Lose Yourself

つぎはぎ

Lose Yourself

 俺が向き合っているのはパソコン。キーボードに手汗がべったりと付着する。息が上がる。膝の震えが止まらない。嘔吐しちまいそうなほど気持ちが悪い。視界がぶれる。

 それでもキーボードをタイピングする。


「俺には小説しかないんだ……」


 震える喉から奮起の言葉を絞る。涎が垂れて俺の三日履いたままの短パンに落ちる。

 ちんこが蒸れてしかたねぇ。痒い。汗がたまる。珍しく三日もしこってない。この異様な気持ち悪さは三日放置してるちんこの匂いかもしれねぇし、毛がたんまり生えてる脇の匂いかもしれねえし、ふけだらけでボサボサにパサついてる俺の髪からかもしれねえ。

 だとしたら今すぐにでも体を清めたい。シャンプーが泡立たない状態でも必死に擦って頭皮をマッサージしたい。脇の匂いが取れるようにボディーソープを使って脇を削るように洗いたい。キンタマの裏を念入りにちんこをしこるように洗いたい。

 でもダメだ。俺には小説しかない。これを逃したらダメだ。チャンスは一度きりなんだ。これを逃したら俺は家を追い出されてホームレスだ。俺みたいな軟弱者はそんな生活耐えられない。ホームレスになるぐらいなら自殺する。すでにロープを用意している。準備は万端。それでも死にたくない。チャンスは一度きり。もう三日も寝てない。頭が朦朧とする。眠い。すぐ横にある柔らかいベッドに飛び込みたい。寝たい。

 寝るな俺。俺には小説しかない。このチャンスしかない。わかっているだろ俺。

 俺は俺を奮い立たせる。プロットから物語を引っ張り出し文字を一つ一つ打ち込んでいく。キーボードの音と俺の呼吸の音だけが部屋を満たす。

 あーだめだ。どうしても続きの文字が思いつかない。なんて表現を使えばいい。ここは言い回しを詩的にするか? それとも比喩表現を使うか? どんな比喩がいい? 直喩か? 暗喩か? 何も思いつかない。思考がデニス・ロッドマンのように動かねぇ。俺はシャキール・オニール。ロッドマンを必死に動かそうとする。オーマイガー。俺の負け。俺はそこで思考を動かそうとすることさえ諦めそうになる。


──やっぱりダメだったか! 俺は知ってたぜ、お前がどうしようもねえ奴だったってことくらい。

──いつもお前はそうだ。肝心なところで踏ん張れない。そうやって生きてきたから好きな子何人も先に取られるんだよ。お前が一回でも能動的に告白したことがあったか?

──お前自分の悪いところに気づいているのにほんと見て見ぬ振りしてるな。だからお前は虐められたんだ。被害者だと自惚れて、自分の悪いところは見ないふり。お前はそんなゴミだ。

──ほんと口だけだな。そんな上辺だけだからお前は第一印象は頭良さそうって褒められるけど、後から化けの皮が剥がれて失望されんだよ。


 俺の中の俺が口々に言う。その通りだ。全て当たっている。

 俺は口だけ。俺はエミネムじゃなければアレン・アイバーソンでもない。俺は口に出すことはできてもそこで終わり。

 だが、今回だけはそういう訳にはいかない。確かに俺は口だけだが、それを変えたい。それを変えなければならない。それを変えるためのこのチャンスだ。今だけでもいい。俺はエミネム。小説に没頭しろ。それに命をかけろ。今しかないチャンスを逃すな。

 これが最後だ。

 小説しかないんだ。

 キーボードに手汗がべったりと付着する。息が上がる。嘔吐しちまいそうなほど気持ちが悪い。視界がぶれる。膝の震えは止まらない。意識が朦朧とする。涎も口からぼたぼたと垂れる。ちんこがむれてかゆい。頭もふけだらけだ。脇もぶっ倒れそうなほど臭い。体は睡眠を欲している。

 それでも書け。

 もう小説しかないんだ。

 これを逃したら終わりだ。

 これが最後だ。

 我を忘れるくらいに没頭しろ。



                                 Lose Yourself『END』

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