十七杯目
扉を開けると、もわっとした空気が頬を撫でる。ただでさえ暑いというのに、湿度が高くて嫌になる。少しはマシになるかと思って打ち水なんかをしてみるけれど、これはこれでなかなか蒸発しないからあまり涼しくもならない。仕方がないから、今は店の前にバケツを置いて、そこに魔法で溶けにくくした氷を置いてみている。効果はあんまりないような気もするけれど。
室内だというのに額に汗を浮かべながら、あめはアイス用の珈琲をいれる。どうしても火を使うと気温が上がってしまうし、エアコンにも限界がある。
来るお客さんだって、大抵額には大粒の汗が浮いている。
「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ。おすすめは冷房の下です」
「ああ、こらすいません」
一度ケトルを置いて、お冷を出す。それから、またケトルでドリッパーにお湯を注ぐ。
「今日は暑いですねぇ」
ハンカチで汗をぬぐいながら、お客さんが言う。
「三十七度くらいはあるんですかね?」
「いやー、体感温度はもっと高いですねぇ。あ、アイスコーヒーと、そうだな、プリンを」
「かしこまりました」
丁度アイス用の珈琲の抽出が終わって、それは冷蔵庫の中に入れる。硝子製のグラスに氷を入れ、今朝用意した方の珈琲をそこに注ぐ。アイス珈琲は、グラスを照明に透かすと少し赤く見えて綺麗だなと、いつも思う。それから、同じ冷蔵庫からプリンも取り出す。少し温めて軽く回りを溶かし、白いお皿に山型になるように載せる。それから、カラメルを掛けて完成。
「これだけ暑いと、どうも外を歩くのが嫌になっちゃいますよ、まったく」
「冷房無いと生きていけませんよね」
天井を見上げれば、今日も健気に家庭用エアコンは冷たい風を吐き出している。狭い店だから家庭用で済むけれど、広いお店は大変だろうなあ、なんて思う。
「いやー、美味しいアイス珈琲、いいですねぇ、しゃきっとしますよ」
「ありがとうございます」
しっかり冷えたアイス珈琲の上に、クリームソーダ用のバニラアイスを乗せる。あまりに暑いから、やってみようと思ったのだ。ウインナーコーヒーはあったけれど、コーヒーフロートは無かったから。
ストローをアイスの中に差し込んで、そのまま下まで貫く。
ストローが押し出したアイスが珈琲に溶けて、少しだけ白く濁る。
「うーん、ちょっと見栄え微妙かなぁ」
やっぱり、ストローは脇に刺した方がいいのかも。
「うーん」
試作品を飲みながら、もう一杯同じものを作る。今度はストローは脇に刺す。スプーンは、中に入れるのじゃなくて横に置いて出すのがいいだろうか。
あと、珈琲もこうやってアイスを乗せるなら別の豆がいいかもしれない。普段使っている豆だと、苦みと喧嘩してしまうかも。かといって牛乳っぽい味に酸味は合わないから、酸味の少ないそこまで苦くない豆、なんてあんまりない豆を求めてしまうことになるわけで。
「悩みどころだなぁ」
きっと、おじさんに聞けば丁度いい豆を用意してくれるのだろうけど。
「そうと決まれば善は急げ」
あめは、レジの横にある電話の受話器を取る。付箋を見てあっているか確認してから、いつもの珈琲屋の番号を入れて電話を掛ける。
「はい、
「笠苗です」
「ああ、あめちゃんね。どうかしたかい」
「今コーヒーフロートを試作してみたんですけど、あんまり味が合わないので、何かいい豆ないかなぁと思って」
ああ、と言いながら、店主が電話口から離れていく。暫く、小さくああでもないこうでもないという声が聞こえたあと、再び電話口に戻ってくると、決めたよ、と品名を教えてくれる。
「じゃあ、次のときその豆も」
「はいはい、用意しとくね」
メモ帳に品名をメモして、お礼をしてから電話を切る。
「これでいいかな」
夏用のメニューに珈琲フロートが加わる日も、近い。
日が暮れ始めても暑さはなくならない。昼間よりもいくらか涼しいと言っても、まだ日の当たっている方から吹いてくる風は生暖かい。ビルに囲まれた日陰の店の前は、特にそうだ。
街を行き交う人は、普段は学生もかなりいるけれど、夏休みに入ったからかそれも少ない。だからと言っていないというわけでもなくて、制服を着ている子も一定数は居る。部活動なのか、かなり重そうな荷物を背負っている子も。会社勤めの大人たちは、ジャケットを片手に持っていたり、着ていたりと様々だ。どっちにしても、暑そうなことに違いはない。半袖とスカートでも暑いのだから、スーツなんて暑くて仕方がないだろうに。
店の前に置いた氷を交換して、もう一度魔法をかけて置いておく。
「効果あるのかなぁ」
――ない気がするけれど。
まあそれでも、いいような気もする。
店の中に戻る。そこまで強い冷房を掛けているわけではないけれど、外が暑い分温度差は凄い。これで風邪をひかないように気を付けないとな、なんて思いながら、あめはネルを手に取った。
魔女珈琲店 七条ミル @Shichijo_Miru
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