11 レインボーブリッジは封鎖してません

解析サーチ完了」


 ふいに告げたのは、白姉を担いだまま周囲に頭を巡らせていたメカ姉だ。


「ここから一番近い釣り場は、どうやらあちらにあるようです」


「え? ――あ」


 メイドロイドのヒメ姉が、すっと指をさした方向。そこは海を挟んだ向こうにある、コンクリートで固められた対岸だ。


「そっか、お台場! 確かにあそこビーチもあれば……釣りのできる区画もあったっけ!」


 テレビ局の建物や、大きなイベント会場のある人工島。そこに、ヒメ姉と一緒に何度か来たことがあった。



【ヒメ姉メモ】

 二年前に両親を亡くし、高校生だったヒメ姉は進学を諦めて、働き始めた。十八歳で弟の僕と一緒に暮らすためには、必要なことだったみたい。

 それがなんとモデルのお仕事! ヒメ姉は美人だからね。その関係で、テレビやイベントにときどき出ていた。僕も特別に、見学という形で遊びに行かせてもらっていたんだ。

 でも、コスプレっていうの? アニメやゲームのキャラクターの格好をするヤツ。なぜかヒメ姉は、そういうお仕事が大半だったんだけども。



「うん。あそこならきっと、なんとかなるよ!」


「へえ! じゃあそこのでっかい橋を渡っていけば、向こうまで行けるんじゃない?」


 剣姉が巨大なループと繋がった、立派なレインボーブリッジを見上げた。

 確かに、橋は無事な姿でそこにある。途中で崩れてもいないし、橋を吊る太いワイヤーが切れているようにも見られない。


「うん、たぶん行けそうだね。でも橋への登り口は、ループしてるあっちの方だから……わわわ!?」


「ふふん! 任せるがよい!」


 次の瞬間、僕の体は軽々と空中に飛び上がっていた。ケモ姉がいきなり僕を抱えて、跳躍したんだ!

 ごうっ。引き裂かれた潮風が、僕の息を詰まらせる。空と海の青がくるくる回り、あっという間に灰色の地面が迫った。

 海上でくるりとループする、道路の上だ。

 放置された車両がまだ見られたけど、それらを避けてケモ姉が着地を決める。


「ほれ。ここをゆけばよいのであろう?」


「そうだけど……びっくりした!」


「ちょっとッ! いきなりオージをかっさらうなんて、ずるいわよ!」


 僕たちを追って、鬼の剣姉も軽々と跳んできて、ここまで上がってくる。誰も乗ってない車の屋根を、べこんと潰して降り立った。


「アタシだって抱えて走れるんだから! はい、はい! 交代、こうたーい!」


「ふふん! では帰りは譲ってやろうぞ」


 僕を片腕で抱えたまま、ケモ姉が疾駆する。


「ああっ! 待ってよー! もうー!!」


 速さなら鬼より獣人の方が上みたい。剣姉を振り切って、大きくループする橋の上を駆け抜けると、真っ直ぐ伸びるレインボーブリッジに到達した。


「ほほう! これは絶景だのう、オージ!」


 飛び込んだのはゆりかもめ線が中央を通る、巨大な橋の内部だ。

 ぽっかりと横側が抜けていて、そこから真っ青な海が見渡せる。そして意外にも車はまったく残っておらず、どこまでも直線道路が続くのみ。そこをケモ姉が気持ちよく走ってゆく。

 僕は、その。風景を楽しんでいる余裕はなかった。

 小脇に抱えられてるせいで、すごいことになっていたから。だって、いちいちはずむケモ姉のおっぱいが、ばんばん顔に当たるんだもの!

 ケモ姉は下着を着けてないみたい。だから胸の揺れ方がすごくて、困る。やわらかいから痛くないけど、ほんとに困るよ!

 でも、あれ?


「ん、んっ――人!?」


「なんだと?」


 見下ろせる、きらきら光る海の上。そこを突き進む誰かがいた。


「……ふむ、あれはヒメリエルを担いだHI/MEであるな」


「ええ?」


 僕より遥かに目がいいみたい。一瞥しただけでケモ姉が断言する。

 ここからだとずいぶん小さくしか見えないのだが、虹色に輝く足場の上を走ってる? もしかしてメカ姉の生み出す、特殊なエネルギー物質かな。

 走り抜けたところから消えていくようだが、あれで海を渡れるんだ!


「海を直接ゆくことで、最短距離をとるわけか? ふっ、それで妾に勝とうとは……面白い!」


「へ? 別に、競争してるわけじゃないと思――」


 ぐんっ、とさらにケモ姉が速度を上げた。

 風圧でやわらかなおっぱいが、僕の視界のすべてとなった。ああああああ。



               §



 やがて僕は抱えられたまま、高々と跳ね上がった。

 思わず上げた悲鳴さえ、柔肉の中に埋もれて消える。


「うむ、橋の中を抜けたぞ!」


 ケモ姉がレインボーブリッジの中から飛び出したらしい。ぶはっと僕は顔を上げ、眼下にお台場を一望した。

 ここもやはり人のいない、完全な廃墟のようだ。ゆっくりと落下を始めたケモ姉に掴まりながらも、一目でその様子がわかった。橋に繋がる交差点には、逃げてきたと思われる車輌の列がひしめき合い、そのまま放置されている。ああ、だからレインボーブリッジには車の姿がなかったのか。

 お台場をぐるりと回る陸橋の一部が、壊れて道路を潰していた。そのすぐ側にはテレビでもよく見た、某放送局の建物が。

 だが一部が崩落し、特徴的だったボールのような構造物が、無残に転がり落ちていた。


「HI/MEは……なんと! くっ、先に着いておったか!」


「わ、わ?」


 空中でケモ姉の姿勢が変わった。重そうな鎖の絡む尾を、ぶんと後ろで振ったようだ。反動で真っ直ぐに、ビーチへ向かって落ちていく。

 灰色の狭い砂浜に、ケモ姉が見事に着地を決めた。ぱっと大量の砂煙が上がる。

 でも、さすがは強運を謳う神獣。一緒にいる僕に砂がかかることはなかった。


「オージ、到着をお待ちして――緊急回避バレルロール!」


「きゃあ!? なんですかああああ!」


 ビーチに到着していたメカ姉が、メイド服のミニスカを翻し、くるりと回って砂を避ける。

 だけど逃げ切れなかったのは、近くでへばっていた白姉だ。頭から砂をかぶり、白いローブも真っ白な髪も、一発で灰色に汚れる。


「うぅ……あんまりですぅ。わたくし、聖女ですのにいぃ」


「大丈夫? 白姉!」


「ふん、それくらい気にするでない。それに妾の読みでは、もう一度くらい汚れるぞ?」


 えっ。いったいどういう意味なのか。


「てえええーーーーーーーーーいッ!」


 すぐにわかった。気合いとともに甲冑姿の剣姉が、僕らのもとに跳躍してくる。


緊急回避バレルロール!」


「こっちだな」


 メカ姉がまた回転し、ケモ姉はまだ僕を抱えたまま、後ろへ跳んだ。

 ざざん!

 勢いよく剣姉が着地をすると、ケモ姉のときの何倍も砂が舞った。メカ姉が避けきれず巻き込まれ、白姉はさらに無残な姿になる。


「わあ、ごめーーん! オージは平気だった?」


「案ずるな、姫光。妾がついておる。このとおり無事だぞ」


「あの、僕なんかより……メカ姉と白姉が!」


 ようやく地面に下ろされた僕は、急いで二人のもとに駆け寄る。


失態ミス。軽装形態モード時の重量バランスを再計算しておくべきでした」


 眼鏡を一度外して、メカ姉が冷静に砂を落とす。こっちは平気そうだ。

 でも白姉の方はというと。


「ぶはっ……ぺっぺっ! うう~~~~~!」


 口から砂を吐き出して、蹲ったまま涙目だ。


「く、口の中が、じゃりじゃりしますうぅうう!」


「ご、ごめんってば! アタシが悪かったわ、ヒメリエル! はい、これ!」


 剣姉が腰の後ろから、提げていた革袋を取り出した。

 それは水筒。出発前に補充していた飲み水を、ばしゃばしゃと白姉の頭にかける。

 でも、その程度ではどうしようもなく。


「あの~~……なんかわたくし、余計に、汚れただけになってるような……!」


 白姉の指摘は正しい。どうにか顔は洗い流せたけれど、水がかかったことで全身の砂がどろどろだ。

 もっとたくさん水が必要なんだけど、水筒の中身が空になる。剣姉が革袋を絞っても、ぴちょんと一滴垂れて終わった。


「えーっと、その――えへ?」


 剣姉が鼻の頭をかいた。がっくりと白姉が肩を落とす。


「待って。水なら……自販機が!」


 僕は周囲を見回した。もともと飲料水は、現地調達する予定だったから。

 あった! 整備された広い歩道の向こう側。ビーチの管理事務所なのか、軽食のお店なのか、二階建ての建物がある。目を凝らせば、その前に並んでいる自動販売機の姿が見えた。

 パーカーのポケットを確認する。指先に触れるのは何枚かの五百円硬貨。電気が通っていればこれがまだ使える。

 自販機が動いてなければ、ヒメ姉の誰かにこじ開けてもらうしかないけどさ。


「大仰だのう。汚れたなら、後で魔法とやらでなんとかするか、ほれ」


 でもケモ姉が、小波の打ち寄せる海を指した。


「水ならそこに押し寄せてくるほどあるではないか。洗い流せばよいであろう」


「あ。それは――」


 そのとおりだ。


「確かに! 水浴びをすればよいのですね!」


肯定アイ。大変合理的な考えだと判断します」


 杖を砂浜に突き立てて、ローブを脱ぎ始めた白姉はともかく、メカ姉までミニスカートを腰から外した。ガーターベルトと黒い下着が露わになる。

 えええええ?


「待って! いきなり? ここで脱ぐの、二人とも!?」


「あら。ダメですか」


「ここにはオージとHI/MEたち以外、他に誰もいないと断言できますが」


「……そうなんだけど! でも、その、ビーチだから!」


 青空の下、早々に半裸になった白姉とメカ姉。

 砂のついた白い足や、豊かな胸の谷間が、なんだか普段よりもなまめかしく見えて。


「う、海に入るなら……水着を着なきゃ! そう、水着!」


「「「「水着?」」」」


 とっさに告げた一言に、四人の姉たちが食いついた。

 あれ?

 もしかして僕は、うっかり早まったかもしれない。



               §



 ビーチから少し歩けば、すぐそこにショッピングモールがあった。

 立体駐車場と一体化した商業ビルだ。隣接する陸橋の崩壊に巻き込まれず、無事な姿で残っていた。中はきれいで、通路には立ち入り禁止を示すカラーコーンが並んでいる。

 たぶんヤツらが現れた「あの日」から、早々に閉鎖されていたようだ。一階の駐車場入り口もシャッターが降りていたし。


 だけどもう、あの鉄臭いニオイはどこにもない。


 海側に突き出した三階のテラスに上がれば、窓の一部が割れていた。そこから入ると、いきなりショッピングフロアだ。

 いなくなった人の代わりに出迎えるのは、並んだマネキンたち。ビーチ近くのモールなだけに、どれも水着姿で腰のくびれを見せていた。


「あっ、これじゃない? ここに水着って書いてあるよ!」


「ほほう、布地の少ない服だのう。なるほど、この世界ではこういうものに着替えて、わざわざ水浴びをするのか」


肯定アイ。どれも人工素材でできていて、濡れても傷みにくいものだと判別できます」


「なんだか、その……かわいくないですか? 全部!」


「「「わかる!」」」


 四人のヒメ姉たちが盛り上がる。

 一斉に売り場へと雪崩れ込むと皆、好きに水着の物色を始めた。


「これ! ねえオージ、どう? アタシに似合うかな?」


 剣姉がカラフルな、花柄の水着をさっそく見せに来る。

 残念ながら僕にはその善し悪しはわからない。でもときどきヒメ姉の自宅ファッションショーに付き合ってたから、無難な回答は知ってる。


「うん、いいんじゃないかな」


「だよね! ――ああっ、こっちのもステキ! えっ、どっちにしよ!?」


「ほう。そなたはそういうのを選ぶのか、姫光」


 ひょいと割り込んできたのはケモ姉だ。

 その手には、比較的シンプルなデザインの、真っ赤な水着が握られている。


「なるほど……確かにお互いの髪や肌の色を考えると、それぞれ映えるものが異なるわけかの」


「あ、そーだね。アタシだと髪が赤だから、もうちょっと別の色にしたいかなーって!」


「ふむ。しかしこの水着とやら、色味だけでなく――細かい意匠も違うとは。くふふ、なかなかに面白いのう」


「どうやら上下に分かれているのと、ひとつに繋がってるものがあるようですね!」


 そこに白姉も加わった。

 一人、砂で汚れたままの半裸のエルフは、専用のハンガーにかかったままの水着を抱え込む。右手にビキニタイプ、左手にワンピースと、一応区別してるようだ。それらを真剣に見比べる。


「これは、まずどちらがよいのか……! ううう、悩まされます!」


報告レポート。ちなみにHI/MEたちの胸回りのサイズを考慮すると、着られるものは限られるようです」


 たくさんの水着が吊られた中を掻き分けて、メカ姉が顔を出す。


「伸縮性のある素材を選べば、多少は無理が効くようですが」


「……つまりは、実際に身に付けてみないとわからない、ということですか?」


肯定アイ。そうなります」


「なら簡単じゃない。着てみればいーのよッ!」


 すると剣姉が、選んだ水着を売り場に戻して、腰に帯びていた刀を外した。近くの壁に立てかけると、今度は甲冑に手をかける。え?

 ごしゃっ! 床に、脱いだ肩当てが落とされた。


「おお、そうだな!」


 着物をするりとはだけたのはケモ姉だ。

 もちろん一緒にこぼれ落ちたのは、体毛に覆われていない豊かな胸で。


「待って! 待って待って……これ、ビーチのときと同じだからあ!」


 さすがに僕が慌てて止める。

 きょとんとしたのはヒメ姉たちだ。


「なんだ? ここはもう建物の中であろう」


「外じゃないから、いいんじゃないの? オージ」


「いや、それは……」


「あら。まだダメなのですか?」


「ここにはオージとHI/MEたち以外、やはり他に誰もいないと断言できますが――」



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