満月と灯

ここみさん

満月と灯

青白い月の明かりが私とヤマトを照らす

雲一つない夜空に浮かぶ満月は、まるで今夜の夜空を独り占めしているほどキラキラと、図々しくと、太々しくと輝いていた。まぁ、丘の上のアトリエ、この町で一番月に近い場所で眺めている私たちも、この夜空は私たちのものなんだと勘違いしそうになる

「いや、そんな勘違いするのはお前と、太陽のおかげで輝いていることを忘れた今夜の月だけだと思う」

「満月のように器が大きく輝いている、と捉えておきますね」

「そろそろ寝ようと思っていたところを外に引っ張り出された苛立ちに任せてその器を叩き割りたい」

「まぁまぁ、一人で月を眺めるより、二人で月を眺めた方が楽しいでしょ。ほら、暖かいお茶もあるし」

「月見に一人も二人も関係ないと思うんだがな。あとそのお茶は俺が淹れたんだけど」

そう言いながらヤマトは、手すりで囲われている崖に近づいた

「それに俺は、空を見上げるよりも、こうやってこの丘から見える景色の方が好きだな」

その言葉に私は視線を変える

そこには多くの家の窓から漏れ出している光、夜道を照らす街灯の光、松明の光などの様々な光がちりばめられている。まるで星空が丘の下に降りてきたかのような輝きだ

まるで今夜の大きく綺麗な満月に、夜空から追い出されてしまったようだ

「月という絶対的な輝きよりも、俺はこういう小さな光が疎らにあって、そこに人の息吹が、物語が感じられる、そんな景色の方が好きだな」

「ヤマト…」

「少し臭かったな、忘れてくれ」

「いや、私は月明かりが綺麗な夜空の方が良いと思う」

「なんでそこで張り合うんだよ。どっちも綺麗だね、で終わりで良いだろ」

「私、ヤマトの国の竹取物語とか結構好きなの、だから景色の勝負では絶対負けたくないの」

「何なんだよこいつ。あーはいはい、じゃあ俺の負けで良いから」

「お情けで貰った勝利程無価値なものはない」

「面倒な師匠だな、本当に。どうすれば納得してくれるんだよ、俺そろそろ眠いんだけど」

「お互い自分の好きな景色をアピールし合って、心が動かされたら負けね」

「なんで俺の魔術の師匠は、魔術以外に関してはこんなにアホなんだろう」

ヤマトが私のことを、手に負えない阿保を見るような目で見ているが、私は気にしない。なぜならもうそんな視線には慣れたから、二日に一回は向けられているから

それはさておき、最近私のことをナチュラルに見下している助手のヤマトに、師匠の本気というものを見せてあげよう

私は手を高く上げ、柏手を二回打った

「ふふん、ヤマト、これが師匠の本気よ」

「こんなくだらないことで師匠が本気になられても…」

そこでヤマトは絶句した。それもそのはず、アトリエの周りに生い茂っていた木々が全て、満開の桜の木に変わっていたからだ

濃い桃色の桜の花びらが夜風に乗って宙を舞い、それが淡い満月の明かりに照らされて空まで飛んでいく。穏やかだった丘の上に、何度も何度も風が吹き、そのたびに月明かりの舞台を桜が舞い踊っていく

「流石だな、本当に魔術に関しては天才的だよ、俺の師匠は」

地に落ちた桜の花びらを月あかりに翳しながら、ため息交じりに呟いた

私の得意な魔術は植物を操る魔術、ではない

「触った感覚が本物と遜色がまるでない」

「当たり前よ、何せヤマトの脳が本物だと錯覚しているんだから」

私の得意とする魔術は幻覚の魔術。あるものを無いように見せ、無いものをあるように見せる、そう脳に錯覚させる魔術

「スイッチはさっきの柏手か」

「ええ、内容はアトリエの周りの木が桜の木に見え、それが風に乗って空まで飛んでいくって言う映像を刷り込んだの。綺麗でしょ」

両手を大きく広げて、月と夜桜の景色を見せる

「本当に、なんでこんな高度なことができる魔女が、こんな片田舎でアトリエを営んでいるのかねぇ。その気になれば王都で好きに暮らせるだろうに」

「ヤマトが弟子入りを志願したときに言ったでしょ、私の魔術はその気になれば他人を自由に操ることもできるし、暗殺や諜報とかの大抵の裏の仕事は熟せる。だけどそれは私の好みじゃないの、のんびりと穏やかな、今日みたいに自由気ままな生活が好きなの」

私もヤマト同様に幻覚で作った桜の花びらを一つつまみ、さて、と話を切り替える

「ではこれより満月の夜空が如何に美しいかのプレゼンを開始させていただきます」

「…気が済むまでどーぞ」

「まずご覧いただいたとおり、月明かりというものは自然のものと非常に相性がいい。今見せている桜然り、寒いからやらないけど雪景色と見ても美しく映えます。桜や雪が風に乗って月に昇っていくのは、まるで月に帰るかぐや姫みたいで、神秘的で素敵でしょ」

私は再び突風を起こし桜を巻き上げ花びらの道を夜空に掛ける、幻覚を見せる

「確かに綺麗だとは思う。鮮やかな桃色が青白い月光に照らされて、お互いを引き出し合っている。調子に乗るから言いたくはないけど、今日の一際大きく綺麗な月は大抵の自然の景色とうまく溶けあって調和するだろう」

「ふふん、そうでしょそうでしょ」

「あえて言うなら、月は主役ではないよな」

「…なんですと」

「いや、自然と調和すると言っても、あくまで月は照明にすぎない、言わば舞台装置であって役者ではない。今見せてくれた景色だって、月の良さを何倍にも引出はしているが、それはあくまで桜を際立たせることによって、そんなことができる月って素晴らしい、という理論にすぎないよな」

「ぐぅ」

ぐうの音も出ない

「な、なら、ヤマトが綺麗に思うこの丘の景色をプレゼンしてみてよ」

「俺もやるのか」

「やるの、魔術でもなんでも使って私に綺麗な景色を見せてよ。そうだ、師匠による抜き打ちテストだと思っていいわ」

「はぁ、子供みたいなこと言うよな」

「私だってまだ花も恥じらう少女です」

「二十歳越えても少女って言うんだな、初めて知ったよ」

「越えてません、ジャスト二十歳です」

「まぁなんでもいいや。魔術使ってのプレゼンだっけか、いいよ、まだランスほどの錯覚を見せられないけど、俺だってそれなりにやってきた自負はある」

私は幻覚で作った桜を消し、師匠らしくヤマトのお手並みを拝見する

ヤマトは作から少し身を乗り出して、大きく息を吸った

「まずここから見える街の景色、その光たちは空から地上に落ちてきた星たちだ。真っ暗な大地を照らす。疎らでありながら逞しく、点々としながらはっきりと、その輝きを俺たちに届けてくれる。そしてその星の一つ一つに物語がある。旦那の帰りを暖かいシチューを作って待つ妻の星、遅くまで学術書に夢中になっている眼鏡をかけた読書家の星、恋愛小説を読み合い語り合うロマンを求める少女たちの星、暗い夜道を照らして人々を迷わないよう守ってくれる作られた優しい星。この星々は、その数だけ物語を、命を秘めている」

そこでいったんヤマトは言葉を区切り、私の方を向く

ヤマトの幻覚の魔術はもう発動している、それの効果確認ってところかな。いや、私の弟子がそんな無粋な真似をするわけないか

「だから俺は、この丘から見える景色が好きなんだ。輝いている星の数だけ命があり、生活があり、物語がある。一人ぼっちで輝いている月よりも、みんなで輝いている星の方が楽しそうだ」

ヤマトはそれだけ言うと、再び丘の下の景色に目を向けた。プレゼンはここまでらしい

「……魔術に関しては及第点ね。まだ錯覚させるまではいってないけど、人の所は情景が浮かんだけど、浮かぶだけで幻ってだけで終わっているわ、吟遊詩人よりは上手いくらい」

「今回はその情景を見せるってコンセプトだからな、幻を見せるのが目的だ。色々な生活を送っている幻を俺の魔力を込めた言葉で見せられたら、俺にとっては大成功だ」

魔術面に関してはそれくらいだけど、今のプレゼンに一つ気になるところがある

「…ならその詩は、どういうつもりで詠んだのかしら」

「さぁな。星空を追い出したってさっき言ってたから、つい組み込んで見たくなっただけだ。他意はないよ」

この男は、一体どこまで本気なのか

「町のはずれで、こんな丘の上で暮らしている私が、今夜のあの月だとでも言いたいの」

「そう感じるなら、なにか心当たりでもあるのか、自分が独りぼっちであるという心当たりが」

私は何も答えずに、口をとがらせてその場で仰向けになり月を眺めた。いいもん別に、私はあの満月のようにビックで輝かしい女になるんだから

「そう拗ねるな、良い大人がみっともない。それに少なくとも俺はお前が独りぼっちだなんて思ってない。どんな心当たりがあるのか知らないが、今は俺がいる」

ヤマトはいつの間にか丘からの景色ではなく、月の方に視線を向けていた

「本当に、恥ずかしい言葉をこともなげに言うわよね」

「事実を言っているだけだ、恥ずかしいことなど何もない。お前には俺がいる、俺にはお前がいる。だから残念ながら、俺たちはあの月にはなれないさ」

「…私声に出してた?」

「いや、だが考えていそうなことは大方想像できる」

私はわざとらしくため息をついたが、自分の表情が綻んでいるのが分かる。自分が一人じゃないと思えることが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった

「全く、女の子の考えていることを言い当てるなんて、デリカシーがないわよ。わかっても知らないふりをするのがいい男ってものでしょ」

精一杯の虚勢を張りながら、月を眺めていると、目が月明かりに慣れたのか他の星たちも見えるようになってきた

我が物顔でキラキラと、図々しくと、太々しくと輝いていた月のすぐ近くに、一つの星が見えた。きっとあの星は最初からあって、月がどんな身勝手に輝こうとも、きっとそのそばを離れないんだろう

見ようとしなかったのは私だった

「それで、絶景の景色対決はどっちが勝ちなんだ」

「うーん、まぁギリギリでヤマトかな」

「素直に負けを認めるとは珍しいな、理由を聞いても?」

「私も、一人で輝いて上から色々なモノを照らすよりも、一緒に輝いて物語を紡いだ方が綺麗だなって思っただけ」

「そうか」

「ちょっと嬉しそうなのがなんか腹立つなぁ。言っておくけど、ヤマトの考えに賛同しただけであって、今日の夜空が絶景って言うのは変わらないからね」

「あぁ、綺麗だな、ここから見える景色は全て」

いつの間にか近づいてきたヤマトが私の隣に座り、横目で私を見た後に柔らかく微笑んだ

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