幼馴染との10年後

パタパタ

そして現在

「ねぇ〜、つとむ。一緒に暮らさない?」

 休日、紗良さらはゲームをしながら唐突に言った。


 俺と紗良は付き合ってはいない。

 忙しい仕事の合間をぬって、ここ最近、紗良がずっとウチに入り浸るようになっただけ。


「なんかあったのか?」

 俺は寝転んだベッドの上で聞き返す。


「うーん。ほら、最近、勉の家に入り浸りでしょ? 家賃勿体無いなぁって……」

「そうか」




 あの頃。


 高校入学しても、俺と紗良の幼馴染としての関係は継続していた。

 登下校をよく共にし、休みの日にはお互いの家にも行っていた。

 彼氏彼女ではない、家族みたいな関係の延長線上にいた。


 その関係が脆くも崩れたのは、紗良に彼氏が出来たからだ。

 相手は俺も仲が良く、3人で行動することも多くなっていた高梨。

 彼の告白を紗良が受けた形だ。


 幼馴染と彼氏は違う。


 俺は当然と思い、紗良を避けた。

 これは後に紗良本人から聞いて驚いたことだが、男女の考えの違いがハッキリと出た内容だった。

 もちろん人にもよるだろうが。


 男からすれば、彼氏の自分以外に彼女が仲良くする男がいるのは面白くない。

 認める認めないではなく、単純に面白くない。


 そのため、そうならないように避けるのは当然のことと思えた。


 だが紗良からしてみれば、幼馴染の関係まで断ったつもりは毛頭なかったのだ。

 程度はあれ、今までの関係性を継続するつもりだったのだ。


 今なら確かに分かる。

 避ける必要もなければ……避けるべきではなかったのだ。


 そうは出来なかった。

 そうしてしまった理由もあった。

 なんのことはない、多くの例に漏れず俺は紗良が好きだったのだ。


 今更どうにもなりはしない。

 楽しそうに高梨と笑う紗良を見ていることなど出来なかった。

 そうするともう、断ち切るしかなかった。


 紗良がそんな俺の感情に気づいた頃には、絡み合った糸はもうどうしようもなく絡まり、後はハサミで断ち切るのがせいぜいだった。


 その頃には俺にはもう心の隙間を埋める新しい恋、広川という女性に救われていたから。


 日曜日のある日、寒い冬の海を2人で見て話した。

 お互いの手を取り、小さな頃のことから今までのことを話した。

 お互いが想い合っていたことを知り、互いの目を見て笑いながら。


 最近のことにまで話が至った時、2人の手は離れた。

 もう互いの手を取り合うことはないのだと、その時感じた。


 心の中の糸が今度こそ千切れた。


「さよなら、大切な紗良」

「さよなら。私の大切な幼馴染……と初恋」


 その時には、紗良の目には涙が見えた。


 俺が背を向けた時、嗚咽が聞こえた。

 彼女が泣き崩れたのだと。





 あの後、俺たちはお互いの家に行くこともなければ、2人で出掛けることもない。

 当然、手を触れることも。


 高校を卒業し、大学の1年目で広川とは別れた。

 大学が離れ離れになって自然消滅に近い。

 最期はメールのやり取りだけで終わり、涙も出なかった。


 成人式で久しぶりに紗良に再会した。

 成人式の準備でお互い実家に帰って来ていたから、自然なことだった。


 かつての痛みは当然、ぶり返したりしない。

 もう恋愛としては、俺と広川の関係と同じように、終わったことだったから。


 紗良もその時には高梨とは終わっていて、彼の連絡先も知らないのだと言った。


 俺たちは互いに連絡先を改めて交換し合い、また連絡を取り合う約束だけをした。


 それから大学卒業まで、一度近況報告しただけで連絡は取り合わなかった。


 社会人となり忙しい毎日の中、大学時代に付き合っていた彼女とは、社会人一年目で別れた。


 社会は学生時代とは何もかも違っていたから、すれ違いは致命的になり修復することは出来なかった。


 社会人五年目になり、仕事には慣れてきたけれど、心の空虚さは埋めることが出来ず、広がっていった頃。

 ふと何気なく、元幼馴染の気安さで紗良に連絡を取ってみた。


 何がとかではなく、タイミングが良かったのだろう。

 お互いに仕事の大変さを共有し合い、今度一緒に酒でも飲もうとなった。


 もちろん、その時に今更どうこうなろうと考えはしなかった。

 ただ、お互いに少し疲れていただけなのだ。


 2人で酒を飲み交わすと、この10年の期間など無かったかのようにお互いに笑い楽しんだ。


 疲れ切った社会人2人。

 またこうして飲もうと約束し合って、その日は別れた。


 2週間もしないうちにまた酒を酌み交わし、今度は仕事の愚痴を互いに言い合って。

 話足りなくなって、店から近かった俺の部屋で飲み直した。


 俺の部屋で昔のゲームを見つけ、嬉しそうに当時一緒にやったゲームの話でまた盛り上がった。


 終電も無くなり、そのまま紗良はウチに泊まっていったが、その時は特に何もなかった。


 その日から、紗良は週末にウチに遊びにくるようになった。


 学生時代と違い社会の荒波は本当に大変だった。

 2人ともが心の置き場を自然と求めた。

 そうすると、俺たちが再びあの頃と同じような関係になるのは、当然どころか必然だった。


 紗良が遊びにくるようになって、3回目ぐらいだっただろうか。

 1回目と2回目と違い、最初から部屋で安い酎ハイを2人で飲みながらゲームをしていた。


 どちらからとかではなかった。

 何かの引力に引っ張られたように口を重ねた。




 そうして、俺たちは初めて結ばれた。

 初めて同じベッドで朝を迎えた時は、おかしくて2人で笑ってしまった。


 何がどうして、あの海で関係を断ったはずの2人が10年後にこうなるんだ。

 あの頃の恋は一体何だったのだ、と。


 それから毎週、紗良はここに居る。

 時々は外で一緒に食事しながら、この部屋に一緒に帰ってくるのだ。





 彼女の背中をツンツンと突く。

 何、と彼女が首だけがこちらを向くので、慌てることなく近づき唇を重ねる。


 数秒。


 そっと離れると互いを見たまま。

 紗良も俺も特に目は潤んでいない。


 ただお互いが自然にそうしただけ。


「する?」

 請う訳でもなく、求める訳でもなく、ただそうであることが自然なだけで。


 俺も同じようにそうするのが当然で。

 ゆっくり頷く。


「ん」

 今度は紗良の方から求めるように口付けを交わす。


「泊まっていくだろ?」

「うん」


 2人が至った先は情熱的でも感情的なものでもない。

 あの頃が何だったのだろう、と思わなくもない。


 2人にとって必要なものだった……という訳でもない。

 あの頃、どんな結末を選んでも結局こうなったのではないか。

 そんなことを考えると、2人でしょうがない、と肩をすくめてしまう。


 あれから10年の歳月が過ぎて、至った場所がここしかなかった。


 まるでそんな感じだ。


 思春期のあの頃よりも今は2人が一緒にいるのが自然で、気楽で。

 そして、そうでないと嫌だと感じる自分たちがいる。


 それが幼馴染としての終着点と言うのは、無理矢理だろうとは感じる。


 今の関係に至るのに、思春期までの環境があまり意味をもっていないとすら感じている。

 せいぜい思い出話を共有出来る程度。

 その程度の差でしかない。


 それに2人でさらに10年が経ってしまえば、あの頃の積み重ねた時間よりも、ずっと長い2人の時間がお互いの中に存在することになる。

 そして、2人ともがそんなふうに、これから共に過ごすのだと分かっていた。


 幼馴染という関係はただその程度でしかなかった。

 それがあの頃には分かっていなかった。


 それだけ。


 複数回のキスの後、2人でベッドに転がる。

「いやぁ〜、勉とこんな感じになるとはねぇ〜」

 俺にしがみつきながら紗良は言う。


「……どうだろうな。

 遅かれ早かれな気もする」

「……そうだね。

 多分、そうなんだろうね。

 責任は取ってね?」

「ああ」


 それが10年後の俺たちの結末だった。

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幼馴染との10年後 パタパタ @patapatasan

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