12 ドキッ! 姉だらけのお台場ビーチ!

「そうなんだけど……ここでの着替えは、ほら。あそこでするものだし!」


 僕は水着売り場の端に並ぶ、試着室を指さした。

 箱形の、カーテンで仕切られるタイプの小部屋だ。開け放たれたままのそこには、大きな鏡の姿があった。


「あら。なるほど! こちらにはああして、着替えた自分が見られるようになっているのですね!」


「少し手狭ですが、合理的な設備だと判断します」


「よし、妾はこっちだぞ~!」


「あっ、ヒメガミったら素早い! アタシもアタシもッ!」


 ちょうど四つあった試着室に、一人ずつヒメ姉たちが入っていく。

 それはいいんだけど、入り口のカーテンはみんな開けっぱなしだ。脱いでいく様子が丸見えだった。


「!」


 僕はもちろん背を向ける。いや、これはしょうがない。このビルの中には電気が来てない。

 だから窓際はともかく、フロア全体も昼間なのに少し暗かった。カーテンの仕切りを閉めてしまえば、試着室の鏡で確認なんかできないだろう。

 だけど僕が困る。振り返れない!


「うぬうっ、乳が横からこぼれるのう。こういうものなのか、やはり小さいのか……。オージ、どうだ? 変かのう?」


「ねえオージ! これって前と後ろ、どっちが正しいんだろ。わかる~?」


「後ろの紐を、どうやって結べば? ――オージ! あの、少し手伝ってもらえますか?」


失態ミス。HI/MEとしたことが大事なことを聞き忘れていました。オージの好みの水着というのは、どちらになりますか?」


「「「それ!」」」


 本当に、こういうときはみんな仲がいい。

 だけど、あの、本当に困る!


「そこを失念しておったのう。くふふ、オージよ……そなたはどういう水着がよいのだ? ん?」


「オージ! かわいいのがいいの? それとも、きれいなの?」


「形状は、上下に分かれた方ですか? それとも、ひとつに繋がってる方でしょうか?」


「露出度の数値を、具体的なパーセンテージで回答ください。最優先事項にします」


「……どんなものでもヒメ姉が着れば、ステキだと思うよ」


 僕は背後へと、無難に返答する。

 だけど。


「やだ……! オージったら、なんでも似合うだなんて! わたくし、困ってしまいますっ」


「ふっ。これは、妾の美しさに対する挑戦とみたぞ。オージ、そなたの期待以上の水着を着こなしてみせようぞ!」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~もうッ」


「売り場内の全水着データの収集は完了しています。上下それぞれ、別のものを組み合わせてのコーディネートも、シミュレーションに含めましょう」


 知ってた。声の調子だけでわかる。なぜか盛り上がるんだよね、ヒメ姉は!



【ヒメ姉メモ】

 モデルをやってたヒメ姉は、ほんとに服が好きだった。対して、僕はまったく興味がない。サイズが合っていればいいやって感じ。

 それがヒメ姉をよく燃えさせた。僕の服は全部、ヒメ姉が選んだものだったなあ。

 もう慣れたけど、僕が普段から半ズボンなのはヒメ姉のこだわりのせいだっけ。男の子は半ズボンでなくちゃ、とかなんとか。



 ともかく、こうなったら。


「ぼ、僕はフロアの奥でも見てくるから!」


 一時避難だ。いそいそと水着売り場から僕は離れた。

 さすがはみんなヒメ姉だ。水着ひとつでこんなに大騒ぎするなんて。

 歩きながらも耳を澄ませば、四人のはしゃぐ声が聞こえる。楽しそうなのはいいけどね。


「……そういえば」


 昨日、メカ姉が調達したのは下着ばかりで、みんな着ているものはそのままだ。

 たぶん剣姉は、甲冑をつけるにはあの装束でなきゃダメで。白姉は、今はビーチに干してきたけど、あの白いローブを大事にしてるみたい。

 メカ姉のあのメイド服は、素材から特別なものだし。ケモ姉はたぶん、ふわふわの尻尾が出せる格好が限られるせいかな。レディースものの服ばかりのファッションフロアをうろつきながら、なんとなくそう思った。

 だけど僕は、はたと立ち止まる。


「ここ……!」


 フロアの薄暗い端っこ。そこにあったのはアウトドアショップだ。明らかに雰囲気が違う。

 たくさんのリュックがぶら下げられていて、奥には一人用の小さなテントが飾られていた。

 少し荒らされた跡があるのは、防災グッズのコーナーかな。

 僕もパーカーのポケットに、防水ランタンを放り込んでいるからわかる。電池やライトの類いがないと、とにかく夜が困ったんだ。


 ヤツらのはびこる夜を、明かりなしで過ごすのは無理だから。


「ん? ――あ」


 取り出した防水ランタンで照らしながら、アウトドアショップの中に入ると、僕はあるものを発見する。

 それは木製のマネキンが腰を下ろした、大型のクーラーボックス。それと握られた釣り竿!


「あった! これだよっ!」


 すっかり忘れてた。すごい、竿にはリールもついていて、もちろん糸や針に浮きまである。完璧だ!

 そうだった。僕は釣りをしに来たんだよ!



               §



「僕、先にビーチへ行ってるからね!」


 四人の姉たちにそう告げて、僕は一人ショッピングモールを後にした。


「ええー! 待ってよぉ、オージ~! もうちょっとだからさあー」


「そうです! ……あと五着にまで絞ったので、ここから選ぶだけなのですから!」


「――なぜHI/MEが、ヒメガミの水着の裁縫処理までしなければならないのかは、理解不能ですが。後回しでよければ」


「裁縫道具を見つけてきたのはHI/MEであろう? そなたの水着の手直しついでにやればよい。なにせ尻尾の穴だけ開ければ、妾にぴったりの一枚になるのだからな! 少しくらいは待ってやろうぞ」


 どうにもまだ、水着選びにはかかりそうだったから。

 ともかく僕はビル三階のテラスに出て、広い外階段を降りていく。

 一緒に抱えるのはもちろん釣り竿一式と、見つけた大型のクーラーボックスだ。子供の僕には少し重かったけれど、どうにかさっきのビーチに辿り着く。

 砂浜に突き立てられた杖でそよぐ、白いローブが目印だ。


「ふう! さて、こっちはたぶん……遊泳エリアなんだろうけど」


 荒々しい着地の痕跡が残る砂地に、僕はクーラーボックスを置いて、ビーチを見渡す。

 ゆるく弧を描くビーチから向こうに、ちょっとした桟橋があった。確か海上バスの乗り場だったはず。


「あの向こうが釣りのできるエリアだっけ?」


 うーん。目を凝らせばどうにか、岩場になっているのが見えた。

 あそこまで荷物を持って移動するのは、さすがにおっくうだ。それに。


『オージ! 絶対、一人で危ない場所に近づいちゃダメだからね! 特に水場!』


「わかってるよ、ヒメ姉。忘れてないから」


 僕がこれまで生き延びてこれたのは、姉の教えを守ってきたから。これからも破るつもりはない。

 それに僕は、水が少し苦手だ。

 二年前のあの日から。


「いや……」


 苦手なはずだったんだけど、もう今は平気。そういえば昨日も露天風呂に入るとき、なにも気にしなくなった。


 僕の体から、あのニオイが完全に消えたせいだ。


「……ヒメ姉のおかげで、最後に、僕は」


「オージ!」


 遠くから名を呼ばれて、はっとする。


「っと、砂場はダメ! 砂場は――ええいッ!」


 だああんっ! ビーチ手前の歩道部分に、素足で着地を決めたのは、赤い髪をなびかせた剣姉だ。


「ふう、また砂を派手に舞い上げるとこだったわ!」


 ゆっくりと立ち上がったその姿は、もちろん水着。

 黄色い花柄のビキニタイプで、胸元から腕にかけてと、腰回りにたくさんフリルがつけられている。


「!」


 ヒメ姉。

 本当に、そう呼ぶところだった。よくこんな、ふわふわなデザインの水着を選んでいたから。

 剣姉がツインテールにしていた髪を、今はサイドでひとまとめにしているせいもある。ヒメ姉は海に入るときはいつもこんな感じに、長い髪をサイドテールに束ねていたんだ。

 僕はたぶん、ただ目を見開いていたんだと思う。


「……どう、かな? オージ。結局、最初に選んだ柄に近いヤツになっちゃったんだけど」


「うん――すごく、ヒメ姉らしくて、よく似合ってるよ」


 思わず口から出た言葉は、つい比べるもので。

 違う、そうじゃない。

 ヒメ姉と違って、この上からシャツを着てないし、髪の色だって違う。

 一度も怖いと思ったことはないけど、頭に立派なツノだって生えてる。鞘に収まった刀が、水着の腰に無理矢理挟まれていて、剣姉らしさもあるのに。

 きちんと剣姉を評価しなきゃ、失礼なのに。


「やったあーーーーー!」


 でも僕が謝る前に、跳び上がって剣姉がはしゃいだ。

 子供のように無邪気な笑顔だ。


「オージに褒められちゃった♪ あはは!」


「んぐぐ!?」


 次の瞬間、僕は強く抱きしめられた。むぎゅうっと顔面に、やわらかな肉の圧力が!

 完全に油断してた。間違いなく、剣姉もヒメ姉なんだ。

 フリルにうまく隠れていたけど、そのおっぱいは、やっぱりすごくて。


「――まったく! この妾を出し抜くとは、なかなかやるのう。姫光も」


 すさっ。砂地をやわらかく踏んだ音がした。

 剣姉の腕がゆるみ、ぷはっと僕は顔を離す。

 ビーチに降り立っていたのは、やはりケモ姉だった。

 当然、水着姿の。


「どうだ、オージよ! 妾は美しいであろう? くふふ」


 意外にも、と思ったら失礼だろうか。ケモ姉はワンピースタイプだった。尻尾を通す穴を、確かに開ける必要があっただろう。

 だけど地味なデザインじゃない。色は黒で、体毛に覆われていない箇所の、体のラインがしっかり出ていた。

 それに肌も露わなスリットがあちこちに入っている。腰の横にも、胸の谷間にもだ。

 くるりと回れば背中も大胆に空いていた。うわわ。


「ほれ、感想は?」


「……きれい、だと思う。うん」


「ふふん! そうであろうとも!」


 のけぞるケモ姉の胸元で、縦スリットが大きく割れた。

 その後ろではふりふりと、鎖に巻かれた尻尾が揺れてたけどね。


「さあ、讃えるがよい! オージ、ほれ! なんなら……なでなでしてもよいのだぞ? この前のようにな! くふふふふ!」


「え? なにそれ、そんなことオージにさせてたの、ヒメガミ!? ずるいッ!」


「神である妾の特権じゃて。さあオージ、遠慮することはないぞ。ほうれ――」


「その前にHI/MEをねぎらって欲しいものですが、ヒメガミ」


 そこに、いきなりビーチに現れたのはメカ姉だった。

 ふわり。いつも編んでいる銀色の髪は、今はほどかれ潮風になびく。眼鏡はしていたけどカチューシャは外されていた。

 そんなメカ姉の着る水着は、なんと純白のビキニだ。

 それも一部がレースとなって透けているもの。

 剣姉やケモ姉と比べて、明らかに布の面積が少なかった。だけど不思議と上品に見える。

 見えるんだけど。


「今度はこちらを手伝ってもらいます。それで貸し借りゼロとしましょう」


 抱え持っていたのはなんと、折りたたまれたビーチチェアだ。それとビーチパラソルも。

 軽々と片手で投げられたそれらを、ケモ姉が慌てて受け止める。


「ぬお! なんだなんだ!?」


「オージと砂浜でくつろぐためのものです。しっかり設置してください」


「くっ……オージのためとあらば、仕方あるまい! しかしこれ、設置だと? どうすればいいのだ?」


「これ大きいけど日傘と、大きな椅子なんじゃない? しょうがない、アタシも手伝ってあげるわよ」


 剣姉がケモ姉と一緒に、パラソルとチェアを運んでいく。

 でも、組み立て方はわかるだろうか? 僕が混ざった方がいいかもしれない。

 すぐ追いかけようとしたんだけれど。


「あの――オージ。HI/MEに似合っているでしょうか」


「え?」


 白い水着のメカ姉が、なぜかもじもじと大きな胸を隠していた。

 ううん、隠しているのはもしかして。


「判断ミスをしたようです。この格好は露出度が高すぎました。スポーツ系の水着を選ぶべきだったかと」


「メカ姉……」


「メンテナンス用のラインが丸見えですね。自分が人ではない、ということを思い知らされます」


 メイドロイドのメカ姉が腕で覆うのは、自身の肌に走る分割線だ。


「そんなことないよ」


 僕は機械の姉の肌に触れる。はっとしたメカ姉の機微も伝わった。


「メカ姉はメカ姉だよ。僕はちっとも気にならないよ」


「……オージがそう言ってくれるなら、HI/MEは」


「うん。その水着、とてもステキだと思うよ、メカ姉」


「――肯定アイ


 眼鏡越しの瞳が嬉しそうに細められた。もうメカ姉は肌を隠そうとはしない。

 あれ?

 そのときになって僕は、すぐ側でぽっかりと空いた【ホール】に気が付いた。角度が悪くて、今まで目に留まらなかったらしい。

 今更だ。どうやってメカ姉が、あんなに大きな荷物を抱えて現れたのか。

 ビーチまでショッピングモールから空間を繋ぐ、転移魔法陣を使ったのだ。

 つまり、それは。


「白姉! 回復したんだね!」


 ひょっこりとエルフの姉が、【ホール】から顔だけ出してきた。長い白髪はポニーテールに束ねられている。

 メカ姉と一緒に登場しなかったのは、恥ずかしがってるから?

 ぽふ。ビーチサンダルを履いた足が砂を踏んだ。


「ふふ、ふふふふふ――満を持して、聖女たるわたくしが登場なのです! さあ、オージの惜しみない賞賛を独り占めですよ!」


「へ?」


 自信満々といった様子で白姉が飛び出してきた。

 もちろん皆と同じく水着姿なんだけど、ええええ?


「ちょっ……白姉!?」


「これが一番、わたくしの真っ白な肌を美しく見せると思うのですーーーー!」


 白姉が選んだのは、明るいピンクの水着だった。

 ただし、とんでもなく生地が少ないタイプの。ほぼ紐だ。それらが網のように交差し、たわわな白い胸に食い込んでいた。

 隠されているのは先端の突起くらいで、うわあ。

 うわあああああ。

 ただ、下半身はスカートのように巻いた、透ける布で隠されていた。歩くたびにちらちら見えてしまうけど、これは、ええと。


「オージっ! どうですかどうですか?」


「ん、んんん――ぎりぎり?」


 僕は素直に感想を述べた。

 白姉の表情が固まる。


「ええっ? ぎりぎりって……ぎりぎり、ダメなのですか? それとも、ぎりぎり大丈夫な方?」


「……両方の意味かな、白姉」


「そ、そんなあああああ~~~~~!!」


 あからかさまにがっくりと白姉がうなだれた。

 あはは! 僕はつい笑ってしまう。


「ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって。でも元気になってよかった、白姉」


肯定アイ。ヒメリエルの生命反応バイタルはすっかり元通りです」


 隣でメカ姉が補足する。


「わたくしの、元気は……いま、失われました……」


 白姉はまだ落ち込んだままだったけど。ほんと、ごめーん!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この終末、お姉ちゃんしかいないけど……ラブコメしよっか! ひびき遊 @hibikiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ