第4話 ~Ⅳ~

 昨日の天気とは打って変わって、気持ちいい春晴れの今日、私は学校が終わって、いつも通りの道を歩き、下校していた。ちょうど、あの花屋さんの前を通り過ぎようとした時、店の奥から、男性の声が聞こえてきた。


「それじゃ、これ、いつものお客さんの所に届けてきちゃいますね!」

 気持ちのいい溌剌とした声が、店先まで届く。私は、瞬時に毎回挨拶を交わす彼だ、と気付いた。私が、そんな勘を働かせたすぐ後に、彼は店の名前がプリントされた青の薄いウィンドブレーカーを羽織り、勢いよく飛び出してきた。あまりにも勢いがあったので、店の前で立っていた私と彼は、思わずぶつかりそうになってしまった。

「あ、ごめん!・・・あ・・・」

 お互いに身体がぶつかりそうになるのを、何とか避けた所で、彼が私の存在に気付いた。別に後ろめたい事があるわけではないのに、私は何だか気恥ずかしい気分になってしまった。

「ごめんなさいッ!」

 そう言って、私がすぐに立ち去ろうとした所で、

「ちょっと待ってッ!・・・あのさ、ちょっと時間あるかな?」

 後ろから、彼が私を呼び止め、小走りで近づいてきた。いつも挨拶程度しか交わしてなかったせいか、私は、この後、何が起こるのか全く想像が出来なかった。


 私たちは、近所の児童公園まで、ほとんど無言のまま移動する事にした。彼から何となく落ち着いた場所で話したい、というオーラが出ていたせいもあるだろう。

 私たちは、三席あるベンチの右端と左端に座り、少しの間を開けたあと、私から話しかけた。

「本当に、大丈夫なんですか? 多分配達の途中なんですよね?」

「だ、大丈夫、大丈夫! そんなに遠い場所への配達でもないし、少し飲み物飲んでました、とか言えば、何も言われる事は無いよ」

 彼は、どこか慌てた様子だったが、和ませようとしてか、笑顔でそう答えた。

その後、どこかぎこちなさを残しながら、彼が話し始めた。

「・・・本当は、もうちょっと早く、こうやって話でもできたらな、ってそう思ってたんだ」

「私、とですか?」

「もちろんそうだよ、あそこの店でバイトし始めて、半月ぐらい経った頃に、君の存在に気付いて、そこから、今日も通るかな、今日も通るかなって、そんな事ばかり考えるようになっちゃって・・・」

 自分への気持ちを、実際に相手から聞かされると、どうしてこうも恥ずかしくなってしまうのだろう、私は少し赤面し、何も返せなかった。

「あの・・・もし、良かったら、これからもこうやって会ったり出来ないかな?」

 彼が、私の目を見つめながら、覚悟を決めたように、そう聞いてきた。私は、人生で初めての瞬間にひどく戸惑い、頭が真っ白になりそうになるのを、なんとか抑えながら、絞り出すようにこう答えた。


「・・・その、ら、ライラックの花言葉、ご存じですか?」

 私は、彼が配達用に抱えていた紫色のライラックの花束を、指指して言った。

「え? ライラック?・・・あ、これか!? うん、その~、ごめん、出てこないや。花屋で働いているのに勉強不足だね、ハハ」

 申し訳なさそうな困った笑顔を浮かべながら、彼は答える。

 

 私は、収まらない興奮を落ち着かすように一呼吸置いて、覚悟を決めた。  

 今、ここできっと決断しなければいけないんだ、自分の中の何かがそう囁いていた。

 あの日出会った猫のように、今まで進めなかった道を進む事を。今、ベンチ一席分開けて置かれている、別世界の入り口を開けてみる事を。


「あの、今度・・・今度会う時に教えてあげますよ」

 

 私は、今までの人生で最高の笑顔を意識して、彼にそう告げた。


-完-

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田中さん、初恋通りを行く 小林快由 @k_kaiyu

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