を取り込むのを止めない。
「いいぞ。いいぞ!この為に作っただけはある!さぁ。呼び出せ!昔教えただろう?」
なんとか魔力を取り込み終えたユズハの表情は憔悴しきっており、今から魔術を行使出来るような体力は残っていない。
それでもユズハは使命を果たす為。いや、自らの大切な者たちを守る為にふらふらとした足取りで台座を降りる。
「『水の巫女の呼びかけに答えよ。召喚《サモン》
ユズハが詠唱を終えると、体内に溜め込まれた膨大な魔力が解き放たれ巨大な魔術式が空中に現れる。
ユズハの体中から魔力が抜け、役目を果たした様に崩れ落ちる。
ユズハが倒れ込む寸前に何処からか人影が現れユズハを支える。しかしその姿は現れた魔術式に気を取られ気付くものはいない。
魔術式の中から現れたのは八つの首、一つの胴、八つの尻を持つ巨大な化け物だった。
「伝承通りだ!さぁ盟約に従い呼び出したぞ!俺に従え!」
藤堂はその姿に歓喜し、すかさず隷属魔術をかける。ゆっくりと八岐大蛇に隷属の魔術式が刻み込まれゆく。
しかしその途中でガラスを割るような大きな音が響き渡る。
「なっ!?」
藤堂は驚愕の顔をあげ、八岐大蛇を睨みつける。
『お主は誰じゃ。我に下等な魔術をかけんとするとは恐れ知らずも甚だしいわ!』
八つの首の一つから放たれた咆哮は衝撃波となり、辺りにある研究機材を吹き飛ばし強化された壁にヒビを入れる。
「なぜだ!俺は藤堂家の末裔!お前を隷属させるに足る血統の筈だ!」
藤堂が叫ぶと八岐大蛇は八つの首でケラケラと藤堂を馬鹿にしたように大笑いを始めた。
『我を隷属させるに足る血統?そんなモノが存在する筈がなかろう。我は破壊の化身よ。全てを喰らい尽くすのみ人の身で我を隷属とは。面白い話を聞かせてくれた礼に最初に喰ろうてやろう』
八岐大蛇はその巨大さには信じられないほどの俊敏さで藤堂に首を伸ばす。
『ふむ。これが今の人の味か。混ざり物が多くてクセになる味じゃのう』
周りにいた魔術師が誰も反応できず、気付けば東堂のいた場所には誰のものとは分からない下半身だけが立っていた。
その現実に気が付いた者たちは悲鳴を上げ一目散にその場から離れようと脱兎の如く逃げ出した。
『待て待て。層散らばられると鬱陶しい。動くで無い』
その言葉通り全員の動きが止まる。
そこからは残酷な虐殺が始まった。
−−−−−−−−
やばいな。体が崩壊しかけてる。俺じゃ治せねえ。
「ユズハ待ってろよ」
俺はユズハを抱えて部屋の隅へ連れていく。後ろでは八岐大蛇がここの研究員らしき奴らを食い殺しているので今暫くは安全だろう。
「まさか…アカネさん…?」
「そうだよ。今はあんまり喋るな」
「…もう。こんな所まで…黙って出てきた意味がないじゃ無いですか」
「喋るなって」
ユズハの顔は笑っていた。その顔を俺は見たことがある。アイツとおんなじ顔だ。
「良いんです…わかってますから…」
「やめろ。そんなこと言うんじゃねえよ」
「ふふ。やっぱり優しいですね…だから巻き込みたくなかった…」
「これがユズハの秘密だったわけだ」
ポロポロと俺の手の中のユズハが崩れていく。手の、足の、体の輪郭が消えていく。
「私、結構満足してるんです。これまで知らなかったこといっぱい知れましたし。アカネさんに、みんなに感謝してるんです…」
「分かったから。後でいくらでも聞くから」
「アカネさん笑って下さい。最後はそんな悲しい顔しないで…」
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。
そんな言葉聞きたく無い。
俺はこんな理不尽な世界に嫌気がさして、強くなったってのにまた助けれないのかよ。
その時、ユズハの体の崩壊が止まる。
ユズハの体だけじゃ無い。突然全ての音が消え、崩れ落ちる瓦礫すらも空中で停止している。
『少年。私の力が必要ではないか?』
俺がその声に振り返るとそこには俺の契約してる中で最低のクズがいた。
「なんの様だ。クロノス。また嫌味でも言いにきたのか」
『なに。私の力の出番かと思ったのだが、お邪魔のようだな』
何のことも無さげに目の前の男はそう宣う。
この嫌味の塊が出てくると碌なことがない。それでも今はこいつに縋るしかないのも事実。
「待て。助けられんのか」
俺がそう聞くとクロノスは空中で腹を抱えて大笑いする。
『私にそれを聞くか。答えは否だ。しかし助けられる可能性は残してやれるぞ?』
「ならやってくれ」
クロノスは俺が一瞬の間も無く答えると驚いた様に笑っていた顔を止める。
『ふむ。なるほど。いい顔をする様になった。悪くない。此度は気まぐれにつき対価は要らん』
そう言うとクロノスはユズハに手をかざす。すると崩れかけていたユズハの体が巻き戻り、元の体に戻る。
『多少のオマケまで付けてしまうとは私は何と良い神だろうか?』
「ほざいてろ」
『ではまた会うとしよう』
そう言って指を鳴らすと世界に時間が戻ってくる。
俺はユズハの周りに結界を作り振り返る。
アイツのおかげって言うのは納得いかないが、それでも多少の時間稼ぎはできただろう。
ならあとやる事はひとつ。目の前の障壁を潰しユズハを治せるやつのところへ連れていく。それだけだ。
俺は両手で顔を叩き気合を入れる。
「考えるのは後だ。今はお前をぶっ飛ばすだけだ」
俺は『盗人の神服』を脱ぎ捨て亜空間に収納する。
突然現れた俺に八本の首がこちらを向く。
『不思議なこともあるものだ。矮小なる者を我が見逃すとはの』
「不意打ちは好きじゃないんでね」
『ハッハッハッ。哀れな人の子よ。我に対峙するだけでも不遜であると言うのにその尊大な言葉。面白くない』
「あくまでも自分が上だと思ってるんだな。俺も面白くねぇよ」
あえて同じ言葉を返し同じように高笑いする。
「吠え面かかせてやるよ!」
最強の元傭兵は、ダンジョン攻略でも最強です。 非生産性男 @dobu-gami
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